2022年3月28日月曜日

【読書感想文】堤 未果『政府はもう嘘をつけない』 ~おもしろい話は要注意~

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政府はもう嘘をつけない

堤 未果

内容(e-honより)
パナマ文書のチラ見せで強欲マネーゲームは最終章へ。「大統領選」「憲法改正」「監視社会」「保育に介護に若者世代」。全てがビジネスにされる今、嘘を見破り未来を取り戻す秘策を気鋭の国際ジャーナリストが明かす。


 次々に明かされる「意外な真実」。おもしろい、たしかにおもしろい。だが……。

 ぼくの頭の中で警鐘が鳴り響く。おもしろすぎる話は要注意だぞ、と。

 そういう目で見ると、この人の話はかなりあやしい。いや、大筋は事実なんだとおもう。でも細かいところを調べていないのが伝わってくる。


 この本に書かれている話は、ほとんどが伝聞だ。おまけに出典があやしい話も多い。〇〇はこう語る、みたいなたったひとりの証言をさも事実かのように書いてたり。たったひとりの証言でもあればまだマシなほうで、匿名の人物のコメントをもって「この裏のカラクリはこうなっている」と断じていたりする。

 そりゃあ取材源を秘密にしなきゃいけない事情はあるのだろうが、裏をとっていない話をそのまま鵜呑みにはできない。

 複数の人に話を聴いたり、立場の異なる人の意見を紹介したりはしていない。だが、この本をおもしろくしている。

 知に対して謙虚な姿勢をとっている本はおもしろくない。
「こんな意見もあります。それとは反対にこんな意見もあります。また別の〇〇だという人もいます。未来は△△になるという人もいますがもちろん未来のことは誰にもわかりません」
 こんな本はぜんぜんおもしろくない。
 堤未果氏や橘玲氏のように「〇〇は□□だ! なぜなら△△がこう言っているからだ!」とすぱっと断じたほうが読んでいて明快でおもしろい。橋下徹氏のような人が相変わらずメディアでもてはやされているのも同じ理由だ。不正確なことでも言い切ってくれる人、誤りを検証するよりも次々に目新しい説を呈示してくれる人のほうがおもしろいからだ。


 ことわっておくが、ぼくは堤未果氏の姿勢を批判しているわけではない。論文ならまだしも、知識の浅い人たちが手に取る新書、おまけにページ数も限られている。だったら深い考察や丁寧な検証よりも、キャッチーな言葉や断言でまずは興味を持ってもらうほうがいいかもしれない。

 だからこの本に向き合う姿勢としては、眉に唾をつけながら「こんな意見もあるんだ。他の人はどう考えてるんだろう」と考えるきっかけにするのがちょうどいい。

 実際ぼくもこの本をきっかけにアイスランドが経済破綻から立ち直った経緯について興味を持った。

 ただ問題なのは、この本に書かれているのは伝聞が多いので参考文献が少ないこと。せっかく興味を持ってもここから深掘りしにくいんだよなあ……。

 



 この本に限らず、堤未果氏が伝えているメッセージは一貫している。

 金の流れを見ろ、だ。
 ほんとに悪いのは政治家や官僚や経営者なのか? その裏で糸を引いているのは? 99%の人の暮らしぶりが悪くなる政策が推し進められるのは誰のためか?

 政治を批判する人は多いが、投資家を批判する人は少ない。政治を本当に動かしているのは政治家ではなく、彼らに資金を提供している連中ではないのか?

 彼らはやがて、資本主義が正常に機能する条件である「競争原理」を免れるための、素晴らしい抜け穴を発見した。
〈フェアに競争するよりも、規制する側に気前よくカネをつぎこみ、「政治」という投資商品を買うほうが、はるかに楽で効率が良いではないか〉
 政治家への献金額と企業ロビイストの数を大幅に増やし、規制は弱め、企業利益を拡大する法律をどんどん成立させるのだ。たっぷり献金した候補者が当選した暁には、自社の幹部を政権の中に入れさせ、法案設計チームや政府の諮問会議の重要メンバーに押しこんでゆく。任期を終えた政治家は企業ロビイストとして、元政府高官は取締役などの幹部として、優良条件で自社に迎え入れればよい。

 これはアメリカの話だが、当然ながらアメリカに限った話ではない。もちろん日本も同じだ。いや、もっとひどいかもしれない。

 国会議員に金を渡していいなりにすれば、都合の良い法律を作れる。法律を作れるということは、ゲームのルールを好き勝手に操作できるということだ。ルールを好きに変えてもいいサッカーをやるようなものだ。負けるはずがない。

 リーマンショックが起きた連中も、無茶なローンを推し進めた銀行の面々は結局責任をとらなかった。「Too big to fail(大きすぎて潰せない)」という屁理屈で、責任をとるどころか国から救済してもらった。もちろん、救済を決めたのは財界から資金提供を受けている議員たちだ。

 自分の作ったルールでゲームをやって勝った連中が「我々が勝ったのは実力のおかげだ。勝者はすべてを手に入れる権利がある」と言っているのが新自由主義だ。ええなあ。ぼくもそんな楽なゲームで勝利してでかい顔してみたいぜ。




 それから5年後の2015年5月。
 調査報道ジャーナリストのアンドリュー・ペレスとデイビッド・シロタの2人によって、ヒラリー・クリントン国務長官時代、彼女の財団にサウジアラビアから1000万ドル(約10億円)が寄付されていた事実が報道された。
 さらに、世界最大軍用機メーカーであり米国最大の輸出企業であるボーイング社からも武器輸出契約が締結される2カ月前に、10万ドル(約9000万円)というダイナミックな額の寄付金が振り込まれている。
 世界一の軍事大国であるアメリカ政府そのものが、超優良グローバル投資商品として想像を超えた価値を持っているのだと、ペレスは言う。
「サウジだけではありません。ヒラリーが国務長官だった時期、カタールやウクライナ、クウェートにアラブ首長国連邦など、20の外国政府が同財団に巨額の寄付をしています。その見返りに国務省が承認した武器輸出の総額は1650億ドル(約6兆5000億円)ですから、ものすごいリターンですよね。
 軍需産業だけじゃない、医療に保険に金融に石油、食料に農薬に遺伝子組み換え種子にハイテク産業……」

 2016年のアメリカ大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利したとき、「あんな強欲そうな差別主義者を選ぶなんてアメリカ国民はアホなのか」とおもった。でも、こういった事情を知れば、また別の見え方が浮かび上がってくる。バラク・オバマもヒラリー・クリントンも財界から多額の寄付を受けていた。国民の味方のような顔をして清廉潔白なことを口では言うが、当選したら資金を援助してくれた金持ちのための政治をする。だったら、身銭を切って圧倒的に少ない資金で選挙活動をしているトランプのほうがアメリカのための政治をしてくれるんじゃないだろうか。多くの人がそう考えてもふしぎではない。ぼくも、『政府はもう嘘をつけない』を読んで「たしかにクリントンよりもトランプのほうがマシかも……」と考えた。

 なにしろ、大統領選でヒラリー・クリントンに献金された総額は1億8800万ドル、ドナルド・トランプは利益団体からの献金は拒否していたため献金は約2700万ドルだったそうだ。この数字だけ見れば、ドナルド・トランプのほうがよほど信頼できる人間に見える(それでもぼくはあの人を信頼できないけど)。




 日本の政治が悪いのは官僚が牛耳っているからだ、と言われていた。ほんの十年前までそんな話を聞いた。政治家が変わっても官僚は変わらない。官僚の力が強いからダメなんだと。

 ところが……。

 村上議員の言う「公務員法改正」(2014年4月の第186回国会で成立)は、約600人の省庁幹部人事を一元管理する「内閣人事局」を発足させ、これにより官僚幹部の人事には、全て首相官邸の意向が反映される仕組みになった。
 中央官庁の官僚にとって、出世競争の最終目標はトップである事務次官の椅子を得ることだ。通常は同期の中で事務次官になれるのは一人だけなので、横一列の中で皆が「あの(一番優秀な)人がなるだろう」と暗黙のうちに共有するという。
 ここに目をつけた賢い安倍政権は、早速、法律を変えて「最終人事権」を手に入れる。
 すると、どうだろう。それまでは皆が一番優秀だと認める一人が事務次官の座を手に入れるのが当たり前だった官僚たちの目の前で、全く新しい〈出世レース〉のゴングが鳴り響いたのだ。
〈もしかしたら、二番手の自分にも可能性があるかもしれない〉
 だが、そこには条件がつく。
〈人事権を握る官邸に気に入られれば〉
 TPPや税制など幅広い分析を続ける経済評論家の三橋貴明氏は、官邸が〈人事権〉を握ったことで、官庁内の空気は180度変わったと指摘する。
「これが全てを変えてしまいました。それまで官邸が進めるTPPや農協改革に反対していた一部の農水官僚たちまでが、手のひらを返したように推進に回ってしまったのです」

 官僚の力が弱くなってどうなったか。もっとひどくなった。官邸におもねって黒を白と言う人間ばかりが重宝されるようになった。

 大事なものはなくなってから気づく。「誰がやっても同じ」は日本の政治の欠点ではなく、長所だったのだと。憲法も知らない人間が総理大臣になったとき、誰も止める人間がいなくなるのだと。


 ぼくも昔は「政治システムは悪いことだらけだ。変えないと」と信じていた。

 だが、ここ二十数年政治を見てきて、ドラスティックに変えたものがことごとく悪い結果を引き起こしたのを目にした。長く使われているシステムは、たとえ不合理に見えたとしてもそれなりに有用なものなのだ。もちろん時代にあわせて微修正をくわえていく必要はあるが、大幅な改革は99%悪い結果を引き起こす。
 そりゃそうだ。修正に修正を重ねてきた現行制度と、誰かが頭の中でおもいついた改革案のどっちがいいかなんて、「現チャンピオン」と「デビュー戦のボクサー」が戦うようなものなのだから。

 どんな政治家がいいのか、どんな政治システムがいいのかなんてのは人類にとって永遠の課題だが、「劇的な改革を主張する人間を信用してはいけない」ってことだけは間違いない真実だ。一新とか改革とか維新とかは耳障りがいい言葉を並べる人ね。


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