2050年1月1日土曜日

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2026年3月26日木曜日

【読書感想文】渡辺 佑基『進化の法則は北極のサメが知っていた』 / 時間の流れは体温が決める!

進化の法則は北極のサメが知っていた

渡辺 佑基

内容(e-honより)
2016年、北極の深海に生息する謎の巨大ザメ、ニシオンデンザメが400年も生きることがわかり、科学者たちの度肝を抜いた。このサメはなぜ、水温ゼロ度という過酷な環境で生き延びてこられたのか?そして地球上の生物はなぜこんなにも多様に進化したのか?気鋭の生物学者が世界各地でのフィールドワークを通じて、「体温」を手がかりに、生物の壮大なメカニズムに迫る!

 生物学者が「体温」をキーワードに、生物の行動、寿命、それぞれの時間について考えた本。

 同じ著者の『ペンギンが教えてくれた物理のはなし』もおもしろかったが、これもすごくおもしろい。理論もおもしろいし、理論の話を読んでいてちょっと疲れてきたなとおもったらフィールドワークの話が挿入される。このバランスがちょうどいい。

 いやあ、いい本だった。



 第一章では北極海に生息するニシオンデンザメというサメの話が語られる。

 結果は驚きだった。まず、一九六〇年前後の核実験の時代に生まれたと考えられるサメ(炭素の放射性同位体を高濃度で含むサメ)は、体長二メートル強であった。体長二メートルのニシオンデンザメといえば、稀に捕獲される「赤ちゃんザメ」である。ほとんど生まれたばかりに見える赤ちゃんザメですら、年齢は五〇歳以上だったのである。
 では大人になるのには何年くらいかかるのだろう。ニシオンデンザメのメスは体長四メートルほどで性成熟すると考えられているが、その大きさまで育つにはなんと一五〇年もかかると推定された。これほど成長の遅い動物は他にいない。
 それではニシオンデンザメの寿命は何年くらいなのだろう。種としての最大サイズに近い体長五メートルの巨大なニシオンデンザメの眼球組織から、その個体は約四〇〇歳だと推定された。寿命四世紀。これほど長生きする脊椎動物は他に知られていない。
 異常に遅い成長速度と異常に長い寿命。ここにも温度係数を通した低体温の影響をはっきりと見て取ることができる。体温が下がるほど動物の代謝量が下がり、新しい細胞の生み出されるペースが鈍化する。それだけでなく、体の大きな動物ほど成長するには多くの細胞が必要とされる。だから低体温と巨体という二つの要素が組み合わされると、数世紀にわたる成長や寿命という耳を疑うような結果がもたらされるのである。

 なんとこのサメ、400年も生きるのだという。とんでもなく長生きだ。長生きの代表とされるカメでも寿命は数十年ぐらい(最長でも約200年)だというから、ニシオンデンザメがいかに長生きかがよくわかる。

 なんでニシオンデンザメがこんなに長生きなのかというと、体温が低いからだという。変温動物なので、周囲の水温が0度だと体温も0度近くになる。体温0度! 体温が低いとすべての活動が鈍化する。ニシオンデンザメは7秒に1回ペースで尾びれを振り、時速1km以下でのろのろ動き、2日に1回ペースで獲物を獲るのだという。すべてがスローペースだ。

 結果、成長も遅くなり、老化も遅くなり、ニシオンデンザメは長生きできるわけだ。




 第二章では、逆に、極寒の地で高い体温を保っているアデリーペンギン。

 この深刻な欠陥を克服するためには、ただ食べ続けるしかない。親ペンギンの捕らえた獲物の一部は雛に与えられるが、残りは自分で消化し、自らのエネルギー源としている。子育て中のアデリーペンギンは、脂肪分の豊富なオキアミを一日に八〇〇グラム(体重の二割)も必要とすると推定されている。そのような大量の獲物から得られたエネルギーを元に、ペンギンは南極の致死的に冷たい海の中で活発に体を動かし、熱を発生させ、体温を維持している。

 ペンギンは恒温動物なので南極でも高い体温を維持している。おかげでアデリーペンギンはニシオンデンザメと違い、活発な動きが可能になる。これは餌をとる上で有利になる。



 そして第三章はホホジロザメの話。ホホジロザメはニシオンデンザメとアデリーペンギンの中間のような体温を保っているという。魚類なのに水温よりも高い体温を維持しているのだ(ちなみに恐竜もホホジロザメのように、変温動物にしては高めの体温を維持していた可能性が高いという)。

 以上のように、代謝量理論の前では変温動物や恒温動物、脊椎動物や無脊椎動物、魚類や哺乳類といった従来の枠組みや分類群の壁はがらがらと崩れ落ちる。総じて体温の高い生物ほど運動能力が高くて大食いであり、体温の低い生物ほど動きが鈍くて省エネである。また体の大きな生物ほど、その体の割にエネルギーの消費量が少なく、体の小さな生物ほど、その体の割には高出力である。オキアミであれサメであれペンギンであれシャチであれ、その生物のエネルギー消費量、運動能力、ひいては生き方そのものを決めるのは、たった二つの要素、つまり体の大きさと体温なのである。

 哺乳類、鳥類、爬虫類、両生類、魚類、無脊椎動物、恒温動物、変温動物、陸棲成物、水棲生物。いろんな区分があるけど、その区分をとびこえて「体の大きさと体温で活動量が決まる」というものすごくシンプルな法則が成り立つのだそうだ。

 体温なんて風邪をひいているかどうかを調べるためのものとしかおもっていなかったけど、こんなにも重要なファクターだったとは!

 生物って種によって見た目も行動もぜんぜんちがうからまったく別の仕組みで動いているように見えるけど、すべての種を貫くこんなにシンプルな法則があったなんて、なんかすごくわくわくする話だ。ニュートン方程式や地動説や質量とエネルギーの等価性のような美しさがある。



 体温(つまりは代謝量)によって活動量が変わり、活動量が変わるということは時間の感覚も変わる。

 もちろん人間も例外ではない。

 ついでに言うと、人間は成人して以降、体重は大きく変わらなくても加齢とともに代謝量が落ちていく。二〇代の頃を基準にすると、四〇代で基礎代謝量は約一〇パーセント低下し、六〇代になると約一五パーセント減少する。代謝量が落ちるということは、まるでニシオンデンザメのように時間の濃度が減るということであり、一日、一週間、一か月という一定の時間の持つ重みが減るということである。年をとるほどに時間の流れが加速していくという、誰もがうっすらと(あるいははっきりと)感じている感覚には、このように科学的な裏付けがある。

 なるほどー。大人になると1日が経つのが早く感じるのは経験や慣れによるものだとおもっていたけど(その要素もあるんだろうけど)、物理学的な理由もあったんだな。

 歳をとるにつれ、アデリーペンギンからニシオンデンザメに近づくわけだ。心臓の鼓動や呼吸のペースがゆっくりになり、代謝が減る。すべてがスローペースになるので、あっという間に時間が流れる。


 ファンタジーでエルフという種族は長生きすると言われているが、ってことはエルフはめちゃくちゃのんびりしてるんだろうな。ニシオンデンザメのようにゆっくり動いて数日に一度しか食事をしない。(人間から見ると)ぼんやりしていてなんともつまらない種族だ。



 さっきも書いたけど、具体例(実体験)と理論のバランスがすごくいい。

 調査の体験記や失敗談が語られるので研究者のエッセイとしてもおもしろいし、ニシオンデンザメ、アデリーペンギン、ホホジロザメなど種ごとの観察結果を書き、具体の積み重ねの結果としての総括的な理論が書かれる。

 わかりやすくていい構成だ。もちろん内容もおもしろいんだけど、なにより構成がすばらしい。

 いろんな面で勉強になるなあ。


【関連記事】

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2026年3月24日火曜日

いちぶんがく その25

ルール


■ 本の中から一文だけを抜き出す

■ 一文だけでも味わい深い文を選出。



それとも、日本社会はYahoo!ニュースのコメント欄に従うしかないと思っているのでしょうか。

 (橘 玲『DD(どっちもどっち)論 「解決できない問題」には理由がある』より)




顔色も青白く、いつも日に焼けていた兄と並べれば、まるで揚げ過ぎたトンカツに寄り添うキャベツのようだった。

(朱川 湊人『花まんま』より)




私はあなたを分かっているよ、と頭上から注がれる声は、優しさに満ちているけれど、だからこそ反吐が出る。

(逢坂 冬馬『歌われなかった海賊へ』より)




俺は最初から、完全に頭がおかしいのだ。

(品田 遊『名称未設定ファイル』より)




暴れる猪を小さな箱に閉じ込めるようなつもりで、僕は強引に自分の感情に封をした。

(浅倉 秋成『教室が、ひとりになるまで』より)




彼の村の辺りでは、女の子を牛デートに誘うのは、町で映画や夕食に誘うのと同じくらい一般的なことらしい。

高野 秀行『未来国家ブータン』より)




なお、誤解を招かぬよう宣言しておくが、私の尻は赤くない。

(川上 和人『鳥肉以上、鳥学未満 Human Chicken Interfaceより)




ただ一言、自分にとってあなたは兄なのだと伝えられればいいのでしょうが、本当の兄弟がそんな言葉を交わさぬように、やはりそれが口から出てこないのでございます。

(吉田 修一『国宝』より)




ふたりのファーストキスは化学ですら説明でいないほど耐久性の高い接合剤だった。

(ボニー・ガルマス(著) 鈴木 美朋(訳)『化学の授業をはじめます。』より)




肉まんは肉まんでも、精密に制御された恐るべき肉まんなのだ。

(渡辺 佑基『進化の法則は北極のサメが知っていた』より)




 その他のいちぶんがく


【読書感想文】ボニー・ガルマス『化学の授業をはじめます。』 / おとぎ話のような単純さ

化学の授業をはじめます。

ボニー・ガルマス(著)  鈴木 美朋(訳)

内容(e-honより)
1960年代アメリカ。才能ある化学者だが女性ゆえ保守的な科学界で苦闘するエリザベスは、未婚のシングルマザーになったうえ失職してしまう。ひょんなことから彼女が得た仕事は、料理番組の出演者だった!?「セクシーに、男性の気を引く料理を教えろ」という命令に反して、科学的に料理を説くエリザベス。しかし意外にもそれが視聴者の心をつかみ―。全米250万部、世界600万部。2022年最高の小説がついに日本上陸!

 舞台は1960年代のアメリカ。エリザベスは女性であるがゆえに様々な不利益を被ってきた。教授のアカハラ&セクハラのせいで博士号は取得できず、勤務先の研究所では正当に能力が評価されない。さらに未婚の母となったことが原因でクビになってしまう。研究所に復帰しても手柄を横取りされる。

 そんな折、エリザベスはひょんなことからテレビ番組の料理番組の司会者に抜擢される。その歯に衣着せぬ物言いや科学的な語りがウケて料理番組は全米で大人気になり……。


 女性の生きづらさを描いたフェミニズム小説。主張はわかるんだが、ちょっとテーマを強調しすぎというか、はっきりいって説教くさい。主人公のエリザベスは無神論者なのだが、皮肉なことにこの小説が聖書のようになっている。

 横暴で無理解な男たちの姿がこれでもかと強調され、悪人は一片の同情の余地もないどうしようもない悪人として描かれる。そして己の正しさを信じて突き進んだ主人公やその味方はやがては世間から認められ、悪人は報いを受ける。

 水戸黄門や遠山の金さんといっしょだよね。いってみれば勧善懲悪ポルノ。リアリティなんからどうでもいいからとにかくスカッとする小説を読みたい人にはいいんだろうけど、個人的には丁寧に人間を描いた小説を読みたいな。ちょっと単純明快すぎる。


 主人公のように「正しいことは正しいと言う、納得のいかないことには決して組しない」という生き方ができればいい。誰もが願うことだ。

 でもそんな生き方が貫くことができるのは、ごくごく一握りの才能と幸運に恵まれた天才だけだ。そういう人の話を読みたければ『シンデレラ』や『はなさかじいさん』を読んでいればいい。

 以前読んだチョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』は、特別な才能や奇跡的な幸運に恵まれない女性の人生を書くことで、女性の生きづらさを描いていた。個人的にはこっちのほうが100倍有意義なことをやっていたとおもう。

『82年生まれ、キム・ジヨン』が丁寧にリアルな女性の人生を書いていた分、『科学の授業をはじめます。』の単純明快すぎるストーリーが気になってしまった。




 おもしろかったのは、主人公・エリザベスの生き方よりも、その周囲にいるボート愛好家の人たち。ふだんは理知的なのに、ボートのこととなると憑りつかれたかのように他のことが何も考えられなくなる。

「それに、わたしはやることがたくさんあるので」エリザベスはもう一度言った。
「朝四時半に? 出かけたと気づかれる前に帰ってこられます。二番ですよ」彼はこれが最後のチャンスだと言わんばかりに強調した。「覚えていますか? この話はしましたよね」
 エリザベスはかぶりを振った。キャルヴィンもこうだった――ボートが何より優先されて当然だと思っていた。エリザベスは、ある朝別のボートの漕手たちが、五番が来ないと不思議がっていたのを思い出した。コックスが五番の自宅に電話をかけると、彼は高熱を出していた。「そうか、でもいますぐ来るんだ、いいな?」と、コックスは命じたのだった。
「ミス・ゾット」メイソンは言った。「いますぐにとは言いませんが、ほんとうにあなたが必要なんです。一緒に漕いだのは数回ですが、あのとき感じたものは本物でした。それに、またボートを漕げば、あなたが楽しい気持ちになれる。われわれみんなが」今朝のことを思い出す。「楽しい気持ちになれます。ご近所さんに訊いてみてください。子守をしてくれるかどうか」「朝四時半から?」
「ボートについてその点が知られていないのは残念ですね」メイソンは立ち去る前に言った。「ボートって、みんながひまな時間帯に漕ぐんですよ」

 これは産婦人科医が、一歳の乳児を持つエリザベスをボートの練習に誘うシーン。

 赤ちゃんを持つ母親を誘うなよ。しかも産婦人科医が。しかも朝四時半って。朝四時半がひまなわけないやろ。ツッコミ所しかない。

 しかもボートの練習はめちゃくちゃハードで、漕ぎ終わると毎回「もう二度とやるもんか」と思う、なんて語っている……。

 いるよなあ、こういう狂人! ぼくも一時長距離走をやっていたのでちょっと気持ちはわかるけど……。



 エリザベスのやっている料理番組『午後六時に夕食を』はすごくおもしろそうだ。ぼくも観てみたい。

 ウォルターはしばらく目を閉じ、観客席のざわめきに耳を澄ませた。椅子がきしむ音、小さな咳。遠くから、カリウムとマグネシウムが体内でどのような働きをするか説明するエリザベスの声が聞こえてくる。この部分のためにウォルターが書いたキュー・カードは、とくに自信作だったのに。“ほうれん草ってきれいな色ですよね。緑色。春を思わせます”。彼女はそれをすっ飛ばした。
「……ほうれん草は肉と同じくらいの鉄分が含まれているから体力の増強に効果があると信じられています。しかし実際には、ほうれん草はシュウ酸の含有率が高く、鉄分の吸収を阻害します。つまり、ポパイはほうれん草で強くなったとほのめかしていますが、彼を信じてはいけません」

 よく、テレビはバカに向けて作るって言うじゃない。実際、多くの作り手はそう考えているんだろう(よく伝わってくる)。

 たしかに世の中にはバカも多いけど、学ぶことを好きな人も多いとおもうんだよね。だからもっと本当の教養番組をつくってほしい。Eテレとかはたまに本気の教養番組を作ってるけど。

 フェミニズム小説としてはイマイチだったけど、「知に対して真摯に向き合う人が世間と格闘する小説」としてはけっこうおもしろく読めた。


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2026年3月13日金曜日

22世紀の道具と21世紀の道具

 ドラえもんの道具ってすごく危険だよね。

 これ使いようによっては大けがするぞとか、死んでもおかしくないぞとかいうものもあるし、もっといえばこれ下手したら人類滅亡させちゃうじゃん、地球消滅しちゃうじゃん、みたいな道具もある。

 こんな危険なものを勝手に使ってたら22世紀の世の中はめちゃくちゃになっちゃうぞ、と心配してしまう。


 まあ漫画だから。しょせんまだ見ぬ22世紀の話だから。


 じゃあ。

 21世紀の我々が使っている道具ははたしてそんなに安全なんだろうか。

 たとえば自動車。使いようによっては自分や他人の命をかんたんに奪ってしまう。

 たとえばインターネット、たとえばスマホ。使いようによっちゃあ国がひっくりかえるほどの影響を与えることもできる。

 数世紀前の人間が21世紀の道具を見たら「そんな危ないものをそのへんの人たちがあたりまえに使ってて大丈夫なのか!?」とびっくりするかもね。