
読書感想文は随時追加中……
読書感想文リスト
勤勉なイメージが強いドイツ人だが、たいへんバカンス好きな国民だという。旅行に使う時間もお金も日本よりずっと多いそうだ。
「旅行」をキーワードにドイツを紐といた本。とはいえ途中でネタが尽きたのか、後半はドイツの大学事情とか、東西での経済格差とか(2001年刊行なのでまだ東西ドイツ統合して10年ぐらいしかたっていない)、旅行と関係の話題が並ぶ。
ドイツで盛んなFKK(Freikörperkultur:裸体主義)について。
近代都市の発達、労働の長時間化、そして高緯度による日照時間の短さによって健康を損なう人が増え、その結果として生まれたのがFKK。ただ裸で闊歩するのが好きな人たちかとおもったらこんな切実な事情があったとは。
まあ全裸である必要はないとおもうが……。
ドイツでは(日本の労基署とちがって?)労働監督局が企業を厳しく監督している、という話。
20年以上たってやっと日本もこの頃のドイツに追いついてきた感じかな。
なるほど、これぐらいちゃんと労働監督局が仕事をすればこそ、国民の余暇時間も増え、レジャー産業が発達したわけだ。
ドイツ人は労働時間が短く、余暇にたっぷり時間をかけることができる……と聞くといいなあとおもうのだが、物事にはいい面もあれば悪い面もある。
ふうむ。人々の労働時間が減るということは、有償のサービスが低下するということでもある。
店舗の数は減り、サービス提供時間は短くなり、サービスの質は落ちることになる。
たとえば宅配便業者の働き方が改善されるのはいいことだけど、そうなると「値上げします」「荷物は雑に扱うけど許してね」「時間指定配達やめます」「再配達やめます」「個別配達やめます。各自が配送センターまで取りに来い」ってことになっていく。はたして我々はどこまで許容できるだろうか。
その世の中ではたしかに労働時間は短くなって自由時間は増えるけど、その自由時間は「宅配センターへ荷物を受け取りに行く時間」とか「遠くのスーパーまで買い物に行く時間」とか「自分で家の修理をしないといけない時間」とかに消えてゆくことになるわけで、それってはたして自由時間と言えるのだろうか。
なんなら会社に行っていつもやってる仕事をやってるほうがずっと楽なんじゃないだろうか。
労働時間の短い社会では"無償の仕事"が増えてしまう。
むむむ。人間は労働から逃れられないのか。結局のところ「自分だけ短時間労働でみんなは長時間労働」がいちばんいいんだよな。うーん、身勝手ー!!
オープンダイアローグとは、精神医療の手法で、当事者や家族や支援者が集まって「対話」を重ねることで問題解決や心の平安を目指すという手法だそうだ。
ぼくは幸いにして今のところ特に悩みも抱えていないし、悩みを抱えている人を支援するような立場にもないけど、良書だという噂を耳にして手に取ってみた。いつ困窮するかわからないしね。
精神科の診療といえば患者と医師の一対一、あるいは横に看護師がいるけど聞いているだけ、みたいなパターンが多いのではなかろうか(あんまり知らないけど)。
ただオープンダイアローグでは、患者の家族とか、医師以外の病院スタッフとか、場合によってはケアワーカーといった人たちも「対話」に参加するそうだ。
ふたりっきりで話すとどうしても「質問する人と答える人」みたいな形になってしまうけど、三人、四人になると「その場にはいるけどただ話を聞いているだけ」という人が出てくる。この人は対話に参加していないようで、その間に自分の考えをまとめたり、新しいアイディアを思いついたりする。これが重要なのだという。
たしかにね。親しい人でないかぎりは一対一で話すのはしんどいけど三人以上だとわりと楽、ってのは自分の体験をふりかえってみてもよくわかる(あんまり多いとそれはそれで疲れるけど)。
今のぼくにとって最大の関心事は、子どもとの接し方だ。
うちの長女は中学生。絶賛反抗期なので、こちらが言ったことに対して、喧嘩腰の返事がかえってきたりする。そうするとこちらもムッとしてしまい、言い争いのようになったりする。お互い怒鳴るような物言いになり、当然ながらそうなると建設的な話し合いなどできるはずがない。
「じっくり相手の話を聞く」ことが大事だとはわかっているのだけど、理解しているのと実践できるのはまたちがう。
この「たとえばペンとか縫いぐるみとか何かシンボルになるものを使って、それを持っている人だけが話すというルール」はなかなかいい案かもしれない。特に子どもが小さいときは。
案外、形で行動を縛るってのは有効だよね。
たとえばテレビの討論番組を見ていると、出演者がお互いの話をさえぎって持論を展開し、最終的には声のでかいやつ、厚かましいやつがその場を制す……なんてことが起こる。あれだって、マイクが一本だけあって司会者がマイクを回す形にしたらあんな不毛なことも起こらないとおもうのだが。
講談社ブルーバックス。
宇宙人とのファーストコンタクト(どうやってコミュニケーションをとるか、未知の言語をどう解読するか)的な話かとおもったら、その先の話、つまり宇宙人とコミュニケーションがとれるようになったときにどんな話をすればいいか、という本だった。うーん、ぼくが生きている間は使うことはなさそうだな(ファーストコンタクトもないだろうけど)。
要するに「地球以外の星や宇宙のことを知ろう」が内容なのだが、それだとあまりにとっつきにくいから「宇宙人と仲良くなるためには地球と他の惑星・衛星の違いを知っておかなくちゃいけないよね」という切り口で小説仕立てにしている本だ。
「日本と諸外国の地理的比較」だと難解だから「海外旅行の前に読む本」というタイトルをつけた、みたいな感じだね。
太陽の個数について。
ぼくらは太陽は1つだけだとおもっているけど、ぼくらのいる太陽系がたまたまそうなっているだけで、宇宙規模で見ると太陽が1つしかないのはむしろ少数派なのだという。2個、3個の恒星を持っている惑星のほうが多いそうだ。
太陽と月がそれぞれ1つしかないことがキリスト教、ユダヤ教、イスラム教など唯一神を信仰する宗教が多い理由ではないか……と著者は書いている(ただぼくはそれはちょっと無理があると思う。地球上にも複数の神を信じる文化はたくさんあるので)。
我々の暦は1つしかない太陽や月の見え方をベースにしているが、太陽が複数ある星ではまた別のカレンダーを使っているはず……という話はなかなかおもしろい。
別の銀河のカレンダーがどうなっているかなんて考えたこともなかったから(たぶんこの先も考えないだろう)。
そして100億年後の地球のカレンダーについて。
はっはっは。100億年後の心配はしなくて大丈夫だろう。どっちにしろ今のようなカレンダーは使っていまい。
動物の身体はほぼ左右対称であることがあたりまえだとおもっているけど、別に左右対称でなくてもいいわけだ。植物なんかは自由気ままに枝を伸ばしてるしな。
そういえば、自動車とか電車とかもみんなボディは左右対称だ。あれこそ非対象でも良さそうなものだけど。タイヤさえ対称形であれば他は非対象でもまっすぐ進むもんな。地球人が「動くものは左右対称でなければいけない」という思い込みにとらわれているせいかもしれない。
時計の針が右回りなのは、地球限定どころか、北半球限定の常識なのだ。南半球の日時計は逆回りだし、もっといえばもしも赤道直下の日時計が元になっていれば時計は円ではなく直線的な形をしていたはずだ。
我々が常識だとおもっていることがいかに地球限定、太陽系限定の常識にすぎないかということを思い知らされる。地球外生命体とふれあわないかぎりはそれで何の問題もないんだけど。
オフィスビルがあって、その三階にはA社だけが入居している、という場合がある。
そこそこ大きなビルであれば、フロアごとに自動販売機が置いてあって、そうなると三階の自動販売機を利用するのはほとんどA社の社員だけ、ということになる(来訪客とかが利用することもあるだろうが無視できるほど少ないものとする)。
自動販売機を管理している会社は、そこでどんな商品がどれだけ売れたか、というデータを持っているだろう。おそらくだけど、売れた時間帯なんかのデータも。
すると、自動販売機のデータからその会社の働き方が見えてくるはずだ。
たとえばこの会社は遅い時間にコーヒーがよく売れてるからブラックっぽい(コーヒーだけに)とか、あの会社は深夜2時にエナジードリンクがよく売れてるから激ヤバだとか、そういった分析ができる。
逆にお茶とか水とかがよく売れてる会社はわりと平和そうであんまりストレスがないのかなとか、お茶よりもコーラがよく売れてるから若い従業員が多いのかなとか。
就活をしている学生からすると、ホームページに掲載された「社員の働き方」なんかよりも自販機データとかの生の情報のほうがよっぽど参考になるだろう。就活情報サイトには自販機データも載せてほしい。
しかしそうすると本当に邪悪な会社では、対策として「エナジードリンクは別フロアで買うこと」なんてお達しが下るかもしれない。