2015年3月31日火曜日

特別支援学校とプロの仕事について

テレビのニュースで「障害をもった子の育児について考える」特集をやっていた。

障害を持つ子(言葉が話せない、ひとりで立つことができない子)のお母さんが出ていたのだけど、彼女は我が子を特別支援学校には行かせず、地元の公立小学校に進ませる決断をした。
「障害があるからって差別されないように、普通の子と同じように、普通の教育を受けさせたかったので」
と語っていた。

すごいな。
つまりこのお母さんは、特別支援学校に通う子どもたちは「普通でない子で、普通の教育を受けさせてもらっていない子」だと思っているわけだ。
こういうことをテレビで堂々と発言できるのがそらおそろしい。
自分が差別意識を丸出しにしていることに気づいていないのだ。
そしてそれを美談のように放映する番組制作者もまた、そのことに気づいていない。

障害者に対する差別意識はぼくにもある。でも差別意識を自覚しているから、ぼくは公の場ではこういうことを言わないように気を付けている。

でも自覚のない人はこういうことを平気で言ってしまうのだ。
「私は差別と黒人が大嫌いだ」というブラックジョークを思い出す。



という話を、障害者教育の仕事をしている友人にぶつけてみた。

彼はこう語ってくれた。
「障害者教育を専門家に任せないのは、現場の専門家がどれだけ研究しているかを知らないからやね。学校の先生は教えるプロだけど、障害者教育についてはまったくの素人といってもいいぐらいやで。専門でない学校に行かせるのは、内科医に虫歯を抜いてもらうようなもんや。
 特別支援学校に不必要な偏見を持つ親も多いけど、ぜったいに特別支援学校のほうがいい。通常学校だと疎外されることも多いし、もしも奇跡的に心優しい子に囲まれていじめられなかったとしても、ずっと同級生の背中を追いかけることになる。周りの子どもたちと切磋琢磨できる環境で育った子と、同級生の背中しか見ずに育った子、どちらが己に自信を持って健やかに育つか考えたらすぐわかると思うけどね」
と。


聴覚障害を持った子に手話で教えることは、たしかに“普通”の教育ではない。

でもそれって差別なんだろうか?

2015年3月30日月曜日

どブラック

ぼくは無職をやっていたこともあるし、どブラックな企業で働いていたこともあるんだけど、まあブラック企業の社員ほど無職やフリーターの人に厳しい。

重労働&薄給で、スキルも身につかないような仕事を続ける理由って、
「人間、無職やフリーターになったら終わりだ」
という思い込みの一点しかないからだ。
だから定職についていないやつは人間じゃない、社会の害虫だ、みたいにボロカスに言う。

でもどっちが社会に害を及ぼすかというと、法律を守らない企業をのさばらせて、労働力全体のダンピングに荷担している、ブラック企業の社員のほうだろう。

無職が増えれば労働力が足りなくなって、働きやすい職場が増えるはず。
働かなくていいやつは働くな! 社会のために!

名言

  あたりまえのことを名言っぽく言ってみる。

「昨日にとっての昨日は一昨日だろ。でも昨日にとっての明日は“今日”なんだぜ」

「『たったの1分』って思うかもしれない。でも1分も60倍すれば1時間になるんだよ」

「物事が終わってから『あのときああしときゃ良かったな』と思うことがある。それが“後悔”だ!」

「人類は便利さと引き換えに“不便さ”を失ったのかもしれないな……」

「こっちを通れば早く目的地にたどり着けるかもしれない。でもな。そんなものはただの“近道”だ!」

「いつか高い壁にぶつかる日が来るだろう。でも高い壁のほうが、登ったとき高度が上がるんだよ」

2015年3月29日日曜日

ルンバがこわい

ルンバがこわい。
お掃除ロボットがこわい。

1.まずあの動きがこわい。
まったく意志が感じられないあの動き。

他の電化製品には意志がある。
洗濯機を見ていると「なるほど。回したいんだな」とわかる。
アイロンには「ほう。君はあったまりたいんだな」という意志が感じられる。
ルンバにはそれがない。
どこに行きたいという意志が感じられない。
ただめくらめっぽうに走り回っているだけだ。
いや、走り回るなんてもんじゃない。あの動きは「暴走」だ。

2.あの形状がこわい。
普通の掃除機は、一見して各パーツの役割がわかる。
・吸い込むとこ
・ゴミが通るとこ
・人が握るとこ
・力を調節するとこ
・電気エネルギーを供給するとこ
・「赤だからこれ以上コード引っ張ったらあぶないよ」というメッセージを発するとこ

でもルンバはわからない。
吸い込み口はかろうじてわかる。しかし他はわからない。
電気はどこから来ているのか。
どこを持ったらいいのか。
どっちが前でどっちが後ろなのか。
吸い込んだゴミがどこへ行くのか。
ちっともわからない。

3.あの円形が物質を吸うのがこわい。
円には中心がある。
ルンバで物質を吸い込むということは、1点(ルンバの中心)に向かって物質が集まるということだ。
1点に物質が集まるとどうなるか。
集まった物質はどんどん凝縮されて、密度は高まり質量が大きくなる。
質量が大きくなればどうなるか。
そこに重力がはたらく。さらに周囲のものを引き寄せはじめる。
あとはもう質量拡大の一途をたどる。

極限まで密度が高まり質量が大きくなるとどうなるかご存知だろう。
そう、ブラックホールの誕生である。
光さえも吸い込むといわれているブラックホール、その中心ではルンバが周囲の物を吸い込みつづけているのではないだろうか。

冗談で言っているのではない。
「ルンバに入って生きて帰ったものは1人もいない」
これはれっきとした事実なのである。


2015年3月28日土曜日

カーリングの発祥

  カーリングという競技を発明したのがどこの国のなんという人かは知らないけれど、発明されたのは掃除の時間で、発明したのは男子だということだけはまちがいない。

(トイレ掃除の班のやつらが、たわしを使ってやったのが最初ではないかと推測される)

2015年3月27日金曜日

NO 「NO MUSIC , NO LIFE」

「NO MUSIC , NO LIFE」
ってのを聞くと、おいおい音楽ってのはそんなにショボいもんじゃないだろって思う。

  音楽を聴かなくても生きていける。
  だけど今これを聴きたいんだ!
って思わせてくれるような音楽をおれは聴きたいんだ。

  おれはお金をほしいけど、お金は愛おしくない。なぜならお金は生きるために必要なものだから。
  必要ないけど好き。だから愛おしい。
  生きていくために聴かなくちゃならない音楽なんてまっぴらごめんだぜ。

「NO MUSIC , NO LIFE」なんて
「人は排便をせずには生きていけない」
ってのと同じレベルの言葉だと思うぜ!
  いや、ちがうか。


2015年3月26日木曜日

食品サンプル

  本物の料理を食品サンプルとして店先に置いている店はよくあるけど、このパターンははじめて見た。
焼く前のハンバーグ。
斬新!

2015年3月25日水曜日

初デートとバッシュのおっさん

  それまでずっと彼女のいなかった18歳のぼくが、はじめて女の子とふたりで晩ごはんを食べにいくことになった。

  駅前で「何食べよっか」と話していると、見知らぬおっさんが話しかけてきた。6時なのにもう酔っぱらっている。スピーディーなおっさんだ。

  「君ら、何やってんの」

「え? ああ、今からご飯食べにいこうかと思って」

  「そうか。このへんで?」

「そうですね。どっかおいしいお店あります?」

  ぼくがおっさんに対して穴場グルメスポットをリサーチしていると、隣の女の子に無言で袖をひっぱられた。
  散歩中の犬が他の犬のおしっこのにおいを嗅いでいたら飼い主に「ほら。早く行くよ」とリードをひっぱられるときのあの感じだ。

  よれよれのスーツに、なぜかバスケシューズを履いているおっさんは
「よかったら一緒に飯食いに行かんか。おごるで」
と提案してきた。

「いやいやそんな。会ったばかりなのに悪いですよ」

  「ええねや。おっちゃん、若い子と話すの好きやからな。君ら大学生ぐらいやろ。遠慮せんでええねん」

「そうですか。んー、どうしよっかな」

  ぼくはお金もなかったし、絶対バスケやってない風貌なのにバスケシューズを履いているおっさんがおもしろくないわけがないので、その誘いは魅力的だった。

  ぼくひとりならまちがいなくついていくところだが、やはり隣の女の子にもお伺いを立てるのが紳士のたしなみだろうと思い、訊いてみた。
「どうする? おごってくれるって言ってるけど」

  すると、ここぞという場面でアウトコースにはずれるスローボールをキャッチャーに要求された強気のエースよりも激しい勢いで首をふり、彼女は「行こ」とだけ言い残してさっさと歩きはじめてしまった。

  あれ。行っちゃった。
  追いかけたほうがいいんだろうな。
  でも。
  彼女のアドレスは知ってるから後で連絡とれるけど、このおっさんは今逃したら二度と出会うことはないだろうしな。もし再会したとしても、またおごってくれるとはかぎらないわけだし。

  しばし腕組みをして考えた結果、おっちゃんに「すみません、今日はやめときます」と言い残して彼女の後を追いかけた。
  彼女が不機嫌になっているようだったので、今後の付き合いのためにも機嫌をとっておいたほうがよいと判断したのだ。


  結論から言うと、彼女との『今後の付き合い』はなかった。

  その日は一緒にごはんは食べたが、ちっとも話ははずまなかった。
  ぼくが初デートのために用意してきた、ミツバチの遺伝子にまつわる雑学と本格SFに関する話題は不調に終わった。女の子とふたりっきりで何を話したらいいのかわからないぼくは、べちゃべちゃするお好み焼きを食べながら、やっぱりおっさんと三人で食事をとるべきだったと後悔していた。
  三人なら肩肘を張らずに、もっと楽しく話せただろうに。

  後日、彼女を何度かデートに誘ったがなんやかやと理由をつけて断られ、それきり二人で会うことはなかった。
  (当時のぼくとしては)信じられないことに、ぼくはふられたのだった。
  ふられた理由は、おっさんの一件が70%、ミツバチとSFの話題がふるわなかったのが20%、お好み焼きがべちゃべちゃだったことが15%だと推測される(余った5%はぼくのイケメンポイント加算)。

  今ならわかる。
  あのときのぼくはまちがっていたと。

「おごるよ」というおっさんの誘いに乗ろうとしたぼくを、彼女はどういう目で見ていただろうか。
「おごるからついていくなんて、なんてケチな人だろう」
  そう思っていたにちがいない。
  そりゃあふられても仕方がない。女性はケチな男が嫌いなのだから。

  あのとき、ぼくは毅然として、こう言うべきだったのだ。
「おごってもらうなんてとんでもない!  ぼくが3人分出しますよ!」と。

 

2015年3月24日火曜日

最適な適量を求めよ

理系の男と理系の女の会話。

「レシピでさ、『適量』ってあるじゃない。
  おれさ、あれ気持ち悪くてしかたないんだよね。
  正確に3.5グラム、とか明記してほしい。
  適当でいいんならレシピいらないよって話だよ」

「あれはね、ちゃんと理由があるの。
  お菓子なんかは気温や湿度によって膨張率が変わったりするから、時季によってベストな量がちがうのよ。
  だから『適量』と書いて、その差分を調整させるの」

「だったら気温や湿度を考慮した『適量』の変化率を表す3次元グラフを付記すべきじゃない?」

「たしかにねー。
  それだったら計算してかんたんに適量を導けるもんねー」

2015年3月23日月曜日

ピコピコ

  中学のとき、クラスメイトが授業中に机の下にゲーム機を隠してピコピコやっていたら(さすがにピコピコ音は出していないが)、先生にばれてゲーム機を没収された。

  これはチャンスだとぼくは思った。

  翌週のその先生の授業中、教科書を机の下に隠し、人目を憚るようにしながら読んだ。
  案の定、先生はそっとぼくの背後にまわりこみ「何やってんの!」とぼくの腕をつかんだ。
  そしてひっぱりだされる教科書。

  ぼくとしては笑いが生まれると思っていたのだが、先生は「まぎらわしいことしなさんな!」と激昂した。
  ゲームをやっていたやつよりずっと激しいトーンで怒られた。


  公的な怒り(授業中にゲームをしたこと)より、私的な怒り(私に恥をかかせたこと)のほうがずっと根深いものだとぼくが学んだのは、そのときのことだ。

  あれはいい勉強になった。

2015年3月22日日曜日

話せばわかる

「人間、話せば必ずわかりあえる!」
と本気で思っている人とは永遠にわかりあえないだろうな……。

2015年3月21日土曜日

サイズだけのタイプ

靴屋にて。

「この茶色の靴の25.5センチありますか」とおばちゃんの店員に言ったら、

「すみません、そのサイズは今在庫がなくて」

   「そうですか。じゃあいいです」

「こちらなら25.5ありますけど。履いていただいてもいいですか」

    「いやそれはデザインが好きじゃないんで」

「そうですか。でしたらこちらの靴はどうでしょうか。試し履きされますか」

    「いや、仕事で履こうと思ってるんでそれはちょっと」

「あーちょっとカジュアルすぎますかね。えーっと、茶色じゃなくて黒でもいいですか。黒でしたらこちらとか一回履いていただいて……」

    「いやほんと、無いなら無いでいいんで」


ってやっと店を出たんだけど、あれかな、そんなに靴を買うときにサイズだけで買うタイプに見えたのかな。

2015年3月20日金曜日

ブラック寿司

「コーヒーはブラックじゃなきゃ。やっぱり豆の香りがぜんぜん……」
みたいな講釈を垂れるやつにかぎって、

ぼくが寿司からわさびをはがして食べていたら
「わさびが寿司の味を引き立たせるのに、それを知らないなんてもったいない」
みたいなこと言ってくるの、なんなの。

わかってないのはおまえだ。
いいか。寿司はブラックにかぎる!