2019年5月31日金曜日

【ショートショート】社会貢献ポイント


国民の社会貢献度が厳密に計測できるようになった。

国民のありとあらゆるデータは国家によって管理されている。数万ものパラメータを解析することで、個人の歩む人生、周囲に与える影響が相当な精度で予見できるようになったのだ。

SCP(社会貢献ポイント)と呼ばれるその数値は最大100のスコアで表される。
90を超えるような傑出した人物はそうそういない。ほとんどは30から70ぐらいに収まる。
ごくまれに、0を下回る人物がいる。社会にとって特に危険度が高いとされる人物だ。過去30年間に0を下回った人間は20人ほどだが、その大半が殺人犯、それも生涯のうちに複数の人間を殺害した凶悪犯だ。残りは「これから大量殺人を犯すであろう」人物だ。

SCPは暗号化されて厳重に管理されており、個人が知ることはできない。
いってみればSCPとは「人の価値」をポイント化することであり、それがかんたんに公表されれば人権が脅かされるというのがその理由だ。
犯罪者であろうとこれは変わらない。
SCPとはあくまで社会の全体的な変化をとらえるために考案された指標であり、国民に優劣をつけるためのものではない。国民一人あたりの国内総生産には意味があるが、自分ひとりの生産額は知らないのと同じだ。


ところが、ある若手国会議員がインターネット番組の対談でおこなった発言により風向きが変わる。

「人権はたしかに必要なものです。ですが他の人の幸福を犠牲にしてまで守らなければならないものでしょうか。
 たったひとりの独裁者によって数万人の命が奪われることもあります。それでも独裁者の生命は守られなければならないものでしょうか。
 SCPが著しく低い人間、いってみれば社会にとって有害である人間。これをあらかじめ社会から排除することの何がいけないのでしょうか。
 洪水が起きてからダムを建設しますか? 火事が起きてから消防訓練をおこないますか? それと同じです。人を殺してから裁くのでは遅すぎます。SCPによって殺す前に裁くことができるようになったのです。これからの時代、犯罪は捜査するものではなく、予防するものになるのです!」

議員の長身と甘いマスクが与えるスマートな印象、自信ありげにふりかざされるトレードマークの扇子、わかりやすい語り口、そして誰もが心のなかに隠していた本音をむきだしにしたその主張は、観ている者の心をとらえた。
この動画は何千万回と再生され、好意的な反応が多数を占めた。

新時代の功利主義は閉塞的な時代の空気にマッチして受け入れられた。
超高齢社会、先の見えない不況、拡がる一方の格差。追い詰められた者たちによる自己破壊的な殺人事件も増えていた。

罪のない市民を狙った凶悪犯罪に胸を痛めていた優しい市民、生産性の低い労働者はいらないとおもっている経営者、悪質なクレーマーに悩まされている従業員、認知症の老人の介護に疲れはてたヘルパー、時間稼ぎとしかおもえない野党の質問にうんざりしていた与党議員。
立場を超えて賛成の声が上がった。

もちろん反対派や慎重派も存在したが、彼らの声は説得力に乏しかった。
きれいごとだけでは世の中は良くならない、犯罪者の味方をするやつは自分が犯罪者予備軍だからだ、反対するなら代案を出せ。そうした意見の前には沈黙するしかなかった。

SCPが著しく低い人物、すなわち社会にとって著しく有害であるとされる人物を処分する法案、通称SCP法が国会を通過するまでに何年もかからなかった。

「この法案は善良な市民にとってはもちろん、処分されるSCPの低い人にとってもまた福音となるはずです」
今やすっかり党の重鎮となった議員は、優雅に扇子を振りながらカメラの前で微笑んだ。
「彼らは言ってみれば未来の犯罪者。罪を犯して後ろ指を指され家族に迷惑をかけながら死刑になるよりも、罪を犯す前に潔く身を隠すほうがずっといいと思いませんか?」
カメラの向こうの犯罪者を説得するようにこう述べた。

「もちろん運用は慎重におこないますよ。まずはSCPが0未満のお方、つまり大量殺人犯予備軍ですね。この人たちに社会から退場していただくことになります。さすがに彼らを守れという人はいないでしょう」



法案が施行され、最初の[退場者]が決定した。
[退場者]のSCPは-2758。歴代ワーストの数値だ。
数千人の命を奪う人物、という計算になる。

[退場者]の身柄は速やかに拘束された。

「そんなわけがない。何かのまちがいだ!」
当然[退場者]は抵抗したが、SCPの測定にまちがいが起こらないことは国会審議中に十分に検証されたことだ。決定は絶対に覆らない。

「おれは社会を良くするために……」
絶叫は途中で途絶えた。
自由を奪われた[退場者]の手から扇子がこぼれ落ちた。


2019年5月30日木曜日

結婚たからくじ


既婚者の友人K(男)。
同世代の平均以上の収入があり、家事育児もこなし、性格は穏やか、酒もタバコもギャンブルも女遊びもギャンブルもやらない。

男のぼくから見ても、いい夫だとおもう。

とある集まりで、Kの妻が未婚女性たちから
「どうやったらKくんみたいな人を見つけられるの」
と訊かれていた。

Kの妻は笑ってごまかしていたけど、ぼくは知っている。

Kが無職でやさぐれていたときから、ふたりが付きあっていたことを。

二十代前半のKは収入はなく、気むずかしく、しょっちゅう飲みあるいていた。
それが十年たって、その間にいろんな変化があって、Kは「いい夫」になったのだ。
その変化をつくったものは、K自身であり、のちにKの妻となった彼女だ。

Kは最初から「いい夫になりそうな男」だったわけではない。
K夫妻が「いい夫」をつくりあげたのだ。


「どうやったらKくんみたいな人を見つけられるの」
という質問をした女たちには、ぼくが代わりに答えてあげよう。

「宝くじの結果が出た後で、一億円の当選くじを買えるとおもう?」と。


2019年5月29日水曜日

黙ってついてゆくやつ


Kは中学時代からの友人。
住んでいるところも仕事もぜんぜんちがうけれど、今でも年に数回は会う。

Kはよくなにかのイベントに誘ってくれる。
それも変わったイベントばかり。

「フランス文学者と精神科医のトークイベントがあるんだけど行かへん?」とか
「昭和歌謡のライブがあるんだけど」とか
「ドヤ街の立ち飲み屋にいってみないか」とか
「ちんどん屋のイベントがあるんやって」とか
「キリスト教の牧師とバーベキューをすることになったから来ない?」とか。

ぼくからすると、まったく興味のないジャンルばかりだ。
でも、他の予定がないかぎりは断らないようにしている。
興味がないジャンルだからこそ、誘われるとうれしい。Kに誘われなければぜったいに知らなかった世界だ。

たのしいことばかりではない。
ちんどん屋のイベントは退屈だった。二度と行かないとおもう。
でもそれがわかっただけでも収穫だ。行ってみなければ、自分はちんどん屋をみてもすぐに飽きるということを知らないままだっただろう。

歳をとると、新しいことに挑戦する意欲が衰える。
慣れ親しんだことをやっているほうが楽だし、新しいことをやるときでも失敗しないように十分調べてからやる。事前に他人の口コミや評価もかんたんに手に入るようになったし。

でもKの誘いに乗るときは、そういうことを何も考えない。
下調べもしない。
ぼくは黙ってついてゆく。
これがたのしい。


KはKで、ぼくのことを「人数があわないときや誰かにドタキャンされたときに誘えばたいていついてきてくれるやつ」として重宝しているらしい。

今後も「黙ってついてゆくやつ」でありつづけたいとおもう。


2019年5月28日火曜日

ダンゴムシ来襲


娘(五歳)と、その友だちSちゃん、Sちゃんの妹Kちゃんといっしょに公園に行った。

Kちゃんがダンゴムシを見つけてつかまえた。
おねえちゃんのSちゃんがうらやましくなったらしく、
「ねえまるぶた(ぼくは保育園児たちからまるぶたと呼ばれている)、ダンゴムシさがして」
とおねだりされた。
若い女性からおねだりされたらノーとはいえない。

Sちゃんといっしょに茂みに入り、「岩の隙間とか落ち葉の下とかにダンゴムシはいるよ」と教え、何匹かつかまえた。

すると、娘が怒りだした。
「Sちゃんにだけダンゴムシをとってあげてずるい!」

いやずるいって君、ダンゴムシやで……。

しょうがないので娘にもダンゴムシの取り方を教える。すると今度はKちゃんが
「Kちゃんもダンゴムシもっといっぱいほしい!」
と泣きだし……。

ダンゴムシをめぐる女の闘い。
しかたなく、なだめすかしながら子どもたちといっしょにダンゴムシを収集した。

しかしアレだね。
ダンゴムシ集めってかんたんだね。

ダンゴムシ集めって虫の採集の中でもいちばんビギナー向けじゃないですか。
こんな捕獲しやすい虫いないでしょ。
どこにでもいるし、歩くのは遅いし、飛ばないし、刺さないし、くさい汁とかも出さないし、硬いから少々乱暴につかんでも平気だし、触感もあまりキモくないし。
虫採集RPGがあったら、フィールドに出て最初に遭遇する虫。昆虫採集界のスライム。
もはや子どもに獲られるために生きているといっても言いすぎではない(いやさすがにそれは言いすぎた)。

ほいほい捕まえてたら、ぜんぶで六十匹ぐらいになった。うへえ。
バケツいっぱいのダンゴムシ。六十匹ってことは足は千本ぐらい。うへえ。

子どもたちはそれを「家で飼いたい!」という。

ぼくも昔はいろんな虫を飼っていたが、とっくにそのころの少年の心は捨ててしまった。虫とは暮らしたくない。

だがこれも教育、とおもい娘に
「三匹だけやで。元気なやつ選び」
と云う。

一方、SちゃんとKちゃんは「ぜんぶ持ってかえる!」と云う。
おいおい。まじかよ。
どうします? と、彼女たちのおばあちゃんを見る(彼女たちは近所に住むおばあちゃんといっしょに公園に来ていた)。

おばあちゃんは「そう。逃げないように気をつけて連れてかえるんやで」とあっさりした返事。
おばあちゃん、自分の家じゃないからって……。
SちゃんとKちゃんのおかあさん、かわいそうに。五十匹以上のダンゴムシが家にやってくるなんて……。



そんなわけでうちにダンゴムシ三匹がやってきた。
虫かごに土と落ち葉と石を入れ、霧吹きで湿り気を与え、餌として野菜くずを入れてやる。
ダンゴムシにはもったいないほどの好待遇だ。

翌朝、娘に
「ダンゴムシ元気かな?」と言ったら
娘「ダンゴムシがどうしたの?」
ぼく「ほら、昨日捕まえたじゃない」
娘「あー。そうだった」
と言ってあわてて虫かごを見にいった。もう忘れとる!

野菜くずがそのまま残っているのを見て
娘「ぜんぜん食べてないやん」
ぼく「昨日入れたとこだもん。ダンゴムシは小さいからすぐにはなくならないよ」
娘「ふーん。つまんない」
とのこと。もう飽きとる!

2019年5月27日月曜日

未開部族だったぼくら


「最近の大学生は二十歳になるまで飲酒禁止。ばれたら停学」
という話を聞いた。

へえ厳しい時代になったねえ、とおもったけど、よく考えたら昔が異常だったのだ。

若い人からしたら信じられないかもしれないけど、ぼくが学生の頃は「大学に入学したら酒を飲まなきゃいけない」時代だった。
「飲んでもいい」じゃない。
「飲まなきゃいけない」だった。

入学式の茶話会、学部の新歓コンパ、サークルの説明会、バイトの歓迎会……。
とにかく飲まされた。
十八歳でも十九歳でも飲めない体質でも関係なかった。
二十歳を超えた先輩、教授、バイトの店長などの"大人"は誰も止めなかった。"大人"が音頭をとって飲ませていた。

つくづく異常な時代だった。
そんなに大昔じゃない。十五年ぐらい前の話だ。


当然ながら死ぬやつもいた。
急性アルコール中毒になったり、酔って交通事故を起こしたり、けがをしたりけがをさせたり。
野蛮な時代だった。なにしろ当時の日本人は未開部族だったのだ。


それが、法律にしたがって二十歳で解禁という風潮になりつつある。
いい時代になったとつくづくおもう。

「十八歳で飲みはじめる」と「二十歳で飲みはじめる」は、危険性がぜんぜんちがうんじゃないかとおもう。

十八歳だと「大学でもバイト先でもサークル内でもいちばん下っ端」ということが多いだろう。
ほんとは飲みたくないとおもっていても、勧められたら断りにくい立場だ。

二十歳であれば中堅ポジション。ノーと言いやすい。

しかも十八歳から二十歳まで「酒を飲まずにコンパに参加する」という二年間を経ている。
飲酒が人にどういう影響を与えるのかを冷静に観察することができる。
これは大きい。
ぼくは大学に入ってほぼはじめて「たちの悪い酔っ払い」を目の当たりにした。周囲に酒癖の悪い人間はいなかったから。
「たちの悪い酔っ払い」を観察しておくことは、いざ自分が飲むときのブレーキとして機能するだろう。

「二十歳になるまで飲酒禁止」ルールを厳密に適用することで飲酒による事故やトラブルは大きく減るだろうな。知らんけど。

2019年5月24日金曜日

娘の知ったかぶり


毎晩、五歳の娘に本を読んでいる。

以前は絵本を読んでいたが、最近は小学校低学年向けのいわゆる児童書が多い。

「絵のないページがある本」は娘が嫌がるので、「どのページにもイラストがある本」を図書館で借りて読んでいる。

一冊読むのに三十分くらいかかる。
という話を他のおとうさんおかあさんにすると「たいへんですね」といわれるが、ぼくからしたらむしろ楽になったと感じている。

絵本を読むほうがぼくはつらかった。
絵本って「内容が単調」または「ストーリーが不条理」なことが多い。

子どもにはそれがおもしろいのかもしれないが、大人からすると「おもったとおりの展開」か「意味わかんねえ」のどっちかになることが多く、退屈きわまりなかった。

その点、児童文学はストーリーは整合性がとれつつもそこそこ裏切りや謎解きの要素があって、大人も楽しめる。

最近読んだ本だと、石井 睦美『すみれちゃん』シリーズなんて、五歳~八歳の少女の動きが丁寧に描かれていてすごくよかった
娘もいたく気に入って、ぼくに読んでもらった翌日にひとりで読みかえしていた。


あとは富安陽子さんの『サラとピンキー』シリーズもおもしろいし、角野英子さん(『魔女の宅急便』の作者)の本もはずれがない。

ぼくも娘といっしょに夜の読書の時間を楽しんでいる。



さて、児童書を読んでいるとときおりむずかしい表現に出会う。

「じゆう」とか「こどく」とか「ふこうへい」とか。
ものの名前ではない、概念を表す言葉。

こういった言葉が出てくると、ぼくは娘に尋ねる。
「ふこうへいってどういう意味かわかる?」

娘は、わかれば自分なりに説明してくれるし、わからなければ「わからない」と言い、ぼくが説明してやる。

以前は、よく知ったかぶりをしていた。
「知ってる」というので「どういう意味?」と訊くと、まるで答えられないことがたびたびあった。

娘もいっちょまえにプライドが出てきて、虚勢を張るようになったのだ。

そのたびにぼくは注意をした。
「知らないことがあるのは恥ずかしいことじゃないよ。でも知らないのに知ってるふりをするのはすごくかっこわるいことだし、自分が困るよ」
と。

知ったかぶりをしたときはたしなめるが、知らないというときはわざとらしいぐらい優しく教えてやる。
これを何度もくりかえしていたら、知らないことは素直に知らないといってくれるようになった。



今のところ、ぼくの中での唯一の教育方針は「学ぶことの愉しさを知ってもらう」だ。

わからないことがわかるようになる。こんなに愉しいことはない。

嫌々勉強することがないように、「本読んでいいよ」「パズルしよっか」ということはあるが、「本を読みなさい」「勉強しなさい」とは言わないようにしている。

愉しく学ぶ上で最大の障壁となるのが「知ったかぶり」だ。
知ったかぶりをしたとたん、学びはストップする。

だから知ったかぶりをしたときは容赦なく糾弾するし、わからないことに対しては決して責めずに教えていこうとおもう。

自戒の念もこめて。


2019年5月23日木曜日

ゲスい飲み会


前いた会社は若い営業社員が多く、体育会系のノリだった。

ある飲み会のとき、男性社員数人が新しく入った美人社員をつかまえて
「この会社の男の中で誰がいちばんタイプ?」
と訊いていた。

ぼくは少し離れた席でそれを聞いていて「美人もたいへんだな」とおもっていた。

先輩社員に対して「それセクハラですよ」とはなかなか言えないだろう。

適当に受けながしても、この手の質問をするやつは相手の気持ちなんて考えないから答えるまでしつこく訊くだろう。

「みんないい人なんで全員です」なんて返事では済ませてもらえないだろう。

かといって適当に誰かの名前を挙げて、本気にされても困るだろう。仕事もやりづらくなるだろう。


すると美人は言った。
「犬犬さん(ぼくのこと)です」と。

なるほどな、とぼくは感心した。

ぼくは、その会社ではめずらしい既婚者だった。
既婚者、しかも別部署で仕事上の接点がほとんどない人の名前をあげておけば、本気にされる可能性も低い。
もともと仕事上のつきあいもないから、万が一気まずくなっても大丈夫。

さすがは美人。
しょうもない質問をかわしなれてるなあ、と感心した。

と同時に、こうもおもった。

逃げ口上に使われただけとわかってはいても、おっさんはちょっとドキドキしちゃうんだからな!




またべつの飲み会のとき、男性社員三人が女性のSさんをつかまえてこんな質問をした。

「この三人の中でつきあうとしたら誰がいい?」
(ゲスな会話ばっかりしてるとおもわれるかもしれないが、じっさいゲスいやつばっかりの会社だったのだ)

すると、Sさんはこう答えた。
「んー。顔だけでいったら〇〇さんかなー。でもつきあって楽しそうなのは××さん。結婚するなら△△さんかな」

おお。
三人ともにいやな気をさせない返事。と同時に三人とも恋愛対象ではありませんよと伝えている。うまい。
さすがは営業成績トップのSさんだ。

はぐらかされた三人は、気を良くしたような、少しがっかりしたような、なんとも言えない顔をしている。
完全にSさんが上手だったな。


三人は懲りずに、横にいたべつの女性Nさんに同じ質問をした。
「この三人の中でつきあうとしたら誰がいい?」

するとNさんは間髪を入れずに答えた。
全員イヤです

男「えっ、いや、じゃあ地球上にこの三人しか男がいないとしたら?」

Nさん「そのときは誰ともつきあわずに死んでいきます


お、おとこまえー!

隣で聞いていたぼくが、Nさんに惚れそうになってしまった。


2019年5月22日水曜日

精神病という病


昨年、小学校の同級生と約二十年ぶりに再会した。

Facebookで友だち申請が来た。
「今どこにいんの?」
「〇〇市」
というやりとりをへて、
「近いやん。じゃあそのうち飯でも行こか」
と送ったら、
「いつにする?」
と返事があった。

ぼくの送った「そのうち飯でも行こか」は挨拶みたいなものだったので、具体的な日程調整を持ちだされて少し当惑した。
だがなつかしいという気持ちもあったので日程と場所を決めて会うことにした。


待ち合わせ場所にいた彼は、以前とずいぶんちがって見えた。

最後にあったのは高校生のとき。それから二十年もたつのだから変わっているのはあたりまえだ。
ちがって見えたというのは、「二十年もあればこれぐらい変わるだろう」というぼくの予想をはるかに超えて変わっていたということだ。

一言でいうと、彼は老けこんでいた。
二十年たったとはいえ、ぼくたちはまだ三十代半ば。
「老けこむ」と形容されるような年齢ではない。

だが、ひさしぶりに会った彼はぼくより十歳以上も年上に見えた。三十代、だよな?

おどろきを、ぼくはあえて口にした。
「老けたなー!」

すると彼は言った。
「え? そんなに老けた?」
真顔で。
かぼそい声で。

てっきり「ほっとけ!」「おまえもやろ!」的な言葉が返ってくるとおもっていたぼくはおもわずたじろいでしまった。

「あ、いや、お互いさまやけどな」
とあわててフォローまで入れてしまった。

そのまま近くの店に入り、注文をしてから話をはじめた。

「久しぶりやなー。高校卒業以来やな。同窓会にも来てなかったもんな?」

 「まあな」

「ってことは……だいたい二十年ぶりか」

 「そうやな」

どうも会話がぎこちない。

「学生時代の友人とひさしぶりに再会」という経験は何度かあるが、話しはじめたらすぐに昔のペースをとりもどせるようになるものだ。

だが今回はぜんぜんペースがつかめない。というより、こちらのペースに彼が乗ってこない。

「仕事何してんの?」と訊くと、少しの沈黙の後、彼が口を開いた。

「おれ、精神科にずっと通ってて、最近になってやっと外に出られるようになってん。市役所に仕事紹介してもらって。週に三日、短時間やけど」

「えっ。精神科? いつから?」

「二十歳ぐらいのときから」

「ってことはもう十年以上?」

「そう」

訊くと、専門学校に通うようになってから人と会うのがこわくなり、しばらく社会から隔絶された生活を送っていたという。
精神病院に三回入院したという。監獄のようで気が狂いそうだったという。今でも人と会うのがこわい、それどころかテレビを観るのもこわいという。

彼の言葉を聞いて、ぼくは言葉を失った。

小学生のときは毎日のように遊んでいた友だちだ。
人にはない独特な発想をもったやつで、休み時間になるとクラスの男子たちが彼のまわりに集まってきた。
ぼくらは野球をしたり、ゲームをしたり、漫画の貸し借りをしたり、勝手に人の家の敷地内に入って教師から叱られたりした。つまり、ぼくも彼もごくごくふつうの男子小学生だった。

精神病患者が世の中にいるということは知っていた。精神病院という施設があることも。
だが、ぼくの記憶の中にある彼と、精神病院というのがどうしても結びつかなかった。
そういうのってもっと特別な人が入るところじゃないの? 生まれたときからそういう気質のある人が。

小学生のときの彼をおもいだしていた。
野球をするときはめずらしい左投右打だった彼、自分でつくったオリジナルのゲームをノートに書いていた彼、漫画の台詞を真似していた彼、オリジナルキャラクターを校舎の壁に落書きして担任に怒られていた彼、ふだんはどちらかといえばおとなしいほうなのに林間学校で担任から叱られたときだけは泣いて抗議していた彼。

どのエピソードを思いかえしても、彼が「人が怖いからテレビも観られへんねん」と言う人間になるようにはおもえなかった。
もちろんぼくは医者でもなんでもないからどんな人が精神病になりそうかなんてわからないんだけど、でも、ちがうだろ。
なぜ彼が。

もやもやした思いがこみあげてきたが、ぼくにできることはほとんどないがせめてこれ以上彼を苦しめないように、とおもってあたりさわりのない昔話をして別れた。



それから数日たっても、彼のことが頭から離れなかった。

ふとおもった。
「彼が精神病じゃなくて他の病気でも同じように感じただろうか?」

たとえば、ひさしぶりに会った友人が胃の病気になっていた。
ずっと体調が悪くて仕事もままならない。あまり外にも出歩かないのだと聞かされた。

「それはたいへんだなあ」とはおもうだろう。
でも「どうして彼が」とはおもわない。
「小学生のときはあんなに元気だったのだから病気になるなんて信じられない」ともおもわない。

「気の毒なことだけど、誰だって病気にはなるしな。まあそういうこともあるだろう」と受けとめるだろう。

精神病も他の病気も、現象としてはたいして変わらない。たぶん。

脳内である物質が多く分泌されたとか、どこかしらがうまくはたらかなくなったとか、原因はそんなもんだろう。
胃の具合が悪くなるのと、本質的に変わりはない。
胃の細胞の調子が悪くなれば食べ物をうまく消化できなくなるし、脳細胞の調子が悪くなれば人とうまく話せなくなる。それだけのことだ。

だから病気になるのはたいへんなことだけど、それが精神病だからってことさら深刻に受けとめるのは余計なことかもしれないな、とおもいなおした。
絶句するほどのことじゃなかったな。

「彼にどんな言葉をかけてやればよかったのだろう」と悶々としていたけど、「たいへんやなー。早く良くなるといいな」ぐらいでよかったのかな。
次会うときは、そう言ってやろう。


2019年5月20日月曜日

【読書感想文】平均が良くなれば世の中は良くなるのか / 『FACTFULNESS』

FACTFULNESS (ファクトフルネス)

ハンス・ロスリング オーラ・ロスリング アンナ・ロスリング・ロンランド
上杉 周作(訳) 関 美和(訳)

内容(e-honより)
ここ数十年間、わたしは何千もの人々に、貧困、人口、教育、エネルギーなど世界にまつわる数多くの質問をしてきた医学生、大学教授、科学者、企業の役員、ジャーナリスト、政治家―ほとんどみんなが間違えた。みんなが同じ勘違いをしている。本書は、事実に基づく世界の見方を教え、とんでもない勘違いを観察し、学んだことをまとめた一冊だ。

貧困は解消されていない、あいかわらず世界中で多くの子どもたちが栄養失調で苦しみ、若くして命を落としている……。

そんなのはすべて間違いだ、世の中はまちがいなく良くなっているのだ、と多くの証拠を挙げて主張するのが『FACTFULNESS』だ。


話題になっているのは知っていた。
おもしろそうな本だとおもっていた。
でもぼくの「流行りものには手を出したくない」という悪い癖が顔を出し、「そのうち読もう」と放置していた。

ところが、訳者の一人である上杉周作氏が書いたnote( 『ファクトフルネス』批判と知的誠実さ: 7万字の脚注が、たくさん読まれることはないけれど )を読み、
「こんなに知的誠実さを持った人の訳した本がおもしろくないわけがない! すぐ買ってお金を落とさねば!」
という謎の使命感に駆られ、購入した。


やはり話題になっているだけあって、おもしろかった。
中盤以降は同じようなことのくりかえしでやや退屈だったが前半はめっぽうおもしろかった。

誤った"常識"を正してくれる良書であることはまちがいない。
翻訳もいいし、ぜひ多くの人に読んでもらいたい。



まずは、上記上杉氏が作成した チンパンジークイズ をやってみてほしい。

全部三択問題で十二問。すべて勘で答えても四問は正解する計算になる。
しかし、ほとんどの人の正答数は四問を下回る。誤った知識が邪魔をするのだ。生兵法は大怪我の基。

ぼくも大半まちがえた。
じっさいは、ぼくがおもっているよりずっと世界は良くなっているのだ。
 メディアや活動家は、あなたに気づいてもらうために、ドラマチックな話を伝えようとする。そして悪いニュースのほうが、良いニュースや普通のニュースよりもドラマチックになりがちだ。また、なんらかの数字が長期的には伸びていても、短期的に落ち込むことがあった場合、それを利用して「危機が迫っている」という筋書きを立てるのはたやすい。
 世界はオープンになり、人々はネットでつながり、報道の質も上がった。悪いニュースは、以前よりずっと広まりやすくなった。
 悲惨なニュースを見たときは、自分にこう尋ねてみよう。「このニュースと同じくらい強烈な『明るい』話があったとしたら、それはニュースになっていただろうか?さまざまな大きな進歩のニュースは、はたして自分の耳に入ってくるだろうか?溺れなかった子供がニュースになるだろうか?溺れる子供の数や、結核で亡くなる人の数が減っていることに、窓の外を見て気づけるだろうか?ニュースを読んだり、慈善団体のパンフレットを見たりして気づけるだろうか?」
 良い変化のほうが悪い変化より多かったとしても、良い変化はあなたの耳には入ってこない。あなたが探すしかない。統計を見れば、良い変化がそこらじゅうにあることに気づけるだろう。「悪いニュースのほうが広まりやすい」と心得ておけば、毎日ニュースを見るたびに絶望しないですむ。大人も子供も、ぜひこの考え方を身につけてほしい。
悪いことが起こったときはニュースになる。
人が殺された、新しい病気が流行っている、戦争がはじまった、痛ましい事故が起こった、天災が起こった。

けれどいいことはあまりニュースにならない。
赤ちゃんがたくさん産まれて健康に成長している、医療機関が多くの命を救った、戦争を未然に防いだ、事故数が昨年より減少した、今年は地震が起こらなかった。
そんなことはニュースにならない。
赤ちゃんが産まれてすくすく育っていることがニュースになるのはパンダだけだ

だから世の中はどんどん悪くなっていっているような気がする。
少年犯罪も高齢ドライバーによる交通事故も餓死も戦死も難民も減っている。

そこをついつい忘れて「昨今の日本は……」とか「最近の若いやつは……」と言いたくなってしまう。気を付けなければ。



今の日本には、「食っていけない」「病気になっても医者に診てもらえない」「我が子に教育を受けさせられない」というレベルの貧困にあえぐ人はほぼいない。

『FACTFULNESS』では経済状態に応じて、レベル1(最貧層)~レベル4に分けている。
日本人の大半は最も豊かな層であるレベル4に位置している。「金がない」「貧困世帯だ」とおもっている人たちも、世界水準で見ればほとんどはレベル4だ。
1日に32ドル以上の収入があり、家の蛇口をひねれば水道が出てきて、ガスで調理ができ、自動車で移動をする。
ぼくらはレベル4の生活をしているし、ぼくらの親世代もたぶんレベル4の暮らしを送っていた。
だからレベル1やレベル2の人々の暮らしをまるで理解していない。
 結論から言うと、レベル1や2にいる国では、「病院のベッドで、医者が子供の命を救う」ことは比較的少ない。たしかに、「ベッドの数」や「医者の数」といった指標はわかりやすいし、政治家はハコモノを建てるのが大好きだ。しかし、子供の生存率が伸びる理由の多くは、病院の外にある。地域の看護師や助産師、そして教育を受けた親たちが講じた、病気の予防策が効果を上げている。特に、母親の影響は大きい。世界中で、子供の生存率が伸びている原因を調べてみると、「母親が読み書きできる」という要因が、上昇率の約半分に貢献している。
 多くの子供が命を落とさなくなったのは、子供がそもそも重い病気にかからなくなったからだ。訓練を受けた助産師が、母親を妊娠中から出産時までサポートする。訓練を受けた看護師が、子供に予防接種を行う。親たちは子供を寒さから守り、清潔に保つ。子供が食べ物に困ることもない。周りにいる人もきちんと手を洗う。そして母親は、薬のビンに書かれている注意書きを読むことができる。
病気でなくなる子どもが多いと知ると、ぼくらは「病院を建てて医師や看護師の数を増やせばいい」とおもう。
でもそれはレベル3やレベル4の人の発想だ。ほんとに貧しい人たちはそもそも病院に行けないのだ。

この本の中では、子どもの死を減らすためには医療の充実より、たとえば交通を整備することのほうが重要だと書いている。
道路をきれいにして町へ向かうバスが走れるようにする、そうすれば病院に行けるようになる。

なるほど、たしかにこういう発想はなかったな。
想像力は大事だが、想像力には限界がある。自分から遠すぎる世界の暮らしは想像の範疇を超えている。



貧困は減っている、ということが『FACTFULNESS』にはくりかえし書かれている。

うん、たしかにそうなんだろう。事実なんだろう。

でも、なんかしっくりこない。
平均として世界が良くなっているといわれても、それがどうしたという気がする。

ぼくらが実感する不幸って相対的なもんなんだよね。
もちろん生きていけないほどの貧困は重要問題で、最優先で解決しなきゃいけないことなんだけど。
でもそれを解決したからいいってもんじゃないんだよね。

江戸時代の殿さまは今のぼくらよりまずいものを食べて汚い身なりをしてろくな医療を受けられなかった。冷暖房もなかったし娯楽も乏しかった。
今の基準でいえば貧困に相当するだろう。レベル1~レベル4で言えばレベル2ぐらいの暮らしだ。
でも殿さまが経済的に不幸だったかというと、まったくそんなことはない。

同じように、現代の裕福な生活だって百年後の人たちから見たら貧しい暮らしに見えるだろう。
自動移動装置もナノ医療も標準食品もオート秘書も安全住宅もなしに生活してたの、かわいそう、と言われるかもしれない。
百年後にも『FACTFULNESS』みたいな本が出版されて、世界は悪いことだらけのように見えるけど、でも2019年頃に比べると世の中にはこんなにも良くなっているんです! と書かれているかもしれない。
だからってぼくらが不幸だということにはならないし、2119年の人たちが幸福だということにもならない。

シリコンバレーのエンジニアの平均年収は、日本円にして1000万円を超えているという。
そこに暮らす年収800万円の人は、経済的な満足感は得にくいだろう。あなたは世界水準で見ればたいへんなお金持ちなんですよ、といわれても納得できないだろう。
ぼくらが感じる幸福や満足は「隣人と比べた」相対的なものだからだ。

その考えはぼくらの脳の仕組みに由来するものであって正確な考えではないのですよといわれたって、現に幸福につながらない以上なんの気休めにもならない。

『FACTFULNESS』には、「相対的な満足度」の話がほとんど出てこない。
著者が見落としていたわけではなく、本題がぶれるから意図的に書かなかったんだろうけど、ぼくはひっかかりを感じてしまう。

極端なことをいうと、「みんなが年収200万円の世界」と「9割が年収100万円で1割が年収1億円の世界」を比べたとき、後者のほうが平均収入が増えてるでしょ、だから後の世の中が良いんですよ、と言われているようなひっかかり。

そこまで極端なことを言わなくても、「みんなが年収200万円の世界」が「半分が年収250万円で半分が年収1000万円の世界」になったとしたらどうだろう。
みんな年収増えましたよ、以前に比べて不幸になった人はいませんよね、といえるだろうか。


「格差」という切り口があれば、より満足度の高い本になったかなあ。


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2019年5月16日木曜日

ごめんって言った


(途中まで実話)

公園で子どもたちとあそんでいると、不意にKちゃん(三歳)が火がついたように泣きだした。
その場にいた大人が目を離したすきに、なにか痛い目に遭ったらしい。
「どうしたの?」と訊いても、泣くばかりで要領を得ない。

Kちゃんの隣にいたMちゃん(やはり三歳)に
 「Kちゃんがなんで泣いてるのか知ってる?」
と訊くと、
「Mちゃん、ちゃんとごめんって言ったよ!」
との返事。

どうやらKちゃんとMちゃんがぶつかったかなにかしたらしい。


ぼく「何が起きたのか知りたいから教えてくれるかな?」

M「Mちゃん、ごめんって言ったよ!」

ぼく「うん、それはわかった。べつにMちゃんのことを怒ってるわけじゃないんだよ。何があったか教えてほしいだけ」

M「Mちゃん、ごめんって言った!」

ぼく「うん、ちゃんとごめんなさい言えてえらかったね。で、Kちゃんはなんで泣いてるのかな?」

M「ごめんって言った!」

ぼく「ほら、おじさんぜんぜん怒ってないでしょ。おじさんは何があったのかを知りたいだけなんだよ。ぶつかったの? どことどこがぶつかったのかな? それによって手当てのしかたも変わってくるから」

M「ごめんって言ったのにー!(泣)」

ぼく「ご、ごめん……」


そこに駆けよってくるMちゃんのおとうさん。


M父「おい、どうしたんだ。なんでうちの子は泣いてるんだ!」

ぼく「私、ごめんって言いましたよ!」

M父「うちの子に何をしたんだよ!」

ぼく「私はきちんとごめんって言いました!」

M父「いや、そうじゃなくてなんでうちの子が泣いてるのかって訊いてるんだよ!」

ぼく「ですからごめんと言ったと言ってるじゃないですか!」


2019年5月15日水曜日

仕事の愚痴


仕事で、とある会社と揉めた。

「〇〇をやってほしいんだけど」と言われて相談に乗っていたのだが、採算に見合わないと判断したので「やっぱり受けられません」と断った。

すると、相手の会社の担当(おじいちゃん)が怒りだした。
「ここまでやったのだから最後まで責任を持つべきでしょ!」と。

メールで断ったのだが、何度も電話をしてくる。
言った言わないの話になるとややこしいので文書でやりとりしましょうよといったのだが、おじいちゃんはメールが苦手なのか、しつこく電話をしてくる。

「契約も交わしていないしお金も受け取っていないので、うちが仕事を受ける義務はありません」
と言っても、
「契約の問題じゃないでしょ。道義の問題でしょ。ビジネスマナーの問題でしょ。やりなさいよ!」
と、ずっとわめいている。

ずいぶん都合の良いビジネスマナーだ。

こちらがあれこれ説明しても、一切聞く耳を持たない。
ずっと一方的にまくしててている。

「いくら出せばやってくれますか」とか「どこまでならやってくれますか」とかならまだ交渉の余地もあるのだが、おじいちゃんの言うことときたら「やってくれないと困る!」「おたくには信義がないのか!」などの自分の都合&精神論ばかりなので、てんで話にならない。

あまりにしつこいので、受話器をデスクに置いてみた。

3分ぐらいして「そろそろ切れたかな?」と受話器を耳にあてたら、おじいちゃんはまだしゃべってる。
相手の反応など一切おかまいなしなのだ。すごい。

相手の話聞く気ないなら電話じゃなくてメールにせえよ。せめてFAXか。


「メールじゃ細かいニュアンスが伝わらないので」と言って電話してくるやつって、細かい調整をする気なんかさらさらなくって、ただ自分の言いたいことを言うだけだよね。例外なく。


2019年5月14日火曜日

授業を聞かないほうが成績がよくなる


耳から入ってくる情報の処理が苦手だ。

脳のはたらきの問題だろうか。
耳から入ってきた情報が、ぜんぜん脳に定着しない。

子どもの頃から「人の話を聞かない子」と言われていた。
じっさい、そのとおりだった。
授業なんてまるで聞いていなかった。
中学校のとき、英語のテストで満点をとったのに通知表の評価が「9」だった(10段階評価で)。
「テストが100点で提出物もぜんぶ出してるのになんで10じゃないんですか」と抗議したら、「だって授業態度が悪すぎるから」と言われた。
よっぽど態度が悪かったのだろう。不良でもないのに。

高校のとき、数学の先生が言った。
「もうわかっている、という人は授業にあわせなくていい。ぼくの授業のときはどんどん教科書を読みすすめてくれてええで」

言われたとおりに、ぼくは授業を聞かないことにした。
教科書を読みすすめ、問題集を解いた。
授業で取りあげるまえに問題を解いて、授業を聞きながしながら問題を解き、テスト前に問題を解いた。同じ問題を三回ずつ解いた。

それからだ。
ぼくの成績が飛躍的に伸びたのは。

高二のときに数Bのテストが五回あったが、五回とも百点だった。
数Ⅱでも五回中三回百点をとった。

ぼくはやっと気づいた。
授業を聞かないほうが成績がよくなる、と。



そのとき、今までのあれやこれやの謎がとけた。

わかった。ぼくは人の話を聞けないんだ。

小学生のときは忘れ物が多かった。
先生が黒板に「もちもの:コンパス」と書いてくれたときは大丈夫だったが、「明日は雑巾を持ってきてください」と言われたときはダメだった。

「何回注意されても同じミスをする」と叱られたことも一度や二度ではない。

言語だけではない。

音の高低がわからない。もちろん音痴だ。
合唱コンクールの練習でまじめに歌っていたのに「ちゃんと歌いなさい」と注意された。

外国語の発音やアクセントがよくわからない。
学生時代、英語の成績は良かったが、発音・アクセントだけはまるでダメだった。

小説や漫画を読むのは好きだが、ドラマやアニメは楽しめない。洋画は字幕のほうが楽だ。

すべてが一本につながった。
そうか。ぼくの脳は、音を処理するのが人より苦手なんだ。


苦手なものはしかたがない。だが自分の苦手がわかれば対策が立てられる。

数学以外の教科も、勉強のやりかたを変えた。
授業を聞いて理解することは一切あきらめた。
英語の授業中は古文の勉強をし、古文の授業では世界史の教科書を読み、世界史の授業中には化学の問題を解いた。

わざわざ他の教科の勉強をしたのは、教師の声を完全にシャットアウトするためだ。有機化学の問題を解いているときに無機化学の話をされるより、世界史の話のほうが無視しやすい。

ぼくは塾には通っていなかったが進研ゼミ高校講座をやっていた。
これも自分にあっていた。
人の話を聞くのは苦手だが、読んで理解するのは得意だ。
文字とイラストだけですべて説明してくれる進研ゼミは、ぼくのような人間にはありがたい。

成績はぐんぐんよくなっていった。
ほとんどの教科で学年トップクラス。悪いのは音楽だけだった。



あのとき「授業を聞かなくてもいい」と言ってくれた教師には感謝している。
ぼくだけに向けたアドバイスではなかったが、たまたまぼくの能力にはぴったりとあっていた。

大学進学後も、就職してからも、自分の不得意分野を把握していることは役に立った。

身につけたい知識は文字で読むようにする。
おぼえなきゃいけないことは文字にする。
人とやりとりするときは会話ではなくなるべく文書でやりとりするようにする。

苦手なことにリソースを割かなくてよくなった。


そんなぼくにとっての天敵は「すぐ電話してくる人間」だ。
「話したほうが早いから」という身勝手な理由で、メールやチャットでできる話を電話でやろうとする人間。
「メールじゃ正確に伝わらないから」というむちゃくちゃな理由で電話してくる人間(こういう人間が電話で正確に伝えてきたためしがない)。

こういう人間とはとことん相性が悪い。
たぶんぼくが耳からの情報をうまく処理できないように、連中も文字による情報を処理できないのだろう。

相性が悪いのがわかりきっているから、「すぐ電話人間」とは極力かかわらないようにしている。

……という判断ができるようになったのも、自分の苦手を把握できるようになったからだ。

2019年5月13日月曜日

一世代下から見た団塊ジュニア世代

団塊ジュニア

団塊ジュニア(だんかいジュニア)とは、日本において、1971年から1974年までに生まれた世代。ピーク(1973年)は210万人、団塊ピーク(1949年)の270万人より少し少ない。第二次ベビーブーム(ベビーブーマー)世代とも呼ばれる。
出典: 『ウィキペディア(Wikipedia)』


団塊ジュニア。
いわゆる第二次ベビーブーマーであり、いわゆるロスジェネ世代である。就職氷河期世代とも言われる。
とにかくいろんな名前がついている。

親世代が「団塊の世代」。
人数が多いことで受験や就職の競争率は非常に高かった。
中高生頃にバブルを経験。
しかし大卒者が社会に出る頃にはバブルははじけて就職氷河期まっただなか。
不況の中で二十代を過ごし、今でも非正規雇用労働者も多い。
結婚率・出生率も低かったため、ついに第三次ベビーブームは来なかった。
年金もいつもらえるのかわからない。

……という世代。

つくづく(全体で見ると)不運な世代だと思う。

ちなみにぼくは1980年代中頃の生まれ。団塊ジュニアの一世代下だ。
自分たちが恵まれた時代に生まれたとは思わないが、「団塊ジュニアよりはマシか」と思う。それぐらい団塊ジュニアは不遇な世代だ。



以下、「個人的観測範囲」による「ざっくりした傾向」に基づく話。

団塊ジュニアのなにが気の毒って、いちばん「理想と現実のギャップ」を大きく感じているのがこの世代なんじゃないだろうか。

団塊ジュニアの親世代(団塊の世代)は、高度経済成長期・バブルを生きてきた世代。たくさん働いてたくさん稼ぐ。決して楽な生活ではないけれど、がんばればいい暮らしが手に入る。明日は今日よりいい日に決まっている。若いときに一生懸命働けば老後は明るい。
こういう価値観が、子ども世代に与えた影響は大きいだろう。

ところが団塊ジュニア世代が生きる時代は「がんばればいい暮らしが手に入る」ではなくなった。
がんばっても運が良くないとダメ、がんばらないともっとダメ。がんばろうにも職がない。あっても非正規。自分が食っていくのがせいいっぱいで、家族を食わしていくことなんてもってのほか。結婚も出産も贅沢品。
消費税や社会保険などの負担は増える一方。年金はいつもらえるのかわからない。

「がんばったからといっていい暮らしが手に入らない」のはもっと下の世代も同じだが、下の世代はそもそも期待をしていない。
ものごころついたときから日本は衰退しているので、「こういうもんだ」と半ばあきらめの境地にある。

団塊ジュニア世代は好景気や年金受給などの恩恵にもあずかれず、かといってかつては標準的な暮らしだった"高い理想"は捨てられない。

つくづく気の毒な世代だと思う。



団塊ジュニアはぼくの一世代上なので、接することも多い。

年齢の離れたいとこ、バイトの先輩(のフリーター)、会社の先輩(あるいは年上の後輩)。

見ていて感じるのは、70年代生まれと80年代生まれには「物欲」に大きな差があるなということ。

もちろん個人差はあるが、70年代生まれは物欲が強い人が多い。
「たくさん稼いでたくさん使うのが豊かな生活だ」と信じている、というか。

80年代生まれはお金や物質にそこまで執着しない人が多いんじゃないかな。モノの豊かさ=心の豊かさじゃないよ、と言われて育ったので。


ぼくは、団塊ジュニア世代から何度か「若いうちは遊ばなあかんで」とか「ぱーっと金使っていいもの買うのも大事やで」と言われた。

(なにいってんだこいつ)とおもいながら「はあ」と適当に聞き流していた。これもまた世代格差のひとつの表れかもしれない。

団塊ジュニア世代より上は「たくさん稼いでたくさん使う」、団塊ジュニア世代より下は「少なく稼いで少なく使う」、という価値観が主流だとおもう。

だが団塊ジュニアは、「少なく稼ぐがたくさん使いたい」ではなかろうか。

この価値観と現実のギャップこそが、団塊ジュニア世代を不幸にしている最大の要因じゃないかなあ。

2019年5月10日金曜日

【読書感想文】主婦版サラリーマン小説 / 加納 朋子『七人の敵がいる』

七人の敵がいる

加納 朋子

内容(e-honより)
編集者としてバリバリ仕事をこなす山田陽子。一人息子の陽介が小学校に入学し、少しは手が離れて楽になるかと思ったら―とんでもない!PTA、学童保育所父母会、自治会役員…次々と降りかかる「お勤め」に振り回される毎日が始まった。小学生の親になるって、こんなに大変だったの!?笑って泣けて、元気が湧いてくる。ワーキングマザーの奮闘を描く、痛快子育てエンターテインメント。

PTA役員、学童保育の父母会役員、自治会役員……。
こういうの自分とは無縁とおもっていたけど、そうも言っていられなくなった。

一昨年、長女の保育園の役員をした。
去年と今年は住んでいるマンションの住民会の役員をしている。
来年、娘は小学校。学童保育にも入れるつもりなので、そこでも諸々の役員業務がついてまわるだろう(個人的にはPTAは入会拒否したいのだが妻は「子どもの立場があるから……」と及び腰だ)。次女も保育園に行くから、そこでも役員はまわってくる。
うちは共働きだが、保育園や学童保育に通わせている家庭なんてみんな共働きなのでそんなことは言い訳にならない。なにしろシングルマザーとか三つ子とかもっとたいへんな家庭も役員をやっているのだ。


しかしなあ。
役員会というのに出席したことあるけど、ほんとに効率悪いんだよなあ。
マニュアルがなくて口頭の伝達、前年の反省がまったく活かされない、役員自身が何をやるのかわかっていない……。
「波風を立てたくない」「なんとか今年さえ乗り切ればあとはどうでもいい」という事なかれ主義が蔓延していて、誰も改善とか効率化とかをしようとしない。そして令和時代になっても旧弊が代々受け継がれてゆく……。
まあぼくも旧弊を翌年にバトンタッチしている人間のひとりなのでえらそうなことは言えないけど……。

だって効率化したって自分には何の得もないもん。マニュアル作ったり改革を手がけたりしたって、翌年以降が楽になるかもしれないけど自分は苦労するだけだもん。

ねえ。ほんとなんとかならんのか。
お金で解決できるんじゃないの。
保育園の役員なんて、いっそ仕事にしたらいいのに。近所の年寄りにパートタイムで働いてもらって。
土曜日や平日の昼間をつぶされるぐらいだったらいくらか払うし。


ぼくは「そんなに親しくない人に嫌われてもかまわない」という人間なので、PTA脱退とか「役員やりたくありません」と断るとかもぜんぜん辞さない覚悟だけど、「そのせいで娘が居心地悪くなるかも……」とおもうとやっぱり気が引ける。
できるだけ穏便に、少々の面倒なら引き受けてでも波風を立てず……とおもってしまう。

『七人の敵がいる』には「子どもを人質にとられている」という表現が出てくるけど、これは言い得て妙。
子どもの立場を考えると言いたいことも言えず……って人が多いから悪習がいつまでも続いてしまうんだろうな。

(自分以外の誰かが)なんとかしてくれ、とおもっているだけじゃいつまでたっても変わらない。
自分の子が小学校に入ったときは(あまり敵をつくりすぎない範囲で)戦うぞ、とこの小説を読んで弱く決心した。



幼い子を持つぼくにとってこの題材はすごくおもしろかったけど、小説としてはちょっとものたりない。

勧善懲悪的なスカッとするストーリー、主人公を筆頭にわかりやすく直情的な登場人物、はじめは嫌なやつと思っていた人も腹を割って話してみればみんないい人……と朝ドラを観ているよう。
月曜日に問題が発生しても土曜日には解決してる、みたいな(朝ドラってそんなイメージ。あんまり観たことないけど)。
人物に深みがないし、そんなうまくいくかよと言いたくなることばかり。

これはあれだな。
主婦版のサラリーマン小説だな。『PTA役員・島耕作』だ。

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【読書感想エッセイ】 川端 裕人『PTA再活用論―悩ましき現実を超えて』



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2019年5月9日木曜日

マンション住民会における老人のふるまい

マンションの住民会というのに出席した。

役員紹介、昨年度の住民会の取り組みの報告、昨年度の収支報告。
一切波風の立たない退屈な進行。
ぼくは、もらった資料の余白に「ごんべんの漢字」を思いつくだけ書いて時間をつぶしていた。

問題が起こったのは、今年度の予算報告のときだ。
会計担当のじいさんが予算報告をすると、窓際に座っていたじいさんが異議を申し立てた。

親睦費に対してお金を使いすぎじゃないかという内容だ。

「毎年この金額でやっておりますので……」と会計じいさんが答えると、窓際じいさんが「毎年予算オーバーしてるんだから見直すべきでしょう」とつっこむ。

「ではこの点については検討します」と会計じいさんが逃げようとすると、窓際じいさんが「それを検討するのがこの場でしょう」と追い詰める。

なかなかスリリングな攻防だ。
他の出席者も「予算見直したほうがいいんじゃないでしょうか」などと言い、窓際じいさんが優勢だ。

ぼくはにやにやしながら眺めている。
親睦日の内訳を見ると「親睦旅行等」と書いてある。
要するに住民会の役員を中心とする老人たちが会費で旅行に行ってるんだろう。
あまり感心したことではないが、みんなやりたがらない役員をやってくれているのだからそれぐらいの役得があってもいいんじゃないか、ともおもう。
つまり「どっちでもいい」。

しかしジジイ同士の口論はなかなか見られるものではない。
こっそり机の下でスマホを取りだし、家にいる妻に「やべー。めっちゃ紛糾しとる」とLINEを送った。笑顔の絵文字入りで。

十分ほどの闘いは、窓際じいさんの勝利に終わった。
会計じいさんは来年度予算を修正することに合意し、後日訂正した資料を配布することを約束させられた。

だが窓際じいさんは満足しなかった。
再び手を挙げて「祭事費用についてなんですが、これについても予算をオーバーしておりますが……」と言いだした。

うへえ。
会計じいさんはもちろん、その場にいた全員が「もういいぜ」という気分になった。
さっきまでは窓際じいさんの見方についていたのに「まだやんのかよ」「ちょっとぐらいの超過はいいだろ」という空気になった。
露骨にためいきをついたり時計を見たりする人もいるが、窓際じいさんは気にも留めない。
やべえ、会計のごまかしを見抜くスーパー監査じいさんかとおもっていたら、単にケチをつけたいだけのクレーマーじいさんだった。



住民会の間、もうひとつ気になったことがある。

ばあさんたちがずっとおしゃべりをしているのだ。

びっくりした。
住民会がはじまるまでの間しゃべっていて、会長のじいさんが「ただいまより住民会をはじめます」と宣言している間もずっとしゃべっていて、活動報告や収支報告をしている間もずっとしゃべっている。
しかも一切ボリュームを落とさず。

「人が前に出てしゃべっているから静かにしよう」という意識が微塵もない。
一度しゃべりだしたら止まれないのかとおもうぐらいしゃべりつづけている。

ごんべんの漢字をおもいつくかぎり書いていたぼくですら、「人が前に出てしゃべっている間は静かにする」という最低限のルールは守っていた。
五歳の娘を連れていったのだが、五歳児ですら静かにえほんを読んでいた。ぼくに話しかけるときは声をひそめていた。
保育園児ですらできることなのに、このババアたちには「人が前に出てしゃべっている間は静かにする」ができないのだ。

呆れるのをとおりこして感心した。
すげえな。
このばあさんたち、義務教育受けてないのか? 人が話している間は静かにしようって尋常小学校で教わらなかった? それとも寺子屋?

加齢とともに体力と常識が落ちたのか、耳が遠いのか、声のボリューム調整機能がぶっこわれたのか、それともそのすべてなのかしらないけど、とにかくすげえな。


で、前に立って報告しているじいさんのほうもおかまいなしなのね。
自分が報告している間、ずっとボリューム大でババアが鳴っているのに、いっこうに気にしないの。
怒鳴るまではしなくても、にらみつけるとか静まるのを待つとか一切なく、ずっと話している。

加齢ってすごいな。何も気にならなくなるのかな。



そういえば、母が昔町内会の役員をやっていたのだが
「町内会のじいさまたちはなかなかのものよ」
と語っていた。

なんでも、町内会長などをやりたがるじいさんたちは権威欲も強いので、まず人の話を聞かないし、すぐにじいさん同士でぶつかるそうだ。

そして口論になると、最終的には
「私は〇〇社の経理部長をやっていたからわかるんだが……」とか
「〇〇さんは高卒だから」
とか言いだすのだという。七十歳を過ぎたじいさんたちが。

ひゃあ、それは相当な地獄絵図だなあ。


近くにいないと「お年寄りを大切に」なんて言えるけど、いざ関わってみるととてもそういう気分にはなれないなあ。


2019年5月8日水曜日

【読書感想文】原発の善悪を議論しても意味がない / 『原発 決めるのは誰か』

原発 決めるのは誰か

吉岡 斉  寿楽 浩太  宮台 真司  杉田 敦

内容(e-honより)
「脱原発」を求める多数の声があるのに、政策の決定過程には反映されず、福島原発事故以前の原子力政策への回帰が進められている。政策を実際に決めているのは誰であり、本来は誰であるべきなのか。専門知識が求められる問題に、私たちはどう関わっていけるのか。科学技術政策を専門とする2氏の報告と、社会学者・政治学者を加えた4氏の討論を収載。

原発稼働に関する議論を見ていると、うんざりする。
稼働賛成派は「政府、電力会社が安全だと言っているから」「原発を止めて電気が止まっていいのか」と主張し、反対派は「リスクがあるから」「原発はとにかく危険」と主張する。

傍から見ていると「どっちも感情的になっているだけで永遠にわかりあえる日はこないだろうな」としかおもえない。

「健康・環境面からの意見」VS「(短期的)経済的な意見」というまったく異なる土俵で闘ってたって、そりゃあわかりあえないだろう。

原発という金のなる木を守ろうとする人の「大丈夫だ」も、リスクがどの程度なのかを調べようともしない人の「危険だ」も、どっちももう聞きたくない。

落ちついた、両論併記の議論をぼくは読みたいんだ!



ということで『原発 決めるのは誰か』を読む。

原発の構造とか安全性とか事故があったときの影響などにはほとんど触れられていない。
テーマは、タイトルの通り「決めるのは誰か」だ。

民衆による多数決で正しい判断が下せるのか、少数の専門家に任せていいのか、任せるとしたらその少数は誰がどうやって選ぶのか。
「決定」について多くのページが割かれている。

これはいいスタンス。
たしかに原発の善悪を議論しても意味がない。
原発利権を享受している人からしたら原発は「いいもの、正しいもの」だし、リスクのほうが大きい人からしたら「悪いもの、誤ったもの」だ。
そこを議論しても、立場がちがう以上いつまでも平行線だ。


まず前提として、原発は(少なくとも今日本にある原発は)時代遅れのものだ。
 まさに、「これでもか」というぐらいの過保護のなかで、日本の原発政策は進められてきたことがわかると思います。普通の経済感覚からすれば、原子力を進めるという道理はないのです。原子力というのは、言ってみれば極めて経営リスクの高い技術でして、国家の保護なしに競争市場に放り込むとすぐま敗北してしまうような技術なのです。
 全原発を即時廃止する道が最もわかりやすい選択肢ですが、原発を残す場合でも経済的にありうる道は、新増設はせず、既にある原発について投資を回収できるまで動かして、回収し終わったら止めていきゴールは完全な脱原発ということだろうと思います。もちろん安全面からはそれもどうかという話になるわけですが、この道以外には、原発を残していく経済的なメリットはまったくありません。ドイツが決めたのはまさにそういう路線です。今あるもののうち比較的新しいものは動かして使っていくが、なるべく早めに廃止し、新増設はせずに、二〇一二年には完全に脱原発を達成するというものです。日本もドイツと同じことをやるのが一番穏当だと、私は以前から言ってきました。「即ゼロがベターであるけれども、ドイツ方式でもいい」というのが現在の考えです。
原子力発電については、安全性を基準として追加しつつも、原子力発電は安定供給、コスト、環境保全の三つの面が優れているとしています。この三つの面は3E(Energysecurity,Economy,Environment)と呼ばれてきたものです。福島事故によって何年もほとんどの原発が長期停止していることを考えると、供給安定性が劣悪であることは明らかです。福島事故により何十兆円もの被害が出ることが確実であることを考えると、事故の後始末コストと損害賠償コストを加算すれば、原子力発電のコストは火力よりも大幅に高くなるはずです。さらに環境保全については、大量の放射能放出によって半永久的に居住不能な広大な地域を発生させてしまったことを、どう考えるのでしょう。福島事故は日本史上最大の公害事件であり、それでも環境保全性が優れているというのは道理に反します。
その証拠に、諸外国はどんどん原発を捨てている。
原発には先がない、というのが世界の共通認識なのだ。

それでも日本が原発に依存しようとしている理由は
「ここでやめたら今までやってきたことが無駄になる」
「過去の失敗を認めたら誰が責任をとるのか」
という二点のみ。

これは先の大戦で大敗につながったときとまったく同じ発想。
損切りができずにまごまごしているうちに撤退が遅れ、ますます損害が大きくなっているというのが今の状況だ。

もしも、もしもだよ。
シムシティみたいに国土を全部更地にできたとして。
「さあ、ゼロから国づくりをやりなおしましょう」
ということになったとき。
それでも原発建設を選ぶ人はひとりもいないだろう。

結局、原発を動かすかどうかを決める上で考えなければならないのは
「原発はいい選択か」ではなく(それはもう答えが出ている)、
「そうはいっても日本にはたくさん原発がある。これをどうするのか」なのだ。

シムシティとちがって、現実はリセットすることはできないのだから。



とはいえ。
原発がいい選択ではないからといって、
「原発は悪だ! 原発をゼロに!」
と叫んでもどうにもならない。

ガソリン車もパチンコもタバコも良くないものかもしれないが、現にその恩恵を受けている人、それで飯を食ってる人がいる以上、すぱっとなくせるものではない。原発も同じ。

それに「今だけ」を考えるのであれば、原発は悪くない選択肢だ。
原油価格に左右されにくいし、発電コストも比較的やすい。地球温暖化対策にもなる。
なにより、日本にはすでに多くの原発がある。
既存のものを使えるというのは大きい。

だから「段階的に廃止」「原発利権を享受している人には別のメリットを」というのが現実的な選択肢になる。
 また、原子力専門家に退場してもらえば、それで問題が解決するわけではありません。原子力から撤退するにしても、廃炉や放射性廃棄物のことなどがありますから、彼らの専門知は必要なのです。安易に彼らを追い出してしまったとしたら、私たち自身が専門的な問題と向き合ったり、あるいは実際に放射性物質のようなリスクのあるものを、専門知識を欠いたまま扱ったりしなければならなくなりかねません。少なくとも現状では、そうした専門知の多くは「ムラ」の中にあるわけですから、それをどうやって私たちの側に取り戻すのかを考えねばなりません。その延長線上にコミュニケーションの話もあるのではないでしょうか。「ムラ」を解体することが必要だとしても、それは、現時点で「ムラ」に属していると思われる原子力専門家をパージすることではない。彼らを「ムラ」のメンバーから市民社会の一員へと取り戻すことが必要なのです。
(中略)
 しかし同時に、どうして欲しいのか、どういう基準で仕事をして欲しいのかということを、ポジティブな言い方、建設的な方向で伝えることももっとあってよいと思うのです。「これをするな」と同時に、「これをしてほしい」という言い方が必要です。例えば、福島原発事故の被害を受けられた皆さんから、被害を少しでも回復したり、未来を切り拓いたりするために、原子力の専門家に対して「こういう研究をしてほしい」とか、「こういう技術を考えてほしい」ということを伝えるチャンネルがあってもいいと思うのです。私たちが何を望み、何は望まないのか、そのことを伝えるのも、リスク・コミュニケーションの真髄のひとつだと思います。「これが一番いい政策なのだから、あなたたちは不要です。それを理解しなさい」というモードで接しては、彼らのコミュニケーションが一方的であるのと同じ意味でこちらも一方的な要求になってしまって、敢えて言えばイデオロギー対立、プロパガンダ合戦になってしまいます。それでは不毛な争いが続くばかりで、結局、一番困っている人たちは困ったまま、厄介な問題は手が付けられないままという結果を招きかねません。

「原発なんて害悪しかないよ」といわれたら、深く関わっている専門家ほど「いや必ずしもデメリットだけではない」と反発したくなるだろう。
それよりも「五十年後になくすために知恵を貸してほしい」「原発よりももっと安全でもっと低コストな発電方法を考えてほしい」という言い方をすれば、話は前向きに進みやすくなる。

同じく、「原子力ムラが不当な利益を享受している!」と糾弾しても反発を招くだけ。
維持・開発に使っているのと同じお金を減炉・廃炉のために落としてやるようにすれば、少なくとも「今ある利益を失う」という理由での反発はなくなる。

利権というと悪いもののように言われるけど、利権があるからこそ原発や基地のような「みんなイヤだけどどこかが引き受けなければならないもの」を設置できるわけなのだから、なくすことは不可能だ。ある程度は目をつぶるしかない。

こういう道筋をつくるのが政治なんだとおもうけどねえ。
宮台 野次や吊し上げが典型ですが、糾弾モードの振る舞いが、市民運動側に蔓延していないでしょうか。そうしたことをやはり問いたいのです。相手方との合意に至ろうとか、知らなかった何かに気づこうという構えが、ほとんど見られないのは問題ではないか、ということです。
僕が大事だと考えるのは価値専門家です。ドイツのメルケル首相が、東日本大震災が起きて二カ月も経たずに二〇二〇年代には原発をやめると決めました。きっかけは、メルケルが招集した宗教学者、倫理学者、社会学者などからなる、安全なエネルギー供給のための倫理委員会です。
 原子力問題を、価値の問題、倫理の問題として議論しているのです。低線量被曝などの未確定の長期リスクについて、誰も責任がとれないのなら引き受けるのは非倫理的ではないか、一○○○年に一回だから無視していいというのは、後は野となれ山となれ的な反倫理ではないのか、などなど。
この姿勢、大いに学ばなくてはならない。
日本の議論は「カネ(それも今のカネ)」の発言力が強すぎるんだよなあ。

原発にかぎらず。

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【読書感想文】原発維持という往生際の悪さ/山本 義隆『近代日本一五〇年』



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2019年5月7日火曜日

駅のエレベーターに乗るやつは


子どもが生まれてから、駅のエレベーターに乗るようになりました。

それまでは駅のエレベーターに乗ったことなんて、ほとんどありませんでした。
海外旅行に行くときにスーツケースを持っていたから使ったかな? という程度。つまり人生で数回しか利用したことがない。

ベビーカーを押して出かけるようになってからは、駅のエレベーターをたびたび利用します。
ベビーカーだと階段やエスカレーターで移動できないからね(たまに子ども乗せたままエスカレーターで移動してる人いるけどあぶないからやめたほうがいい)。

そして気づいたことがあります。

大きな荷物もないのに、そして身体が悪いわけでもないのに駅のエレベーターを利用するやつは頭がアレ。




ふつう使わないでしょ。

ベビーカー? 当然エレベーター使うよね。
車椅子? 当然。
でかいスーツケース持ってる? わかる。
コントラバス持ってる? わかる。
松葉杖? わかる。
高齢者? わかる。

でも、健康で、大きな荷物もなく、若い人なら、まず駅のエレベーターを使わない。

だって不便だから。
エレベーターがある駅にはまずまちがいなくエスカレーターがありますし。
駅のエレベーターはあんまり大きくないですし。

だからエスカレーターや階段を使うほうがずっと早い。

百貨店とか高層ビルならまだわかりますけどね。
10階までエスカレーターで移動するのは時間かかるから。

でも、駅なんか1階分じゃないですか。深い地下鉄でも2階分ぐらいじゃないですか。
ぜったいエスカレーターのほうが早い。
それでもエレベーターを使う人がいるんです。


いやいいんですよ。誰が使ったって。
健康で荷物が少なくて若いやつは使うな、なんてどこにも書いてませんからね。

でも「健康で荷物が少なくて若いのに駅のエレベーターを使うやつ」は、ぼくが観測したかぎりではほぼ100%社会性がない。

具体的にいうと、車椅子の人がいようが、ベビーカーを押したおかあさんがいようが、ぜったいに譲らない

「私が先に並んでたんだからとうぜん私が先よ」という顔でさっさとエレベーターに乗りこむ。
車椅子の人を押しのけるようにしてエレベーターに乗りこんでしまうやつさえいる。



あなたは、エレベーターが到着するのを待っています。荷物は鞄ひとつだけです。

待っているのは、あなた、その後ろに車椅子の人、赤ちゃんをベビーカーに乗せたお母さん。

エレベーターが到着しました。ぎりぎり全員は乗れそうにありません。
十メートル先には階段とエスカレーターがあります。

あなたはどうしますか?


そうですね。
いい大人は、車椅子とベビーカーに譲って、自分は階段かエスカレーターを利用しますよね。

べつに優しいとかじゃなくて、ふつうの感覚ですよね。
だって車椅子やベビーカーでは階段やエスカレーターを上がれないのですから。

でもね。
そういうふつうの感覚を持った人は、はじめから駅のエレベーターを利用しないんです



いやほんと譲らないんですよ、あいつら。
びっくりするぐらい。

男もいるし女もいる。二十代もいるし五十代もいる。
でもぜったいに車椅子やベビーカーより自分が優先。

こういう人が世の中にいるということをぜんぜん知りませんでした。
ベビーカーを押して出かけるようになって、はじめて知った。


わかりませんけどね。
見た目ではわからないだけで、ペースメーカーつけてるのかもしれませんけどね。難病かかえてるのかもしれませんけどね。
にしたって、エスカレーター使えよとおもっちゃうんですよ、ぼくは。

わかりませんけどね。
難病をかかえていて、かつエスカレーター恐怖症なのかもしれませんけどね。


しかしなあ。
「エレベーターでは車椅子やベビーカーを優先させる」なんてのはモラルの話だから、他人が強制するようなことじゃあないんですが。
だから、車椅子より先にさっさとエレベーターに乗りこむ人を見てもぼくは何も言わないんですが。
心の中で「クズ野郎」と毒づくだけですが。


2019年5月2日木曜日

【読書感想文】三浦 綾子『氷点』

氷点

三浦 綾子

内容(e-honより)
辻口病院長夫人・夏枝が青年医師・村井と逢い引きしている間に、3歳の娘ルリ子は殺害された。「汝の敵を愛せよ」という聖書の教えと妻への復讐心から、辻口は極秘に犯人の娘・陽子を養子に迎える。何も知らない夏枝と長男・徹に愛され、すくすくと育つ陽子。やがて、辻口の行いに気づくことになった夏枝は、激しい憎しみと苦しさから、陽子の喉に手をかけた―。愛と罪と赦しをテーマにした著者の代表作であるロングセラー。

1965年刊行、何度も映像化されている古典的作品。

病院の院長である父親、美しく優しい母親、かわいい息子と娘。
絵に描いたような幸せな家庭の運命が、ある日娘が殺害されたことで大きく転換する。
父親は殺人犯ではなく男と逢引きをしていた妻を憎み、妻への復讐のために犯人の娘を養子として引き取る……。

「原罪」という重いテーマを扱った作品(著者の三浦綾子氏はクリスチャンだそうだ)。
家族それぞれが秘密を抱えて互いに欺きながら暮らしてゆくうちに、幸せいっぱいの家族が徐々に壊れてゆく描写はスリリングで読みごたえがあった。

日本での殺人事件の半数以上が家族間の殺人だそうだ。身近で関わりが深いからこそ、愛情が憎悪にかわったときの恨みも半端ではない。
幸いぼくは親や姉や妻や子に対して殺意を抱いたことはないけど、激しい憎しみを抱いたことはある。「あのときあんなことを言われた」と二十年たっても根に持っていることもある。逆に親や姉だってぼくに対してひとかたならぬ恨みを持っているかもしれない。

今は親族と良好な関係を築いているけれど、なにかのきっかけで相手の人生をぶっこわしてやりたいと望むほどの憎悪に変わらないともかぎらない。

……そんなことを『氷点』を読みながら考えて背筋が冷たくなった。
愛情と憎悪は紙一重なのだとつくづくおもう。


家族間の深い愛情と深い憎しみを描いた『氷点』、これがほぼデビュー作だというからすごい。

まあ文章はあまりうまくないんだけど……(というか同じ段落の中で視点がころころ変わるのって第三人称小説でぜったいにやってはいけないことだろ)。

でも、「船舶事故」「失踪した看護師」といった“特に回収されないエピソード” がちょこちょこあるのは好きだ。
こういう本筋に関係あるのかないのかわからないエピソードがあると、小説にぐっと深みが与えられるね。



しかしクリスマスにプレゼントをもらうということ以外ではキリスト教とは関わりのない人生を歩んできたぼくにとっては、「原罪」なるものはよくわからない。
人は生まれながらにして罪を負っているとか、親が殺人犯だったから子どもが罪を感じるとか、とうてい理解できないんだよなあ。

「人は罪を犯しうる存在である」と言われればそのとおりだとおもう。
ぼくだって環境によっては殺人犯になっていたかもしれない。逆に、ヒトラーやポル・ポトのような悪名高い人物だって、べつの時代や場所に生まれていたら平凡な人生を歩んでいたとおもう。

でも、だからこそ「罪を犯しうる存在であるにもかかわらず、大した悪事もはたらかずに生きている」ことを肯定的に評価すべきなんじゃないかとおもうんだけど。

生まれながらにして清いものではないからこそ、まあまあ清く生きているのってすばらしいことだといえるんじゃない?


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2019年5月1日水曜日

ノーヘルと警官


大学生のときのこと。
原付で駅まで行き、駅前の駐輪場に原付を止めて電車で出かけた。
駅まで帰ってきたのは23時頃。

「あれ? ヘルメットがない」

原付の座席下のヘルメット入れに荷物を入れていたので、ヘルメットはカゴの中に入れていた。
それがなくなっている。
周りを見まわしたが見つからない。
どうやら盗まれたらしい。

「ヘルメットなんか盗むやつがいるのか。しょうもないことするやつがいるなー」

ショックではあったが、そんなに高価なものではない。
すぐに気を取り直した。どうせ古いヘルメットだ。また買えばいい。

だが問題は今のことだ。
駅から自宅までは原付で二十分。
この距離を原付を押して歩くのはたいへんだ。

「しょうがない。ノーヘルで行くか」


田舎、それも深夜なので車通りは少ない。
ほとんど車ともすれちがわない。パトカーとも出くわさない。順調だ。

だが十五分ほど走ったところで、ぼくは原付を降りた。
この先に交番がある。
さすがに交番の前をノーヘルで通るのはまずいだろうとおもい、そこからは原付を押しながら歩いた。

交番の前を通ると、中にいた警官のおっちゃんが出てきて呼びとめられた。
「なんでバイク押してんねん」

夜中に原付を押しながら歩いているのだから警官が不審におもうのも無理はない。

ぼく「〇〇駅前に原付止めてたんですけど、ヘルメット盗まれたんですよ」

警官「そっか。でも一応調べさせてもらうで」

といって盗まれたものでないかの確認をはじめた。
もちろん盗難車でないことはすぐに判明した。


警官「それで〇〇駅からずっと押してきたんか。だいぶ遠かったやろ」

ぼく「でもノーヘルで乗るわけにはいかないですからね。しゃあないですわ」

警官「まあな」

ぼく「交番でヘルメット貸してもらえないですか」

警官「残念やけど貸せるヘルメットはないなー」

ぼく「そうですか。じゃあまた押していきますわー」

警官「そっか。がんばりやー」


よしっ、なんとか交番の前をやりすごした。
ここから家までは交番もないし車通りもほとんどない。

安堵して一息ついたぼくに、警官のおっちゃんがぼそりと言った。

「にいちゃん、原付のエンジンあったかかったで」


あっ、と声が出た。

最初からばれていたのだ。
警官のおっちゃんはわかっていて、騙されたふりをしてくれていたのだ。

あわててふりかえったが、おっちゃんはニヤリと笑って何も言わずに交番に帰っていった。


ぼくは心の中でおっちゃんに礼をいって、またバイクを押して歩いた。
そして交番から見えないところまで来ると、ノーヘルで走って帰った。