もっと言ってはいけない
橘 玲
博識の人のとりとめのないおしゃべりを聞いているという感じ。
話のひとつひとつはすごくおもしろい。
でも全体として見ると少し散漫。
「いろんな本のおもしろいところを紹介するブックガイド」として読んだらすごくいい本だとおもう。
「知能は遺伝子によってある程度決まる。人種によって知能は(平均で見ると)違う」
というのが全体を通しての主張なのだが、そのあたりのことは前作『言ってはいけない』にも十分書いてあったので、『言ってはいけない』を読んだ人にとってはさして驚きはない。
まあそりゃ人種によってばらつきはあるだろうね。肌の色だって身長だってちがうんだから、知能だけが同じなはずがない。
ただ「日本人(を含む東アジア人)は知能が高い傾向にある」ってのは事実でも、「日本人はみんな優秀」は事実ではない。
でも、そこをごっちゃにしてしまう人は決して少なくない(これこそが日本人みんなが知能が高いわけではないことの証左だ)。
だから、橘さんの言っていることは間違いではないんだけど「すごく誤解を招きやすいこと」を言っている。
橘さん自身は自分の発言が誤解を招くこともわかってて言ってるんだろうけど、あえて誤解の招きやすいことを言う手法にはちょっと疑問も感じてしまう。
読解力がなくて誤解したほうが悪いんだけど、「読解力の低い人が誤解するであろうこと」を強い口調で語るのもどうなんだろう。
ガソリンを撒いておいて「悪いのは火をつけたやつでしょ。火をつけるやつがいなければ火事にはなりませんよ」と言うようなもので。
まあこの人の場合はずっとそういう露悪的な立ち位置で商売しているわけだし、それがおもしろいんだけどさ。
このへんの話はすごくおもしろかった。
ふうむ。
「人間はみんな生まれたときは同じ能力を持っている」という主張は一見平等なように見えるけど、「あなたが成功しなかったのはあなたやあなたの親に責任がある」という"完全自己責任論"にもつながりやすい。
「どんな親から生まれたかによってあなたが成功するかどうかはある程度決まっている」というのは残酷なようで、「だったら成功する確率が低い人には手厚いサポートを」という議論につながる。
身体の弱い人に対するサポートがあるように、生まれつき知能の低い人もサポートするわけだ。
「誰でもやればできるさ」は、誰にでもチャンスを認めているようで、じつはかなり残酷な主張だ。それって「できないのはやらなかったから」の裏返しなのだから。
仮にぼくが小さいときから血の出るような努力をしてきたとしても、100メートル9秒台で走れなかっただろう。
それを桐生祥秀選手に「おれは努力したおかげで9.98秒で走れた。おまえが走れなかったのは努力が足りなかったからだ」と言われたらたまったものではない。
しかし教育の場ではわりと日常的にこういう論旨がまかりとおっている。
才能の無い分野で努力するよりは、早めに見切りをつけて自分にあった道を探したほうがいい。
そして残酷なようだけど「どんな分野にも才能のない人」が存在することは認めなければならない。
「人間誰しもどこかしら優れたところはあるんだ」というきれいごとは耳あたりがいいけれど、それこそが人を苦しめる。
本筋とはあんまり関係がないけれど、「人類水生生活説」はなるほどとおもった。
そういや手塚治虫のなんかの漫画でも似たようなことが描いてあったなあ。
人間は身体的に弱いから、水辺に棲んで敵が来たときは水中に逃げるしかなかった。水中では二足歩行のほうが暮らしやすい。浮力があるし、顔を水上に出さなくてはいけない。赤ちゃんがおぼれないようにするためには手でだっこしなくてはならない。こうして手が発達して、道具を生みだせるようになり……。
これはあくまでひとつの説なので正しいかどうかはわからないけど、納得のいく説ではある。
風呂に入ると気持ちいいのも、水のなかで暮らしていたときの記憶があるからかも……。
人類が(他の哺乳類よりも)攻撃的でない理由、の仮説。
だから人類は平等な社会を築くようになったし、徒党を組むために言語や高い知能が必要になった……と続く。
自己中心的な人間や暴力的な人間は殺されたり、排斥されたりして、そうした遺伝子は淘汰された、という考え方だ。
核抑止論とか、アメリカ人が好きな「銃があるからこそ平和が保たれる」みたいな話だね。
逆説的だけど、強力な武器があるからこそ平和的にふるまわなくてはならない。
しかしこれが正しいとしても、平和的な社会というのは裏返せば暴力的な人が得をする社会だ。
周囲がみんな争いを好まず、自分だけが戦闘的であれば、反撃に遭うことなく他人の資源を奪うことができるわけだから。詐欺師にとって「みんながお人好しの世の中」が暮らしやすい世の中であるように。
だから、平和的な社会になったとしても攻撃的な人は一定数存在する。
ということで「平均的に見ると平和と平等を愛する人類」なのかもしれないけど、それは「人類はみんな平和と平等を愛する」とイコールではないんだよねえ。
さまざまな言説をものすごいスピードでどんどん紹介してくのは、刺激的でおもしろい。圧倒的な読書量、そしてわかりやすくかみくだいて説明する力。これだけのことができる人はそう多くない。
全盛期の立花隆氏のようだ。
ただ、橘さんが自分の見解や仮説を述べるあたりは、ちょっと暴走しすぎかなあと眉に唾をつけたくなることが多い。話としてはおもしろいんだけど、話半分に聞いておかないと。
おもしろすぎるので警戒が必要な本、だよなあ。
その他の読書感想文はこちら
0 件のコメント:
コメントを投稿