2019年3月12日火曜日

【読書感想文】スリルを楽しめる人 / 内田 幹樹『機長からアナウンス』

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機長からアナウンス

内田 幹樹

内容(e-honより)
旅客機機長と言えば、誰もが憧れる職業だが、華やかなスチュワーデスとは違い、彼らの素顔はほとんど明かされない。ならばと元機長の作家が、とっておきの話を披露してくれました。スチュワーデスとの気になる関係、離着陸が難しい空港、UFOに遭遇した体験、ジェットコースターに乗っても全く怖くないこと、さらに健康診断や給料の話まで―本音で語った、楽しいエピソード集。
元・全日空のパイロットによるエッセイ集。
(一応この本の中では「A社」と伏せられているけど、「A社とJALの違いは……」とか書かれていて伏せている意味がまったくない)。

内容紹介文には「旅客機機長と言えば、誰もが憧れる職業」とあるが、少なくともぼくはぜったいにやりたくない職業だ(できないだろうが)。
高いところは嫌いだし、速い乗り物は嫌いだし、車の運転も嫌いだし、睡眠時間はたっぷりほしいし、決断力はないし、責任感もないしで、なにひとつパイロットに向いている要素がないからだ。

だからこそ、こういう本を読むと自分とはまったくちがう人の考え方にふれられるわけで、おもしろい。
 着陸は離陸に比べておもしろい。
 天気の良いときも悪いときもそれなりにおもしろいのだ。たとえば風の強い日、春一番なんて最悪だ。スピード計の針は暴れ回るし、降下率も一定になりきらない。機の姿勢はあおられて定まらず、コースからはすぐに外れる。こんなときは暴れ馬に乗っている気分になる。
 ある程度暴れさせておいて、ズレそうになったら、そっち側を手綱の代わりに舵で押さえる。躊躇するような気配があったら、すかさず拍車の代わりにパワーを当てる。これが上手くいくとたまらなくおもしろい。雨や雪、霧などもそうだ。計器のほんの少しの動きも見逃さず、張り付いたように指示を追いかける。パワーもスピードも機の姿勢にも、一瞬たりとも隙を与えない。目と耳と手と尻とに全神経を集中させる。
スリルを楽しめる人がパイロットに向いてるんだろうな。ぼくなんか臆病だから「今日天気悪いんで出航やめにしませんか」とか言っちゃいそうだもん。

この本の中には「パイロットにはバイクを趣味にしている人が多い」と書いているが、そうだろうなあ。バイク乗りもこういうスリルを楽しめる人だろう。
安全第一主義のぼくにはまったく理解できない。すごいなあとただただ感心するばかり。



V1速度について。
V1速度というのは離陸時の臨界速度のことで、「これより前ならば離陸は中止できるが、これを超えると飛び上がるしかないという、いわゆる離陸直前の決心をしなければならない速度」のことらしい。
 V1速度は天気が悪いときとか、風向きが悪いとか、雪で滑走路が滑りやすいとか、そうした悪条件の場合には路面の摩擦係数を測定し、それに基づいて計算されている。実際のケースで、ほんとうにブレーキの摩擦計算が理論通りになるかというと、これが一○○パーセントとは誰にも言えない。そこは経験を積むことによって、さまざまなケースを頭に入れて操縦する。
 臨界速度直前でトラブルが発生した場合、そのあたりの判断がいちばん難しい。エンジン関係のトラブルなら離陸を中止するが、ブレーキ関係のトラブルなら離陸を続行するという具合だ。なにしろ時速二五〇から二六○キロ前後の速度で前を見ながら計器を見て、一秒の何分の一かで認して、判断して操作するのだから。パイロットは離陸滑走中、スロットル(出力レバー)に手を添えている。これはパワーを出すためではなく、不具合が発生した場合にいつでもパワーを絞ることができるようにするためなのだ。V1を超えて、はじめて絞る必要のなくなったレバーから手を離すことができる。
ひゃあ。
こんなの、ぼくにはぜったいむりだ。
車を運転していても「えっ、今のところ右折だったのか、えっ、まずい、どうしよう、まだいけるか、もうむりか、あっ、あっ」みたいな感じで不本意な直進をしてしまうのに。

しかしブレーキにトラブルが起こっていても離陸しちゃうのかあ。おっそろしいなあ。一度スピードに乗ってしまったらもう飛び立つしかないんだもんなあ。
「エンジンが一発壊れたぐらいでは、離陸してしまったほうが問題がない」とも書いていて、理屈としてはそうなのかもしれないけど、こういうのを読むとますます飛行機に乗りたくなくなる。
今度飛行機に乗るときは「この飛行機、もしかしたらブレーキやエンジンが壊れてるのかかもしれないんだよなあ」と考えてしまいそうだ……。
知らなきゃよかった。



コーパイ(=コーパイロット。副操縦士)の運転の話。
 当然のことだが最終的な決断と権限はつねに機長が持っている。
 実際の飛ばし方自体は、ちゃんと訓練をしているわけだから、コーパイが飛ばしてもキャプテンが飛ばしても、それほどの差にはならない。むしろ、若くてやる気じゅうぶんのコーパイのほうが、キャブテンより部分的にはうまいなどということもある。
 ただ、これはあくまでも技量だけの問題であって、総合的な判断能力のことではない。その意味でいうと、考え方によっては天気が悪い日はコーパイにやらせたほうが安全だということがある。
 というのは、キャプテンは自分が操縦していると、操縦自体に神経を集中させてしまうから、逆に、それ以外の状況の見定めが甘くなる可能性があるからだ。たとえばある種の自信から「俺はまだ大丈夫、まだ大丈夫」と、逆にどんどん気持ちが入っていく。管制からの情報と自分がイメージする情報が違っていても、「もう少し先に行けば元に戻るだろう」「自分ならばできるだろう」という意識が出る。実際、その読みが当たることは多いが、そうならなかった場合は危険に近づくことになりかねない。
 コーパイが操縦していた場合、キャプテンとしてはその操縦を見ていればいいわけで、他のことに気を配る余裕が出てくる。しかも危ないと思ったらすぐにやり直しを要求できるし、コーパイは機長のオーダーに間髪を入れず従ってくれる。

もちろん飛行機の運転のことはよくわからないけど、「コーパイにやらせたほうが安全」というのはよくわかる。

ぼくは、仕事をする上で「これは誰かに任せるより自分でやったほうが早いわ」と考えて、自分でやってしまうことが多かった。
でも最近では、積極的に若い人に仕事を振っている。
そして気づいたのは、自分でやらないほうが格段に視野が広がるということ。

自分でやったことだと「せっかくここまでやったのだから」とか「成果が悪くなってきたけどなんとか持ちなおしてくれるはず!」とか、判断に"もったいない"や"願望"といった感情が入ってしまう。時間をかけてやったことほど特に。
どうでもいいことなら、そういう"お気持ち"も大事にしないといけないんだけど、成果がシビアに数字で見える仕事であれば早めに冷静な判断を下さなければならない。

だから「実行する人」と「チェックする人」はべつにしておいたほうがいい。
経験の浅い人に仕事をやらせるってのは、経験を積ませるだけじゃなく、冷静な判断をするためにも重要だね。



こういう「ちょっとめずらしい職業についている人が語る」業界ものエッセイって、たいてい下世話な暴露話が多いんだけど、『機長からアナウンス』は終始落ちついた語り口で、品がある。

ほんとに機長のアナウンス、という感じでその上品さがかえって新鮮だった。

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