こないだ娘の友だちの家におじゃましたとき。
さあそろそろお片づけしようかということになったが子どもたちがいっこうに片づけをしないので
「よっしゃ、じゃあおっちゃんがお片づけしようっと!
ほらおっちゃん五個も積み木片づけた! おっちゃんがいちばん片づけ上手やな!」
とやってみせた。
すると、それまで遊んでいた子どもたちが「十個片づけた!」とか「ほらこんなにきれいに片づけたよ!」と口々に言いながら競うようにおもちゃを片付けはじめた。
その様子を見ていたおかあさんから「子どもをノせるのがうまいですね」と言われた。
うむ。
自慢になるが、自分でもうまいと思う。
それはひとえに、自分自身がめんどくさがりやで、おまけに親や教師の言うことをちっとも聞かずに育ったからだ。
自分が言いつけを守らない子だったから、やるべきことをやらない子どもの心理がよくわかる。
子どもに何かをさせたいと思ったら、「〇〇やってね」と素直に命じても無駄だ。
まあうまくいかない。
行動させるためには、禁じるか、競争させるか、負い目を感じさせるかだ。
禁じるのはシンプルながら案外うまくいく。
「お風呂に入らない!」と言ってる子に、
「あっそう。じゃあ入らなくていいよ。ぜったいにお風呂に入っちゃだめだからね!」
と言うと、子どもは「いやだ! 入る!」と泣きながらあっさり主張をひっくりかえす。
「かかったな」と内心ニヤリとするが、ここであわてて「よしじゃあ入ろう」と捕まえにいってはいけない。まずはゆっくりリールを巻いて相手がこちらに近づいてくるのを待つ。
「だめだめ。おとうちゃんがひとりでお風呂に入るんだから。やったー! ひとりでお風呂だー!」
と言いながら風呂に向かって走る。
そうすると子どもは「いやだ! お風呂入る!」と言いながら風呂に向かって駆けだす。
こうなればもうあとは「しょうがないなあ。じゃあ一緒に入ってもいいよ」と、「こっちが折れてやった」感を出す。
子どもが駄々をこねる場合はたいてい、明確な目的があるわけでなく、ただ「自分の要求を呑ませたい」ためだ。
そんなときには、
「風呂に入らせたい親 VS 風呂に入りたくない子」
↓
「風呂に入らせたくない親 VS 風呂に入りたい子」
人は禁止されるとやりたくなる。これを心理学用語でナントカ効果という。忘れた。
競争させるのは説明不要だろう。
最初に挙げた、「お片づけ競争」のようなものだ。
「どっちが上手かな?」とか「おっちゃんがいちばん上手やで」と対抗意識を煽ることで、「やりたくないこと」をゲームにする方法だ。
小学生のとき、掃除は嫌いだったが「雑巾がけ競走」は楽しんでやっていた。
「マラソンで走った距離を教室の後ろに貼りだします」と先生が言いだしたときは、みんな競いあって走っていた。
誰しも負けるのは嫌なものだ。競争は手段のはずだが、多くの場合それ自体が目的化する。
負い目を感じさせるというのは、子どもの良心に訴えかける方法だ。
「片づけをしない」とか「ものを独り占め」とかやってる子どもは、それが良くないことだとわかっている。
悪いとは知っているが、意地になって後に引けなくなっているのだ。
既に悪いことだと自分でわかっているのだから、そんな子に対して
「片づけをしなきゃだめだよ」とか「みんなで仲良く使おうね」とか言っても意味がない。ますます意固地になるだけだ。
そんなときは「そうか。片づけてくれないのか。しょうがない。他の子だけでやるか」とか「〇〇ちゃんがひとり占めしてるからしょうがないよ。他の子らでべつの遊びしよう」とか言ってその場を離れる。
わがままを言っている子は、自分でも悪いことをしているとわかっているのだから胸が痛む。結果的に折れてくれることが多い。
要は、「言われて動いた」のではなく「自分の意志で動いた」と思わせることだ。
誰かに注意されたから改めるのは子どもでもプライドが許さないのだ。
三つのやりかたに共通しているのは「まず行動させる」ということだ。
教える前に行動させないといけない。
わがままを言っている最中の子どもに対して「〇〇しなさい」とか「〇〇したらだめでしょ」とか言う大人がいるが、そんな説教に子どもは耳を貸さない。
子どもだけじゃない。大人も同じだ。政治家のおじいちゃんも同じ。まちがったことをしている人に「あなたのやりかたはまちがっている」と言ったって反発されるだけだ。
やっていることを否定されたら自分自身を否定されたように感じる。当然ながら反発する。
だからあれこれ言う前に行動させる。
折れてやったふりをしたり、甘やかしたり、なだめたりすかしたり、脅したり、言うことを聞く薬を使ったり(こえー)、なんでもいいからとにかく行動させる。まずは風呂に入らせる。片づけをさせる。
その後で「ほら。早くお風呂に入ったらその後で遊べるでしょ」とか「片づけをしたらものがなくならないからいいよね」と言う。すると子どもはうなずいてくれる。
片づけをしていないときに「片づけしたほうがいいよね」と言われたら、"片づけをしない自分" が否定されることになる。
片づけをした後に「片づけしたほうがいいよね」と言われたら "片づけをした自分" が肯定されることになる。
言うことは同じでも、やる前に言うのとやった後に言うのでは反応はまったくちがう。
行動を否定するのではなく肯定するように持っていく。できていないことを叱るのではなく、できたことを褒める。
ってのが、子どもと接しているうちにぼくが探しあてた方法。
「禁じる」「競争させる」「負い目を感じさせる」でじっさいうまくいくことが多いし、何より怒らなくていいので自分の精神上もいい。
ちなみにえらそうなことを書いたが、自分の娘やその友だち、姪、甥などの観測範囲の話なので、万人にうまくいくかどうかは知らない。
またぼくは教育の研究者じゃないので、ぼくのやりかたが長期的な発達にどんな影響を与えるかは知らない。どうせ誰にもわからないだろうけど。
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