万引き依存症
斉藤 章佳
万引き依存症クリニックのスタッフとして依存症治療プログラムに携わっている著者による、万引き依存症の解説。
万引き依存症は病気なので刑罰より治療が必要だ、どんな人が万引き依存症になりやすいか、万引き依存症になるには家庭に問題があることが多いのでそっちを解決しないといけない……など。
こんなことを主張する人間は、どう考えたってまともとはおもえない。たしかに治療が必要だとおもう。
ぼく自身は身近に万引き依存症の人がいないこともあって(知らないだけかもしれないが)「万引きをするやつなんてクズ」としかおもっていなかったが、この本を読んで万引き依存症への理解が深まった。
なるほどねえ、病気だから自分の意志だけじゃあどうにもならんもんなんだねえ……。
とおもいつつも、ぼくは言いたい。
「ふざけんな」
この本を読んだ後でも、「万引きをするやつなんてクズ」という気持ちに変わりはない。
この本には、万引き依存症はアルコール依存症やギャンブル依存症と同じ治療が必要な病気だと書かれている。
だがそこを一緒にしていいのか?
アルコールや公営ギャンブルはそれ自体が違法ではないので、ほどほどの距離をとってつきあう分には何の問題もない。
けれど万引きは規模の大小にかかわらず犯罪だ。しかも直接の被害者がいる。
アルコール依存症やギャンブル依存症の人には同情できる面もあるが、万引き依存症や痴漢依存症の人にはまったく同情できない(ちなみにこの著者は『男が痴漢になる理由』という本も書いている。未読)。
著者は万引き依存症の人に同情的だ。
支援プログラムをする立場からしたら当然かもしれない。
が、そのスタンスにどうも納得がいかない。
著者にも「たかが万引き」という意識があるんじゃないのか?
世の中にはストレスが溜まると通り魔をする人間がいる。見ず知らずの人をナイフで刺し、ときには命を奪う。
レイプ依存症としか言いようのない人間もいる。
そういう人間にも「通り魔依存症は病気なので刑罰より治療が必要だ」「レイプ依存症になるには家庭に問題があることが多いのでまずそっちを解決しないといけない」と言えるか?
通り魔に家族を殺された人がそんなたわごとを聞いたら、ふざけんなと激怒するだろう。
万引き依存症も同じだ。
著者の主張を聞いていると、まるで「彼らもある意味被害者なのです」と擁護しているようにおもえてしまう(そうは書いてないけどね。でもそう言われているようにおもえる)。
万引き依存症の人間は100%加害者だ。もう一度いう、100%加害者だ。
万引き依存症になる背景には、たしかに家族トラブルやストレスなどの他の原因があるのかもしれない。
だからといって罪が軽減されるわけではない。「手厚いサポート」をするとしてもそれはちゃんと刑を受けて罪を償った後の話だ。
「夫が横暴なので夫を刺してしまいました」ならまだ情状酌量の余地もあるかもしれないが「夫が横暴なので近所のスーパーで万引きしました」は、まともに取り合う理屈ではない(たとえ本人が本気でそう思いこんでいたとしても)。
「万引き依存症を放っておくと社会的コストが増すので治療させましょう」という主張には大いに納得できるけど、
「万引き依存症の人たちもまたさまざまな事情で苦しんでいるんです」には「知らんがな」としかおもわない。
被害店舗のことを考えたら「家庭に事情があるから」なんて弁護はとても口に出せないだろうに。
結局、万引きをくりかえす人間も、その治療をサポートする人にも「たかが万引きぐらい」という意識があるのだろう。
だから万引きは病気だから止められないと言いつつ、警察署に強盗に入ったりはしない。
ちゃんと「ここならバレない」「たかが万引き」「もし捕まっても万引きだったら刑罰も軽い」という計算がはたらいているのだ。
極端な話だけど、「万引き依存症だからどんなにやめようとおもっててもやっちゃうんです」と言っている人だって「盗みをはたらいたものは問答無用で腕を切り落とす刑に処す」だったらやらないとおもうんだよね。
刑罰が軽ければ病気だからやめられない、でも刑罰が重ければやらない。ずいぶん都合のよい病気でございますねえ、と嫌味のひとつも言いたくなる。
万引き依存症を止めるには、罪の厳罰化、万引きの通報コストを減らすことなどがいちばんだとおもう。
この本の巻末には、著者と万引きGメンの伊東ゆう氏との対談が掲載されている。正直いって、本文よりもこの対談のほうがよほど納得できた。
伊東ゆう氏は、万引きは加害側と被害側のバランスのとれていない犯罪だと語っている。
よほどの常習でないかぎりは起訴されない、精神病や認知症など他の症状があるとなおさら、起訴されても微罪、万引きを発見して捕まえるにもコストがかかる、捕まえて警察に通報すると現場検証などに数時間とられる。
これでは、数百円ぐらいのものを万引きされたぐらいだと「捕まえるより盗まれるほうがマシ」ということになってしまう。
しかし一件あたりの被害額は大きくなくても、積み重なれば大きな額になる。万引きが原因で倒産する店舗もある。万引き対策に費やすコストもばかにならない。
ぼくは書店で働いていたので、万引き対策のむずかしさはよく知っている。
毎日のように盗まれる。防ごうとおもえば人を増やすしかないが、そうすると人件費のほうが高くつく。
店側の負担をゼロに近づけた上で万引き犯をしょっぴけるようになるといいとつくづくおもう。
万引き依存症の人の気持ちに寄りそうサポートよりも「万引きが見つかったら盗んだものに関わらず50万円を店舗に払わせる法律」のほうが、万引きを減らすにはずっと有効だろう。
まあ万引きが減っても、万引きをくりかえしていたやつらは他の犯罪に向かうだけなんだろうけど。
ぼくがここに書いたようなことは、専門家である著者は当然わかっていることだろう。
「万引き犯は身勝手な犯罪者で、万引きされた人のほうが百倍気の毒」
そんなことは百も承知だろう。
自明なことだからわざわざ書かなかったのかもしれないけど、被害店舗の視点がほとんどないことにはやっぱり疑問を感じる。
加害者側の立場に立つことも必要だ、と主張しすぎているがために「めちゃくちゃ加害者寄りの本だな」とおもえてしまう。
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罰金という仕組みは 面白いと思いますが、 同時に 治療にもつなげないと 依存症の人は 万引きをやめない可能性が高いと思います
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