2018年6月4日月曜日

打ちどころが良かった

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高校時代の友人たちと服部緑地公園でバーベキューをした。
おっさんになると集まるのも家族単位だ。
五歳、五歳、四歳、三歳、三歳、一歳、六ヶ月の子どもたちが集まった。

服部緑地公園には巨大遊具がたくさんある。
子どもたちをさんざん遊ばせて、そろそろ帰ろうかという段になって誰かが言った。
「あれ、ひとり足りない」
子どもが六人しかいない。一歳八ヶ月の男の子がいない。

ぞっとした。
公園はとても広い。甲子園球三十三個分もあるそうだ(関西の人間は東京ドームではなく甲子園球場を広さの単位として使う)。
公園には段差もある。池もある。柵はしてあるが一歳児だからちょっとした隙間から出ていかないともかぎらない。
大人たちが必死で走りまわって探した。

幸い、一歳児は三分ほどで見つかった。
百メートルほど離れたすべり台まで歩いていったらしい。もしものことがあったらと思うと肝を冷やした。

三歳以上になると勝手にあちこち走りまわるので、絶えず大人がつくようにしていた。
一歳児は遠くに行かないだろうと思って誰も気に留めていなかった。その一瞬の隙をついて行方をくらましたのだ。その場にいた全員が油断していた。



子育てをしてわかったのは「子どもが怪我したり死んだりしないのは運がいいだけ」ということだ。
やつらは一瞬の隙をついて怪我をする。

娘が二歳のとき、すべり台から転落した。
ついさっきまですべり台の上に座っていたのに、たった二秒目を離した間に後ろにひっくりかえって階段を転げ落ちたのだ。
けっこう高いすべり台で高さは二メートルぐらい。真っ青になった。

近くにいたおっさんがやってきて「今見てたけどすごい落ちたで。えらいこっちゃ」と何の役にも立たない上に不安だけあおる言葉をかけてきた。うるせえ。たいへんなのはわかっとるわ。
娘はびっくりして大泣きしているが、痛がっている様子はない。また意識もはっきりしている。
どうしよう、救急車を呼んだほうがいいだろうか、しかし見たところなんともなさそうだし。
とりあえず妻に電話をして状況を説明した。「救急を呼ぶかどうか迷ったら7119に電話しろって言われたよ」と的確なアドバイスをもらった。
ケガや病気で迷ったときに相談に乗ってくれる救急安心センターというところそうだ。
電話をしたところ「泣いているなら様子を見ていても大丈夫です。ずっと泣きやまなかったり吐いたりしたらすぐに救急車を呼んでください」と言われた。
不安は残ったが、少なくとも見知らぬおっさんの「えらいこっちゃ」よりは安心させてくれた。
幸い打ちどころがよかったらしく、娘はかすり傷ひとつ負っていなかった。後に残る怪我をしていたら一生後悔していただろう。心の底から安堵した。


高いすべり台にひとりで上っているときに目を離したぼくの不注意が原因だが、言い訳をさせてもらうとそれまで何十回も上っていたが一度も落ちたことがなかった。たまたま二秒だけ目を離したすきにバランスをくずして転げ落ちたのだ。

娘ひとりと遊んでいるときでもこんなことが起こる。まして複数の子どもを見ていたら、一秒たりとも目を離すなというのは無理な相談だ。

子どもを無事に育てあげるって、「たまたま打ちどころがよかっただけ」の積み重ねだね。


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