『人口減少社会の未来学』
内田 樹 池田 清彦 井上 智洋 小田嶋 隆
姜 尚中 隈 研吾 高橋 博之 平川 克美
平田 オリザ ブレイディ みかこ 藻谷 浩介
内田樹氏の呼びかけに応じて、幅広いジャンルの人たちが人口減少社会について論じた本。
人類の歴史、経済、建築、地方文化、イギリス、農業などさまざまな分野の専門家たちが各々の立場から語っている。
当然ながら「人口減少社会に向けてこうするのがいい!」なんて正解は出ないけれど(出たら大事件だ)、考えるヒントは与えてくれる。
大規模な移民の受け入れでもしないかぎりは今後も日本の人口が減るのはまちがいないわけで(これから一組のカップルが五、六人ずつ子どもを産んだら増えるらしいけど)その時代に生きるつもりでいるぼくも、いろんな知見に触れておきたい。
こういう本を読んだからって人口減少はストップできないけど(保健体育の教科書に書いてあったところによるとセックスってものをしないと子どもはできないらしい)、どう生きるかということにあらかじめ見当をつけておくのは大事だね。
ぼくも高橋博之氏の文章『都市と地方をかきまぜ、「関係人口」を創出する』を読んで、地方農業のために何かしようという気になり、とりあえず野菜を取り寄せてみた。まずはそこから。
目次は以下の通り。
立場も議論の方向性もばらばらで、だからこそ人口減少社会に対する知見が深まる。
小説だといろんな作家があるテーマについて書いた短編を集めたアンソロジーがよく出ているけど、ノンフィクションや評論だと少ない。科学や社会学の分野でもアンソロジー本がもっと出たらいいのにな。
ひとつのことについて考えようと思ったら、立場の異なる人の意見を読むのがいちばんいいからね。
内田樹氏の項より。
これはつくづくそう思う。新聞やテレビを観ていても、「悪い未来を語るな」という同調圧力のようなものを感じる。
楽観的であることと悪い状況から目をそらすことは違う。みんなもっと悪い未来を語ろう。
東日本大震災の少し後、漫画『美味しんぼ』で福島県内で原発事故の影響による健康被害が出ているという話が描かれた。たちまち「風評被害を煽るな!」と炎上していた。
だがぼくは「いいじゃないか」と思っていた。警鐘を鳴らすのは悪いことではない。根も葉もないデマはだめだが、「もしかすると危険かもしれない」という警告を発することは重要だ。
「だからよくわからないけど福島県に行くのはやめよう」となるのは良くないかもしれないが、「だからしっかりとした調査をしよう」という発想に達するのであれば、警鐘を鳴らすことは無意味ではない。たとえ結果的にその警告が誤りだったとしても。
レイチェル・カーソンが『沈黙の春』で環境破壊に対して警鐘を鳴らしたときも多くの批判があったという。「確かな根拠もないのに産業活動を邪魔するな」と。だが彼女が『沈黙の春』を書いていなければ、地球の状況は今よりずっと悪かっただろう。
ビジネスなら「わかんないけど大丈夫」で突っ走ってもいいが、健康や教育など取返しのつかないことに関しては「わかんないから様子見しよう」でいたほうがいい。
オリンピックが失敗した場合はどうやって挽回しようとか、再びリーマンショック級の不況が襲ったときはどうなるとか、そんな「アンハッピーな未来」についてももっと語ろう。
そうじゃないと年金制度のように「誰もがもうだめだとわかっているのに誰も手をつけない」状態になる。
年金制度は三分の一まで浸水した船だ。しかも大きな穴が開いている。ここから船が持ちなおすことはない。冷静に考えれば、問題はいつ脱出するか、脱出した後にどの船に移るかだけなのだが、誰もその話をしない。
きっと誰も責任をとらないまま、ゆっくりと沈没してゆくのだろう。年金制度は日本の未来の縮図かもしれない。
井上智洋氏の章。
この本を読んでいるうちに気づいたんだけど、じつは人口現象自体が問題なのではなく、日本がいまだに「人口が増加することに依存したシステムに依拠している」ことのほうが問題なんじゃないだろうか。
どう考えたってAIは今後伸びる分野なのに、いまだに国を挙げて自動車とか銀行とか時代遅れになった業界を必死に保護している。イギリスやフランスは「2040年までにガソリン車の走行を禁止する」という指示を出しているのに、日本は今ある技術を守ろうとしている。どちらが将来の繁栄につながるか明らかなのに。
衰退してゆく産業を守っているうちに、日本全体が「かつて炭鉱で栄えた町」になってゆくんじゃないだろうか。
小田嶋隆氏の章でも書かれているが、「日本の人口が減る! たいへんだ!」と騒いでいるけど、よくよく考えたらぼくらの日常生活においては人口減少のメリットのほうが多そうだ。
通勤は楽になるし、働き手が不足すれば労働者の権利は強くなるし、土地も家も安くなる。
百年前と同じ人口に戻って、でも科学は発達しているので昔より少ない労働で大きなアウトプットが生まれる。多くの財を少ない人で分け与えることになるんだから、むしろハッピーなことのほうが多いんじゃない?
じゃあ誰が「人口が減る! 困る!」と思っているかというと、たくさん雇って使い捨てにするビジネスをやっている経営者が困る。石炭から石油にシフトしたときに炭鉱の所有者が困ったように。
時代の変化にあわせて切り替えられなかった人たちが困っていても「あらあらお気の毒やなぁ。考えが古いとたいへんどすなぁ」としか言いようがない。
福岡 伸一『生物と無生物のあいだ』に「動的平衡」というキーワードが出てくる。
生物はずっと同じ細胞を保有しているわけではなく、発生、回復、代償、廃棄などの行為を頻繁におこなうことで平衡状態を保っている、ということを指す言葉だ。
人間ももちろん動的平衡状態にあるし、「日本人」という大きなくくりで見たときにもやはり動的平衡は保たれている。生まれたり、死んだり、出ていったリ、入ってきたりして、全体として見るとそれなりの調和が保たれている。
そう考えると、人口が減るのは決して異常なことではなく、むしろ増えつづけていた今までのほうが異常だったのだと思う。一個体でいうなれば体重が増えつづけていたようなものだ。
人口減少はむしろ正常な揺さぶりのひとつなのだ。体重が増えた後に走ってダイエットをするようなもので、当然その最中には苦しみをともなうけど決して悪いことではない。
今までのやりかたが通用しなくなったら(もうなっているが)政治家や経営者は困るだろうが、そんなことはぼくらが気にすることじゃない。それを考えるために政治家や経営者は高い給与もらってるんだから。
「たいへん! 少子化をなんとかしなきゃ!」という声に踊らされることはない。産みたきゃ産めばいいし、産みたくないなら産まなくていい。
案外、ぼくらは「人口が減ったら夏も涼しそうでよろしおすなあ」とのんびりお茶をすすっていればいいのかもしれない。
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