2018年6月16日土曜日

あえて言おう、人がごみのようだと

このエントリーをはてなブックマークに追加

「見ろ! 人がごみのようだ!」

 アニメ映画『天空の城ラピュタ』に出てくるムスカ大佐の有名な台詞である。
 空から落ちていく乗組員たちを表現している。

 この言葉から受けるムスカ大佐の印象はどうだろう。「残忍」「傲慢」といったところだろうか。「本性があらわれた」と思う人も多いかもしれない。
 だが、ぼくはそうは思わない。むしろ、この台詞は「ムスカ大佐らしくない」という印象すら受ける。

 ムスカ大佐は主人公たちと対立する存在ではあるが、その立ち居振る舞いは気品にあふれている。王家の末裔であるという自覚を持ち、少女に対しては手荒な真似はせず、教養とそれに基づく自信に満ちあふれている。
 そのような人物が、「人がごみのようだ」とわざわざ口に出して言った意味とはなんだろうか。もはや助かる道の残されていない人間を貶めても何のメリットもない。そんなことは、計算高いムスカ大佐であれば百も承知だろう。むやみに人民の敵愾心を煽ることを、王家の末裔という自覚を持った人間がするとは思えない。

 彼の「人がごみのようだ」は、まちがいなく自分に言い聞かせた言葉だったのだ。
 人はあまりに残酷な場面に遭遇したとき、現実から目を背ける。今日も遠い外国で幼い子が腹をすかせて泣き叫んでいる。だがいつも彼らのことを想像をして同情していては自分の神経が持たない。だから人は目を背け、耳をふさぎ、残酷なシーンを想像の外へと追いだす。
 戦争中、爆撃をおこなうパイロットはゲームのような感覚で住居の上に爆弾を落とすという。パイロットが残酷だからではない。その逆で、住宅一戸一戸の中で生活している命のことを想像していては己の神経がもたないから、ゲーム感覚で上官の命令に従うのだ。

 ムスカ大佐も、ごみのようとでも言わなければ目の前に繰り広げらる残酷な現実に耐えきれなかったのだろう。「人がごみのようだ」発言は、彼が人間に対する深い愛情を捨てきれないことの表れだとぼくは思う。


 死んでゆく兵士たちそれぞれに人生や生活や家族があることを想像してたらやりきれない。
 そのつらさが「人がごみのようだ」には表れているように思える。


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿