2018年6月26日火曜日

【読書感想文】小森 健太朗『大相撲殺人事件』

このエントリーをはてなブックマークに追加

『大相撲殺人事件』

小森 健太朗

内容(e-honより)
ひょんなことから相撲部屋に入門したアメリカの青年マークは、将来有望な力士としてデビュー。しかし、彼を待っていたのは角界に吹き荒れる殺戮の嵐だった!立合いの瞬間、爆死する力士、頭のない前頭、密室状態の土俵で殺された行司…本格ミステリと相撲、その伝統と格式が奇跡的に融合した伝説の奇書。

クレイジーすぎる内容紹介文で一躍Twitterなどで有名になった『大相撲殺人事件』。
相撲×ミステリというテーマの短篇集だ。

読んでみたら、紹介文に負けず劣らず本編もイカれていた。
新入幕力士の対戦相手が次々に殺されていく。撲殺、鉄骨を落とされる、絞殺、刺殺、溺死、毒殺、射殺、焼死、感電死、スズメバチに刺される、凍死、墜落死、一酸化炭素中毒死、轢き逃げ……と、なんと十四日連続で対戦相手が死んでいく。
はっはっは。こんなことが続いたら三日目ぐらいで相手が逃げるとか、興行が中止になるはずとか、警察無能すぎるとか、そういうツッコミは野暮というものだ。
十四人連続対戦相手が死んでいる力士のほうも「不戦勝で十四連勝になってラッキー」と喜んでいる。グレート。登場人物みんな頭おかしい。
このばかばかしさを笑い飛ばせないまじめな人は読まないほうがいいね。

「大相撲の世界も災難続きよねぇ」大関・貴鳳凰の遺体が発見されたことを報じる新聞記事を読みながら聡子が言った。「こないだの十四力士殺害事件に続いて、また三人も殺されて。一年前に幕内にいた力士も、この一年で四十パーセントくらいいなくなっちゃったわねぇ」

どんだけ死ぬねん。「災難続き」で済む話か。
ちなみにこれは中盤に出てくる台詞で、もちろんこの後もばったばったと力士たちが死んでいく。
マフィア組織でもこんなに死なないだろ。角界に吹き荒れる殺戮の嵐を書くことで、現実の相撲界の閉鎖性、異常性を痛切に風刺している……ってそんなわけないか。
こんなけ死んでたら、礼儀のなってない力士をビール瓶で殴ったぐらいじゃ問題にすらならないだろうね。日馬富士もこの世界の大相撲をやってたらよかったのに。殺される可能性のほうが高いかもしれんけど。



中でもいちばん発想がぶっ飛んでいたのが、『最強力士アゾート』。

「おそらく今度の殺人事件の犯人は、大相撲界の革命をもくろむ、頭のイカれた科学者か誰かでしょう。彼はおそらく人造人間の製造に命を賭けている。そしてまた彼は相撲の大ファンでもあった……。そんな彼が抱いた夢が、最強の相撲力士の人造人間を誕生させることです。そのためには、霧乃鷹の右腕、籠石橋の左腕、貴鳳凰の右足が必要だった。あと角界最強の左足、胴体、頭部が揃えば、最強力士の人造人間をつくるのに必要なパーツは揃います。それで彼は念願の、最強力士の人造人間を出現させることができる。競馬でいえば、シンボリルドルフとミスターシービーとハイセイコーといった歴代の名馬たちのすべての長所を兼ね備えた、最高の競走馬を生み出そうとするようなものです」
「それでその科学者は、力士の身体の部位を集めて何をしようとしているんだ?」
「もちろん、その力士を相撲界にデビューさせて、最強の横綱に仕立てあげ、この相撲界をその配下におさめることをもくろんでいるんでしょう。百年間、他の力士たちが束になって挑戦し続けても決して勝てない人造人間の最強力士を、この角界に出現させようとしているに違いありません……。何らかの策を早急に講じなければ、間もなく角界は、この最強人造力士の前にひれ伏すことになるでしょう……」

力士たちが次々に殺され、それぞれ最強を誇っていた身体のパーツが持ち去られる……というとんでもない事件。ブラックユーモアが過ぎる。
ネタバレになるけど、犯行動機もほぼこの推理通り。



ただのトンデモ本かとおもいきや、意外にもまじめに相撲ミステリを書いている。設定はむちゃくちゃだけど姿勢はまじめだ。
「髷」「取組表」「女人禁制」「大柄な男には通れない通路」など、大相撲ならではのトリックや犯行動機をからめていて、「大相撲殺人事件」の名にふさわしく、大相撲×ミステリというテーマに対してがっぷり四つに取り組んでいる。
どのトリックもミステリとしてはあまりスマートでないけど、相撲だからスマートでないのはしかたない。

世紀の奇書と呼ぶにふさわしいこの本、どんなイカれた人が書いたのかと思ったら、作者の小森健太朗氏は史上最年少の16歳で江戸川乱歩賞の最終候補に残り、東大進学後に教育学の博士号を取り、現在は大学で准教授を務めるという、とんでもなく輝かしい経歴の持ち主だった。いったい何があったんだ、それとも頭が良すぎるからこそこんな方向に走ってしまうのか。

ミステリ小説の研究者でもあるらしく、そういえば土俵上は女性の立ち入りが禁じられているから土俵上は女性にとって密室だという『女人禁制の密室』、力士たちが謎の洋館に閉じこめられる『黒相撲館の殺人』など、本格ミステリのパロディも随所に見られる。

とにかく、相撲とミステリへの愛情が存分にあふれていることだけはわかった。だいぶ歪な愛情だけど。
このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿