2018年3月20日火曜日
声の網
学生のとき、片思いをしている女の子と電話で話をした。たあいのない会話だったと思う。
通話を終えると、携帯電話に「音声メモ」というメッセージが表示されていることに気づいた。
どうやら通話中にどこかのボタンを押して、会話を録音してしまったらしい。
聞いてみると、好きな女の子のかわいらしい声と、ぼくのデレデレだらしない声が録音されていた。
なんという僥倖。好きな女の子の声をいつでも好きなときに聴けるのだ。
ぼくは音声メモを「保護」に切り替え、何度も彼女の声を聴いた。
好きな人の写真を何度も眺めたことは誰にでもあるだろう(あるよね?)。あれの音声版だと思っていただければ、キモさも多少はやわらぐことでしょう。
何かの本を読んでいると、電話の仕組みについてかんたんな説明が載っていた。
なんでも、電話というのは音をそのまま伝えるものではなく、Aが発した音声を記録してB側の電話機に伝え、B側の電話機で「それによく似た音」を再構築するのだそうだ。
と、いうことは。
ぼくが夜な夜な聴いていた好きな女の子の声は「電話機がつくりあげた、好きな子の声によく似た音」だったということになる。
それを知った上で音声メモを聴いてみると、肉声とはなんとなく違うような気がする。「違うものだ」と思いこんで聴いているからそう聞こえるのかもしれないが。
あんなにくりかえし聴いた音声メモが、途端にくすんだ色を帯びたように思えた。同時に、彼女に抱いていた気持ちも急速に醒めてしまった。
星新一の作品に『声の網』という小説がある。ショートショートの神様・星新一にはめずらしい、長篇(というか連作短篇)小説だ。
電話によるネットワークがはりめぐらされた社会を描いた、まるで今のインターネット時代の到来を予見したかのような話だ。インターネットどころかパソコンすらなかった1970年に発表された小説だというのがすごい。拡張した電話回線を「網(=ネット)」と表現したことにまた恐れ入る。
[声]は人びとに便利な生活を提供するが、やがて気づく。人間を操ることなど、かんたんにできるということに。
[声]は音声を合成して人間に電話をかけてみる。人間の個人情報、性格の情報を集め、プライバシーの暴露をちらつかせて人間に脅しをかける。
今や人びとは[声]に完全に支配されているが、支配されていることにすら気づかずに快適な生活を送っている……という話だ。
人工音声を聴きながら恋心を募らせていたぼくは、[声]に操られているような気がして背中がかゆくなった。
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