「三田村。交代だ」
「監督! 大丈夫です、まだ投げられます!」
「いいや、おまえの腕はもう限界だ。監督命令だ。マウンドを譲れ」
「お願いします、投げさせてください!」
「おまえが誰よりも努力してきたことは、おれがいちばんよく知っている。だが、おまえの野球人生はここで終わりじゃない。おまえにはプロでも活躍できる素質がある。だから、この試合は諦めろ」
「そんな! お願いです、たとえ、この腕がもげてもかまいません! この試合、いや、せめて次のバッターだけは投げさせてください!」
「おまえは腕がもげる恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ」
「えっ……」
「おまえはまだ若いから知らないだろうが、おれはこれまで、腕がもげた投手を十人以上見てきた。全員、腕がもげるまで投げたことを後悔していた。だから言う。これ以上投げるのはやめとけ」
「えっ、腕ってもげるんですか……?」
「あたりまえだろ。おまえもさっき言ったじゃないか」
「いやおれが言ったのはたとえ話っていうか、それぐらいの覚悟がありますっていう誇張表現であって……」
「人間の腕というのは非常にもげやすいようにできている。年寄りだったら咳をしただけでももげることもあるぐらいだ。特に野球のピッチャーなんてとんでもない力が腕にかかるんだから、もげないほうがふしぎだろ。文科省の調査では、2016年の野球部活動中の怪我の内訳で、腕もげは骨折、脱臼に次ぐ三番目の多さだ」
「知らなかった……」
「わかったら、もう投げるな」
「……いや、それでもおれはマウンドを降りません!
比喩ではなく本当に腕がもげるとしても、それでもおれは次のバッターとは決着をつけなければならないんです! それができないんなら、こんな腕、ついてたって何の意味もありません!」
「……野球規則第九百六十八条にはこうある。『投球時に投手の腕がもげたときは、ボールデッドとなり、各走者は、アウトにされるおそれなく、一個の塁が与えられる。』と。
つまり、おまえが腕がもげるぐらいがんばって投げたとしても、結果はただのボーク扱いだ」
「規定あるんだ……」
0 件のコメント:
コメントを投稿