2025年12月31日水曜日

M-1グランプリ2025の感想


敗者復活戦

 トップバッターのミカボの徳永英明クイズがすごくおもしろくて(何年か前の予選でも観たことあったけど二度目でも変わらずおもしろい)、これは期待できるぞとおもっていたら、結局ミカボがいちばんおもしろかった。

 勝ち上がりはカナメストーン。最終3組中にラストイヤー組がいたらそりゃあ勝たせたくなるよね。まあ場を盛り上げていたし、「決勝で何かやってくれそう」という感じがいちばんあったのはカナメストーンだったかな。


決勝戦

ヤーレンズ (結婚したい)

 過去2年の決勝で披露していたコント漫才ではなく、他愛のないテーマで軽妙なおしゃべりの披露するスタイル。原点回帰のようなネタ。そういやヤーレンズってこういう漫才をするコンビだったよなあ。長々とどうでもいい話をして、最後の10秒で「ネタやりまーす」というスタイル。この軽さこそヤーレンズの真骨頂という感じがする。

 ヤーレンズのラジオを何度か聞いたことがあるが、こんな感じだった。無理をせずに自分たちのスタイルを貫いても認められるようになった、という点でヤーレンズにとってはすごくいいことだと思う。

「栄光の孤立」「マーガレットサッチャでもいい」のような、伝わらないのがわかっていても自分たちが言いたいと思っているフレーズをねじ込んでくる感じもすごくいい。いい意味でM-1向けじゃないというか。M-1グランプリを卒業してもやっていける立派な漫才師になった姿を見せてくれた。

『さようなら、ドラえもん』におけるのび太の「見たろ、ドラえもん。勝ったんだよ。ぼくひとりで。もう安心して帰れるだろ」を彷彿とさせてくれる漫才だった。

 個人的には、ネタ後の「手ごたえあり!」がスルーされていたのがおもしろかった。カズレーザーがM-1ファイナリストだったことなんてみんなおぼえてないよなあ。ぼくもこれ見るまで忘れてた。


めぞん (女友だちの彼氏のふりをする)

 チュートリアルやさや香のような熱演型漫才。とはいえ、2006年時点で完成されていたチュートリアルに比べると、緩急の使い方や声のトーンに粗さが感じられた。こういうアドリブの利かないかっちりしたネタをやるのであれば、細部まで完璧であってほしかったな。「逃げろ!」の唐突さは好きだった。


カナメストーン (ダーツの旅)

 敗者復活戦ではじめて見たコンビだけど、風貌に苦労してきた感じがにじみ出ていていい。あふれ出るくたびれ。

 敗者復活組、ラストイヤー、にじみ出る苦労人感、明るくハイトーンなツッコミと応援したくなる要素が詰まっていたコンビ。……だっただけに、過失致死に発展してしまうブラックな展開で悪い方に裏切られた気分になってしまった。勝手に想像していた芸風と似つかわしくなかった。

 隙間まで細かいボケが詰め込まれていて、15年間の集大成であることが感じられる漫才でした。


エバース (ドライブデート)

 過去に見たことのあるネタだったけど、それでも大いに笑った。改めて見ると、「目的地がもう江ノ島水族館に決まっていること」までもがおもしろくなってくる。

「人間の中ではだいぶ車っぽい」の妙な説得力、「車の免許持ってたらレンタカー借りるだろ」という急な正論、巧みな話術で妄想の世界にひきこみながら「思われねえよ」「都内もやだよ」で現実と虚構の間を揺さぶる技術、そして終盤まで失速することなく「陰性。やばっ!」「なぜならまだこいつを裁く法律がこの世にないから」で強烈なパンチを叩きこむ。完璧なネタだった。

 最初に見た時も感心したけど、やっぱり「陰性」で笑いをとるところがすごい。凡百な漫才師だったら「覚醒剤やってる」で笑いをとりにいくところだけど、「覚醒剤やってない」で笑いがとれるところがすばらしい。真空ジェシカもやっている手法だけど、「逆にまともなことを言うことで笑いを生みだす」ところまでたどりついているのを見ると、漫才って進化したんだなあとしみじみ思う。


真空ジェシカ (ペーパードライバー講習)

 もう一個上の階だと思った、で見事につかんだのに、「車椅子テニスの選手が二連続で車のネタ」はほんと余計だったなあ。本人も反省していたらしいけど。あれ聞いたとき、ぼくは「ひとつ前も車のネタだったっけ。ああ、ルンバ車か。でもあれあんまり車のネタって印象ないけどなあ。それより車椅子の人をそういういじり方してもいいのかな」とかあれこれ考えてしまった。その割におもしろいコメントでもないし。ネタの邪魔にしかならないフレーズだった。

 発想の豊かさは相変わらず。免許のクソ問題、走るボタン、思い出が一個しかない、など笑わされるボケが盛りだくさん。そして真空ジェシカはそれぞれのボケが有機的につながってるのがいい。それだけに前半で少しつかみきれなかったことが惜しまれる。

 いちばん感心したのは、教官が発煙筒を吸うボケ。単体でもおもしろいが、あれがあることでその後の展開の中での演じ分けがスムーズになっている。「発煙筒を吸っているのが教官」とすぐわかるので、別の人を演じていてもすっと教官に戻ってこられる。ここまで計算しているのだとしたらすごい。


ヨネダ2000 (バスケドリブル)

「100万円めざしてバスケットボールをドリブルせよ」という挑戦をしていたら松浦亜弥が出てきて邪魔をされる、というシュールなネタ。

 やっていることはむちゃくちゃだったが、徐々に難度が高くなるところや出なかった高音が出るようになるところとか、妙なストーリー性があったのでなんとかついていけた。今まで観たヨネダ2000のネタは序盤でついていけなかったので、あんなネタをやりながらもちゃんと見せ方を工夫しているんだろうな。あややに得はないとか謎の引き戸とか細部の工夫もいい。

 ところで、誠のレイアップシュートがあんまりきれいじゃなかったのが残念。あれが美しいフォームだったらもっとおもしろかったのになあ。


たくろう (リングアナ)

 ぼくがたくろうの漫才をはじめて観たのは2018年の準決勝だったかな。その時点で十分おもしろかった。その後も関西のYTV新人賞の予選などで目にする機会は何度もあったが、言ってしまえばおもしろさはあまり変わってなかった。早くから完成されていたがゆえに小ぢんまりとまとまってしまっていた。赤木さんがおどおどとしながら強いフレーズを言う、というスタンス。

 だが今年のネタはずっと笑いやすくなっていた。駒場さんも言っていたが、無茶な追い込まれ方をしておどおど言うに足る状況を設定したことでぐっと良くなった。自信なさげにおどおどしてる人は「笑い者にしていいのかな」という感じがしてしまう。でも「そりゃあおどおどするよな」の状況を用意することでわかりやすく笑えるようになった。ボケとツッコミではなく、中ボケと大ボケ。

 ただ大喜利の羅列なので個人的にはそんなに好きなネタではなかった。


ドンデコルテ (デジタルデトックス)

 声質がいいね。ほんとにセミナー講師の声質をしている。あの声で「厚生労働省の定めた基準によると……」というと、漫才の大会にふさわしくなくて逆に引き込まれる。安心感のある声と堂々とした態度で情けないことを主張するギャップがたまらない。

 去年のブログを見返してみたら、敗者復活戦のドンデコルテの感想で「二年後ぐらいに決勝行くかもねえ」と書いていたが、思っていたよりも早く完成されていた。個人的には去年の恋愛がうまくいかない中年男の悲哀を描いたネタのほうが好きだったけどね。

「現実をスワイプ」「目覚めるな」「説得力だけがある」など、おもしろいフレーズが盛りだくさん。このネタのもっとロングバージョンも観たいなあ。


豪快キャプテン (小さいカバン)

 二人が会話をしているが、二人とも一切相手に歩み寄る気はなく、とうとう最後まで平行線をたどったまま交わることがない。そのディスコミュニケーションのおもしろさこそが豪快キャプテンの魅力なのだが、あまり刺さらなかった。こっち側のテンションの問題な気もする。すごくハッピーなときに見たらめちゃくちゃおもしろいのかも。

 数年前の敗者復活戦でやっていた「わたし、にじっぽん」のような、単体でおもしろいフレーズがあればもっと笑えたのかもなあ。あとあの感じでいくんだったら最後まで熱量演じてほしかった。


ママタルト (初詣)

 51,044,649円からの猪瀬都知事、神社倒壊というママタルトらしいギャグマンガ的世界観あたりまでは良かったんだけどね。ボケ、ツッコミともにたっぷり間を使うコンビなので、その分一発の破壊力が大きくないときついよなあ……。ここは豪快キャプテンとは逆にストーリーを進めすぎなんじゃないかという気がする。作品としてはきれいなんだけど。


最終決戦

ドンデコルテ (町の名物おじさん)

「名物おじさんになる」自体はさほど新奇な発想ではないが、保険料の支払いが増えた、介護保険、墓と固めの話題で丁寧に振るあたりが実にうまい。奇をてらったことを言っているようで自転車と光に意味を持たせる理屈っぽさ、「いえ、あなたが聞いた」のような小憎らしい言い回し、聞き役にまわりながらも「大型新人」「言語化」などさりげなくワードを添える小橋さんのサポート、中だるみしないよう後半に別タイプの名物おじさんを出してくる展開、つくづくよくできたネタだ。短く感じたなあ。もっと長い時間で聞きたい。


エバース (腹話術)

 これはネタの選択ミスだよなあ……。腹話術の話を切り出した時点で「町田を人形にする」という展開が読めてしまうし、一本目の「町田に車になってもらう」よりも弱くなってる。

 見た目でわかりやすく笑えるし、それぞれの普段見せない顔も見せるので、ファンの前でやったらウケるんだろうなあ、というネタ。危険だよね、ファンにウケるネタは。

 エバースは絶妙の間でツッコミを入れてくるのが心地いいんだけど、このネタに関しては観ている側が欲しているタイミングよりツッコミがずっと遅かったなあ。


たくろう (ビバリーヒルズ)

 すばらしい設定。冒頭の「英語じゃないと意味ないんちゃう」からはずっとボケの世界にいる状態なので、何を言ってもおもしろい。実際、「ニューヨークでテトリスさ」なんて大喜利の答えとしてはべつにおもしろくないんだけど、設定のおかしさのせいで笑いにつながる。

 何より、赤木さんの目がずっと泳いでるのがいい。ふだんからああいう人だけど、追い込まれる世界にしっくりはまっていた。

 一問一答大喜利だけでなく、ボケた後に「さすが大手だ。ばちばち当ててきやがる」で追撃したり、ナンシーの家に行くことをためらってる内向的人間のもやもやを描いていたのが実に良かった。「一応連絡だけ」「行って変な感じに」「あれだったら帰るよ全然」あたりは誰もが経験したことがあるだろうけど、これを漫才に落としこむ手法は他に類を見ない。



 ということで優勝はたくろう。特に最終決戦は、隙間まで笑いで埋め尽くしたいいネタでした。


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2025年12月24日水曜日

小ネタ44(物干し竿 / jammer / スーパーの分類)

物干し竿

 ふとおもったのだが、物干し竿って「干し竿」で良くない?

「物証(物的証拠)」という言葉があるが、こちらの「物」は明確に意味がある。「自白とか証言とか状況証拠ではない物の証拠ですよ」という意味がある。でも物干し竿の「物」には意味がない。竿に干すのは物に決まってる。発言とか概念を干すものだとは誰も思わない。

 物差しとか物置とか物思いとか、なくてもいい「物」はたくさんある。


jammer

 妨害物のことを英語で「jammer(ジャマー)」と呼ぶのはあまりにできすぎている。


スーパーの分類

 スーパーで紅茶を買おうとおもって「茶」のコーナーに行ったのだが、紅茶が見つからない。あちこち探すと遠く離れた「コーヒー・紅茶」コーナーにあった。日本茶と紅茶は別コーナーなのか。

 また別の日。食べるラー油を探したが、見つからない。「米」コーナーの近くにふりかけはあるのだが、ご飯のお供(鮭フレークとかごはんですよとか)がない。店員に訊くと、「缶詰・瓶詰」のコーナーにあった。うーん、まあ形状的にはそうなんだけど、客は形状じゃなくて用途で探すんだよなあ。陳列する人と使う人の思考の違いだ。

 ジャムも「缶詰・瓶詰」コーナーにあった。絶対にパン売場の近くのほうがいいぜ。


2025年12月22日月曜日

2025年に読んだ本 マイ・ベスト10

 毎年恒例、2025年に読んだ本の中からベスト10を選出。

 なるべくいろんなジャンルから。

 順位はつけずに、読んだ順に紹介。


プチ鹿島

『芸人式 新聞の読み方』


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 エッセイ(&対談)。

 新聞13紙を購読して読み比べをしている芸人・プチ鹿島氏。すごいのは、趣味で13紙も購読しているということだ(今ではそれが仕事にもなっているが)。そんなプチ鹿島氏が読み比べのおもしろさと説いた本。

 昨今、オールドメディアだとか偏向報道だとか批判されがちな新聞。鹿島さんがすごいのは、「偏っているからダメだ!」と切り捨てるのではなく、偏っていることを認識した上で、その偏りを楽しんでいるところだ。政権批判的な朝日・毎日は書いているけど、政府翼賛的な読売・産経は書いていない。ということは、政府にとって都合の悪いニュースなのだ。そんなふうに“偏り”を楽しんでいる。なんとも大人な味わい方だ。それに比べて「オールドメディアだ!」と騒いでいる人がなんと幼稚なことか。

 新聞の地位がどんどん低下している今だからこそ読みたい、ネットリテラシーを高めてくれる本。



小川 哲

『君のクイズ』


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 小説。

 クイズの大会で、一文字も問題が読まれないのに早押しボタンを押したプレイヤーが正解を答えて優勝した。なぜ彼は問題を聞かずに正解を導きだすことができたのか。八百長か、問題の漏洩か、それとも……?

 ぶっとんだ導入でありながら、「なぜ彼は正解できたのか?」という謎をきわめて論理的に解き明かしていく過程がなんともスリリング。

 そして競技クイズの奥深さが伝わってくる。豊富な知識があればクイズが強くなるのかと思っていたけど、ぜんぜんそんなことないんだねー。



川上 和人

『無人島、研究と冒険、半分半分。』


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 ノンフィクション。

 鳥類学者である著者が、昆虫の研究者、植物の研究者、カタツムリの研究者、プロの登山家、NHKの撮影班などと探索チームを結成して無人島探索に挑んだ記録。

 それぞれ得意分野を持った男たちが集結してミッションにあたる。まるで王道の冒険ストーリーのよう。文章もおもしろいし、書かれている研究内容も興味深い。こういう本が国の研究力を上げるのだ。



松岡 亮二

『教育格差 階層・地域・学歴』



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 ノンフィクション。

 様々なデータをもとに、日本に存在する「教育格差」について書いている。ただし著者は教育格差が良いとも悪いとも書いていない。客観的なデータに徹している。

 教育問題ってド素人でも一言いいたくなる分野だからこそ(この本にはそんなド素人の意見で大失敗したゆとり教育のことも書いてある)、口を挟む前にまずはこういう本を読んでほしい。



高比良 くるま

『漫才過剰考察』



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 M-1グランプリチャンピオンによる漫才考。

 読めば読むほど、高比良くるまさんはすごい漫才師だという感想と、芸人に向いてないんじゃないのという相反する感想が浮かんでくる。

 とにかく表現者としての我が感じられない。「おれはこれをおもしろいと思う。だから世間がどう思おうと表現する!」みたいなエゴがまるでない。とにかく世間が求めているものを考えてそれを最善の形で表現したら最強の漫才師になっていました、みたいな人だ。芸事の本というよりマーケティングの本を読んでいるみたいで新鮮だった。



鹿島 茂

『小林一三 日本が生んだ偉大なる経営イノベーター』



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 評伝。阪急電鉄、阪急百貨店、宝塚歌劇団、東宝などの創業者である小林一三氏の生涯を書く。

 今ある市場で勝負するのではなく、ない市場を生みだすという経営手法はすごい。人口学を元に将来の予測をかなり正確に立てていたからこそできたことだろう。

 そして今の経営者とまったく違うのは、「儲けすぎないようにする」という精神を持ちつづけていたこと。税金をかすめとってでも儲けてやろうとしている現代の経営者たちにぜひ読んでもらいたい本。



小川 哲

『ゲームの王国』



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 小説。

 なんだかわからない。だがすごい! この本を正確に表現する言葉をぼくは持たない。

 史実に正確な部分と、とんでもない大嘘が入り混じる。だがどちらのエピソードも魅力的。どこに連れていかれるのかさっぱりわからない(作者もわからずに書いていたらしい)。

 「よく理解できないけどおもしろい」という読書体験、幼いときに物語を聞かされたときの感覚に似ている。



藤井 一至

『土と生命の46億年史 土と進化の謎に迫る』


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 ノンフィクション。

 人間が作ることができないのが生命と土なのだそうだ。 『風の谷のナウシカ』で「土から離れて生きられないのよ」という台詞があるが、まさにその通り、土が世界のすべてを決めているのだということがよくわかる。

 土の複雑さ、偉大さを実感して大地讃頌したくなる一冊。



松原 始

『カラスはずる賢い、ハトは頭が悪い、サメは狂暴、イルカは温厚って本当か?』



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 カラスの研究者が、人間が動物に対して抱く「イメージ」と実態の差異を説明する本。人間から愛されている動物が残酷(と人間には見える)な習性を持っていたり、人間から嫌われがちな動物が意外に優しい(と人間には見える)行動をとっていたり。すべての動物はただ生きて子孫を残すためだけに行動しているのだが、人間はその行動を自分たちと重ねて勝手な意味を見いだしてしまう。

 ペットに対してなら勝手に感情を読み取ってもいいんだけど、冷静な判断が求められるときでもついついストーリーを作ってしまう(かわいい動物のほうが絶滅しかかったときに保護されやすい)。温かい眼と冷静な眼のふたつを持つ必要がある。



浅倉 秋成

『教室が、ひとりになるまで』




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 SFミステリ小説。

「嘘を見やぶることができる」という超能力を身につけた主人公。この能力を使い、クラスメイトたちを死に追いやった犯人を見つけ、犯行を食い止めなくてはならない。能力者は主人公の他に三人いることはわかっているが、それが誰で、どのような能力なのかはわからない……。

 実にスリリング。そしてミステリとしてフェア。材料はすべて序盤に提示され、後付けのルールが出てきたりしない。

 さらにすごいのは、SFやミステリ要素はあくまで味付けで、青春小説としてもしっかり読みごたえがあること。SFミステリってえてしてパズルっぽくなってしまうんだけど、『教室が、ひとりになるまで』は小説として高い完成度を誇る作品だった。



 来年もおもしろい本に出会えますように……。


【読書感想文】更科 功『化石の分子生物学 生命進化の謎を解く』 / 研究の道の険しさを突きつける本

化石の分子生物学

生命進化の謎を解く

更科 功

内容(e-honより)
ネアンデルタール人の謎から、ジュラシック・パークの夢まで、太古のDNAが明かす驚きの生命史。化石がとどめるかすかな“記憶”に耳を澄ませる分子古生物学者たちの夢と冒険の物語―。

  DNA分析を使って古生物の生態について調べる分子古生物学者の取り組みを紹介した本。

 新書ではあるものの、専門用語もばんばん出てくるので、素人にとって決して読みやすい本ではない。たぶんこれでも平易に書いてくれてはいるんだろうけど……。


 カンブリア紀の爆発で、実際に活躍した遺伝子を明らかにする。そう考えた私は、軟体動物をターゲットにした。巻貝や二枚貝などの軟体動物の貝殻は化石としてよく残り、カンブリア紀の爆発で獲得された硬組織の中でも代表的なものだからだ。
 しかし、あまりに古い化石には、DNAやタンパク質は残っていない。どんなに保存のよい化石を見つけたとしても、カンブリア紀の化石にはDNAやタンパク質は残っていないだろう。カンブリア紀の爆発は五億年以上も前の出来事である。恐竜が生きていた時代よりも、ずっと昔なのだ。では、ほかにやり方はないだろうか。
 昔のDNAやタンパク質があれば、それにこしたことはない。しかし、考えてみれば、現在生きている生物のDNAやタンパク質にも、歴史情報は含まれているのだ。
 DNAは、親から子に伝える遺伝情報をもっている。また、個体自身が成長するための発生情報もDNAの中にある。しかし、これらの遺伝情報や発生情報は、かならず過去を引きずっている。なぜなら、これらの情報は、進化の過程で形成されてきたものだからだ。
 ただ、現生生物のDNAが過去を引きずっていると言っても、あまりに昔の情報は、ぼやけているかもしれない。解読するのは難しいかもしれない。しかし、とにかく量が多い。化石の中のDNAやタンパク質に比べたら、現生生物のもっているDNAの量は、文字通り桁違いである。手に入れられるサンプルの数は、比べ物にならない。これを利用しない手はないだろう。

 大昔の生物のことを調べるなら化石を調べるしかないだろう、とおもっていたけど、それは素人の考え。原生生物のDNAを調べることでもう絶滅した生物の遺伝子を突き止める。そんなことができるんだー(どうやってやるかは、正直読んでもよくわからんかった)。




 新書にしてはずいぶん読みにくい本だとおもっていたら、あとがきを読んで著者の意図がわかった。

 科学の営みは、数学のような意味での厳密なものではない。100%正しい結果は得られないのだ。むしろ、大きな川の流れのように、右や左に曲がりくねりながら、ゆったりと真理に接近していくイメージに近いだろう。
 その川の流れの中で、人は過つこともある。良心的な科学者でも誤りはおかすのだ。それらを全部ひっくるめて、科学は人類のすばらしい財産だと私は思う。 私はこの本を、うまくいった結果だけをならべた成功物語にはしたくなかった。そういう本で科学を好きになった人は、科学のつらさやあやうさを知ったときに、科学から離れていくだろうから。

 科学の本というより科学史の本だったんだよね。○○と考えた人がいたけどこの考えは間違いだった、かつては××と思われていたけどその後の研究で誤りだったことがわかった……という「失敗史」に多くのページが割かれている。

 こういう「100回やって99回失敗」こそが研究者のリアルであり、それに耐えられる人しか成功しないんだろう。だから初学者に向けて「かんたんに世間をあっと言わせる研究結果が出るとおもうなよ」という戒めを込めてこの本を書いたんだろうけど……。

 正直、ぼくのように研究の道に進みたいわけではなく、「ただおもしろい研究結果だけ知りたい」という人にとってはあんまりおもしろい本じゃなかったな。


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【読書感想文】更科 功『残酷な進化論 なぜ私たちは「不完全」なのか』/すべての動物は不完全



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2025年12月19日金曜日

小ネタ43 (この世にひとりも存在しない人 / 桃 / 子役)

この世にひとりも存在しない人

「あーもしもし。何年か前に、そちらの市役所に電話して『クマを殺すな。かわいそうだろ。人間のエゴで動物を殺すな!』ってクレーム入れた者だけど。
 ニュース見てて、おれの考えがまちがってたことに気づいたよ。ほんとに申し訳なかった」

「嘘つけー! 縁もゆかりもない役所にクレームの電話するやつが己の過ちを認めて反省できるわけないだろー!」


「りんごを収穫するところを思い浮かべてください」と言うと、りんごが木になっているところをイメージできる。

だが「桃を収穫するところを思い浮かべてください」だと、頭に浮かんでくるのは桃が川から流れてくる映像だけ。


子役

役者をやってる子どものことを「子役」と呼ぶのは変じゃないか?

「悪役」は悪人を演じる役者、「刑事役」は刑事を演じる役者のことだ。

であれば「子役」かどうかは「芝居による」としか言いようがない。

30歳でも子どもを演じていれば子役だし、逆に5歳でも大人を演じていれば子役ではない。

役者をやってる子どものことは「子役」ではなくちゃんと「ジャリタレ」あるいは「激イタ親持ちガキ」と呼ぶべきだ。