2023年12月27日水曜日

M-1グランプリ2023の感想

このエントリーをはてなブックマークに追加

 M-1グランプリ2023の感想です。小学生の娘といっしょに敗者復活戦~決勝までほぼ通しで鑑賞。敗者復活の途中じゃなくて終わった後にニュースをはさんでほしいな。




敗者復活戦

 好きだったのは、Aブロックはロングコートダディの「真逆」。
 大喜利力の強さと構成の巧みさを見事に両立させていて、これは決勝で披露していたとしても相当いい順位だったとおもう。ボケを詰めているが、すべて説明しないところがロングコートダディらしくておしゃれ。オチの「もうええわ」をなかなか言わないとこまで隙のない構成。

 Bブロックはエバース「ケンタウロス」。ケンタウロスって、お笑いの世界ではまあまあ手垢にまみれた題材だとおもうんだけど、通りいっぺんのなぞりかたで終わらせず、とことんまで掘り下げたからこその斬新な切り口で魅せてくれた。まったく予期しないところからボケが飛んでくる。特に「上座」はすばらしい!

 Cブロックはシシガシラ「カラオケ」。実はハゲをいじっているのは一回だけなのに、後は表情とお客さんの想像力にゆだねてなぜかずっとハゲいじりをしている気にさせる。観客を共犯者にする計算高さ!

 あえて一組選ぶならロングコートダディだけど、シシガシラもすごいことをやっていたので納得の結果。

 倫理観むちゃくちゃなニッポンの社長「女」、奇抜な設定なのになぜかドラマ性のあった20世紀「怪人居酒屋」、中盤以降ほとんど擬音語しか言っていないトム・ブラウン「スナック」も笑った。

 審査の順当さもあいまって今年の敗者復活戦は過去最高クラスだった。マヂカルラブリー野田さんも言ってたけど、ほんと去年までの審査はなんだったんだ。

 これまでこのブログでもさんざん敗者復活のシステムについて悪態をついていたので、制度変更してくれてよかった。去年までの人気投票システムだったらシシガシラは勝てなかっただろうなあ。

 人気投票だったから、人気では勝てないことがわかっているコンビはハナから勝負を捨ててたもんな(それはそれでオールザッツみたいでおもしろかったけど)。制度変更したことで今年はほとんどのコンビがちゃんとネタで勝ちに来ていて、見ごたえのある敗者復活戦だった。決勝戦よりもおもしろかったかも。




 ここから決勝ネタの感想。


令和ロマン(転校生)

 漫画でよくある(とされる)、投稿中に角でぶつかった男が実は転校生だったという展開はほんとに起こりうるのか……。というあるあるにツッコミを入れる導入。

 前半は共感性の高いツッコミを入れながらお客さんをノせていくのだか、それっぽい答えを提示しておいてから「これはおもしろくない」と自分たちが築いた世界をぶっ壊してしまう剛腕っぷり。下手するとここで客が冷めてしまいかねないのだが、ちゃんと観ている人の心をつかんだまま後半の「そんなわけないゾーン」へと連れていったのが見事。

 空気の作り方、お客さんの巻き込み方がとにかくうまい。「日体大の集団行動」なんて本来そこまで伝わるボケじゃないとおもうんだけど、空気をつかんでいるから無理やり受け入れさせてしまう。

 テレビで観る漫才と生で観る漫才は違う。師匠と呼ばれるようなベテラン漫才師ってテレビではそこまで笑えなくても、生で観るとめちゃくちゃおもしろいんだよね。あっという間に会場を自分たちの空気にしてしまう。以前、大木こだま・ひびきの漫才を生で観る機会があったんだけど、あっという間に場を支配して観客を惹きつけてしまった。

 令和ロマンは若いのにこの「なんかいい空気」を作り出すのがめちゃくちゃうまい。たぶん生で観たらもっといいんだろうなあ。令和ロマンなら、たぶん他の漫才師のネタをカバーしてもちゃんとおもしろくできるとおもう。


シシガシラ(合コン)

「看護婦さん」「スチュワーデスさん」と古い職業名で呼んでしまい、相方から時代にあってないとたしなめられる。だが看護婦やスチュワーデスはダメなのにハゲはいいのかと疑問を持つ……。

 去年か一昨年のM-1予選動画で観たことのあったネタ。そのときはウケていたしぼくも大笑いしたのだが、今回はどうもウケず。

 これは場の違いかなあ。劇場だとハゲいじりがぜんぜん許されるから「ハゲはいいのー!?」が活きるけど、テレビだと最初のハゲいじりの時点で「それ良くないんじゃない?」の空気になってしまう。最初のハゲいじりがウケて客との共犯関係が築けないと、後半が厳しいね。

 願わくば敗者復活戦でやったカラオケのネタを決勝でも観たかったけど、あれも準決勝のお客さんは漫才を見慣れているからすぐにその構造を呑みこんでくれたけど、決勝だとどうだったろうなあ。でもキャラクターが浸透すれば、マヂカルラブリーのようにM-1決勝の舞台で受け入れられる日が来るかもしれない。

 敗者復活戦を観ていない人は「なんでここが勝ちあがったんだ?」とおもうかもしれないけど、敗者復活戦では場の空気にばちっとハマっていてめちゃくちゃおもしろかったんだよ。


さや香(ホームステイ)

 ブラジルからの留学生をホームステイ先として受け入れることになったのだが、日が近づくうちになんとなく気後れしてきたのでこっそり引っ越そうとおもうと打ち明ける……。

「なんも言わんと引っ越そうとおもってる」という導入はよかったのだが、その後の論理がかなり甘く感じた。「むちゃくちゃ言ってる」ではなく「甘い」。

 たとえばコンビニバイトの例え。「バイト初日に行ったら店がなくなってるようなもんや!」と言っていたが、実際のところ、バイト初日に店がなくなっていることなんて「ホームステイに行ったらホストファミリーの家がない」に比べたらぜんぜん大したことない。「おまえがやってるのはこんなにひどいことなんだぞ!」と言いたいのに、例えのほうが弱かったらだめだろ。

 また「留学生が五十代だった」はそこまでの意外性がないし、五十代だったら逃げたくなるという論調にもまったく共感できない。片方がむちゃくちゃ言ってもう一方がたしなめるなら笑えるが、ふたりそろって留学生を見捨てて逃げようとするのは救いがなくて笑えない。だってエンゾは何も悪いことしてないもの。

 むちゃくちゃな主張を強引な論理で押し通す作りはかつてかまいたちがM-1で披露した「タイムマシン」や「となりのトトロ」のネタに通じる部分もあるが、かまいたちは無茶を貫き通すためにそれ以外の部分は強靭な論理でがっちり固めていた。主張も無茶、それを補強するはずの論理も穴だらけ、ふたりとも道徳観が欠如、ではね……。その話には乗れませんぜ。


カベポスター(おまじない)

 小学校のときにおまじないが叶ったという話。だがよくよく聞いてみると、校長と音楽教師の不倫をネタにゆすっているだけで……。

 あいかわらずストーリー運びが見事。ハートフルな展開だった昨年の「大声大会」のネタよりも、底意地の悪さを感じられ、後半サスペンス展開になるこちらのネタのほうがM-1向きかもね。「ずっゼリ」のようなパンチラインもちゃんと用意しているし。脚本のうまさでいえば「大声大会」のほうが上だけど。

 カベポスターはコントに力入れてもいいんじゃないかな、となんとなくおもった。


マユリカ(倦怠期)

 倦怠期の夫婦をやってみるという設定。

 ボケもツッコミもおもしろいんだけど、ずいぶん冗長に感じた。フリが長すぎるというか。フリ→フリ→ボケ、ぐらいのテンポを期待して見ているのに、フリ→フリ→フリ→ボケ、みたいな。あれ? まだボケないの?

 昨年の敗者復活でやっていたドライブデートのネタとかのほうが濃度が高く感じたけどな。

 しかしここは漫才よりもその後のキモダチトークが盛り上がってたから、ある意味いちばん得をしたコンビかもしれない。バラエティとかに呼ばれそう。


ヤーレンズ(大家さんに挨拶)

 引越しの挨拶を大家さんにしにいくというコント形式の漫才。

 おもしろいし、特にツッコミのうまさが光る。おもしろいんだけど、どうしても2008~2009年頃のM-1がよぎってしまう。ノンスタイルやパンクブーブーが優勝してた頃の手数重視時代。そして、パンクブーブーに比べると、ちょっとボケの精度が粗く感じる。パンチの数は多いけどちょいちょい外してる。それだったら打たないほうがいいのでは、というパンチがいくつか。

 うちの子はいちばん笑ってた。


真空ジェシカ(Z画館)

 えいがかんより安いB画館があるという話から、まずはZ画館に行ってみたらいいという流れになり……。

 いやあ、よかったね。手数が多い上に、一発一発のパンチが重たい。おまけにボケが後の展開につながっていてコンボが決まっている。Z画館→Z務しょ→刑務所→税務署の流れとか、エンジン式のスマホ→電話の声が聞こえない→検索エンジンとか。ボケの数は多いけど脈略のない羅列ではなく、映画泥棒の勝利とか、ラジオネームのような映画監督名とか、どれも映画というメインテーマにつながっている。ただえいがかんより安いB画館、というだけでなく、「下っていうとまたアレなんだけど」と謎にリアルな配慮をしてみせることで、一見突飛な世界観を強固なものにしてみせている。

 これはすばらしい! とおもったので、あの結果(最終順位7位)には驚いた。この出来で!?

 ううむ、パンチが重いわりにスピードが速すぎてついていけない人がいたのかなあ。また「Z画館」という設定が突飛すぎたのかなあ。


ダンビラムーチョ(カラオケ)

 口だけでカラオケの伴奏をする、という漫才。

 んー、まったく笑えなかったなあ。そもそも狙いがよくわからなかった。

 歌ネタは盛り上がりやすいけど、ベストなタイミングでツッコめないのが弱点だよね。歌にあわせなくちゃいけないから。溜めて溜めてよほど切れ味の鋭いツッコミがくるのかなとおもっていたら、期待を下回っていた。おいでやすこがのように「わかっていてもツッコミそれ自体で笑わされる」ぐらいのパワーがあればまたちがうんだろうけど。


くらげ(ど忘れ)

 サーティーワンアイスクリームの種類を忘れてしまったので思いだしたいという設定。

 ここ数年、毎年一組ぐらいは「準決勝の審査員はなんでここを決勝に上げたんだろう」とおもう組がいるよね。去年でいうとダイヤモンド。

 いや、おもしろいんだけど。ダイヤモンドもくらげも個人的には好きなんだけど。でも、決勝の舞台で、会場を盛り上げて、プロの審査員に漫才技術を評価されて、点数をつけられるという状況で、ここが勝つ可能性があるとおもったの? ビジュアルに頼っているネタでもあるし。

 たとえば、ダンビラムーチョなんかは、ぼくはぜんぜん好きじゃなかったけど、客層とかタイミングとかがちがえばめちゃくちゃウケることもあるのかもな、とおもえる。でもダイヤモンドが昨年披露した「レトロニム」のネタとか、くらげのこのネタとかは、お客さんを変えて出番順を変えて100回やってもトップ3位以内に入ることはほぼないんじゃないの、とおもっちゃうんだよなあ。おもしろくないわけじゃなくてM-1決勝戦の舞台にあわないというか。盛り上がりようがないネタだから。これが勝つとしたら、相当他がスベりまくったときだけだよ。

 何度も書くけど、個人的にはぜんぜん悪いネタじゃないとおもう。準決勝の審査員が悪い。


モグライダー(空に太陽があるかぎり)

 錦野旦の『空に太陽がある限り』はめんどくさい女にからまれている歌詞だ……という暴論からはじまり、歌いながらめんどくさい女をかわす練習をする。

 構造は一昨年の決勝で披露していた「さそり座の女」と一緒だが、こっちのほうがずっと見やすくなっている。最初の説明が丁寧になっているし、芝さんがお手本を見せるところ親切だ。

 とてもわかりやすくなっている……が、その反面「こいつらは何をやってるんだ」というおかしさが薄れてしまったようにも感じる。むずかしいな。

 アドリブ性の強いネタなのでしかたがないのだが、調子が良くなかったように感じる。たぶんまったく同じネタでももっともっとおもしろくなるときもあるんだろうなあ、という印象。

 そしてこれまた歌ネタの宿命で、「途中のくだりを省略できない」というのもマイナスポイント。もうそこはいいから次のくだりに行ってくれよ、と観ている側はおもうのだが、歌だと飛ばせないからねえ。




令和ロマン(ドラマ)

 ドラマを人力で演じたい、という漫才。

 ダンビラムーチョ、くらげ、モグライダーとボケのテンポが速くない漫才が続いた後だったこともあって、見やすいボケがポンポンと飛び出してくるのは楽しくて見ごたえがあった。たくさん用意していたネタの中から状況に応じたものを選んでいたらしいので、そのあたりも考えていたのかなあ。策士!

 クッキーに未来はない、まだライバルじゃない、トヨタにそんな人はいないなど次々に上質なボケが並ぶ。

 気になったのは、終わり方が唐突に感じたところ。しっかりとドラマの世界に引き込まれたからこそ、ドラマの冒頭部分だけで終わってしまったことに物足りなさを感じてしまった。もっと見たかった!


ヤーレンズ(ラーメン屋)

 変な店主のラーメン屋に行くコント漫才。

 昨年の敗者復活で披露したネタのブラッシュアップ版だが、そのときよりもボケ数が増えた分、ハズレも増えた印象。それでも数を入れながら、メンジャミン・バトン~スープな人生~のような重めのボケを織り交ぜてくる構成は見事。渡されたネギをずっと持っているような細かい描写も光った。唐突に終わってしまった印象のある令和ロマンとは違い、ラーメン屋に入店するところから出ていくところまでを描いているのでこっちのほうがまとまりの良さは感じる。

 余韻や広がりを感じさせた令和ロマンと、一本の作品としてきれいにまとまっていたヤーレンズ。いい勝負だった。


さや香(見せ算)

 加減乗除にプラスして、これからは「見せ算」が大切だと説きはじめる……。

 やりたいことはわかるけど、ぜんぜんおもしろくなかった。攻めたというよりただ奇をてらっただけのように見えてしまって。

 一言でいうなら「さや香にはシュールをやれる器がない」。数年前の敗者復活でやってた「からあげ」のときも同じことをおもったんだけど、シュールネタをやるには嘘くさすぎる。

 なんでかっていったら、さや香はちゃんとやれることをみんな知っているから。過去にM-1決勝に2回も出て、ボケツッコミを入れ替えて、王道しゃべくり漫才で準優勝までして、またチャレンジして、バラエティ番組でもちゃんとトークができることを見せつけて、その間に血のにじむような努力があったことは誰にでも容易に想像がついて、そんな人が本気で見せ算を提唱したいとおもってないことはわかってしまう。だから嘘くさい。「おれ、今からシュールをやるで!」って自分で言っちゃうような痛々しい感じ。

 こういうタイプのネタって片手間でやれるもんじゃないんだよね。天竺鼠とかランジャタイみたいに、ずっと奇抜なネタやってて、普段のトークでも奇天烈なことばっかり言って、はじめて説得力が出る。それぐらい人生を捧げてやっと、「この人なら本気でこんなこと考えてるかも」と思わせることができる。

 さや香が演じるには無理のあるネタだし、そもそもネタとしての出来がよくなかった。「どういうこと?」「何言ってんの?」と観客がおもうことを言い、「どういうこと?」「何言ってんの?」とツッコむ。なんら意外性がない。目新しさもない。

 今回の予選でいえばデルマパンゲや豆鉄砲や空前メテオがこういう「ぶっとんだ持論を展開する」系統のネタをやっていたが、そのどれもがさや香の「見せ算」よりもずっとよくできていた。めちゃくちゃを言いながらも、観客の中にも20%ぐらいは「たしかにそうかも」とおもわせるふしぎな説得力があった。

 かけあいの強さというさや香の持ち味も失われていたし、観客からも求められていなかったし、そもそもネタ自体の出来がいいとはおもえないんだけど、そんなにこのネタをやりたかったのかねえ。「勝てなかったけどこれをできたから満足です!」と言えるようなネタなのかなあ。




 ということで優勝は令和ロマン。おめでとう。

 来年も出たいと言っていたけど、ぜひチャレンジしてほしい。まだまだ伸びるコンビだとおもうので(だからここで優勝してしまったことにちょっと寂しさも感じる)。

 テレビで観ていて、オープニングは盛り上がっていたのに、途中で出てきた野球監督&選手あたりで急に会場の熱が冷めたように感じた。彼らがあまりに緊張してるからその緊張が観客席にも伝染したのか? もし今大会の盛り上がりが例年に比べてイマイチだったと感じたなら、犯人は彼らをキャスティングしたやつだ。

 敗者復活がやっとまともな制度に戻ったり、出番順の組が損をする風潮がほんのちょっとだけマシになったり(とはいえ相変わらず損だけど)、ちょっとずついい大会にはなってきている。あとはあの「誰も求めていない、アスリートにくじを引かせる時間」さえなくせばもっと良くなるね!


【関連記事】

M-1グランプリ2022の感想

M-1グランプリ2021の感想

M-1グランプリ2021準決勝の感想

M-1グランプリ2020の感想

M-1グランプリ2020 準決勝の感想(12/3執筆、12/22公開)

M-1グランプリ2019の感想 ~原点回帰への祝福~



このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿