小川 哲
ううむ。わけのわからない小説だ。ほんとにわからない。だがおもしろい。なんなんだこれは!
話があっちこっちにいく。登場人物も変わる。時代も変わる。それぞれがまじわることもあればそうでないこともある。テーマに一貫性があるわけではない。とにかくとりとめがない。
小説というより神話を読んでいるような感覚になる。神話とか古い物語って「そのエピソードいる? それ本筋にはまったく関係ないからまるまるカットしても問題ないんじゃない?」みたいなエピソードがあるじゃない。ちょうどそんな感じ。枝葉末節だらけ。ほとんど幹がない。でもその枝葉末節がおもしろい。
カンボジアの歴史についてすごく丁寧に調べて書いているくせに、史実にまじってとんでもない嘘も語られる。
土を食べることで土の声を聴くことができて土を自在にあやつれる男とか、輪ゴムに触れることによって未来を正確に言い与えることができる男とか。罪のない人々が次々に理不尽な死を遂げてゆく(クメール・ルージュ支配下のカンボジアの話だからね)シリアスなストーリーなのに、ユーモアがあふれている。
しかもそれらはストーリー上欠かせない要素というわけでもない。おもしろいからこのエピソードも入れてみた、みたいな感じ。なくても物語としてはぜんぜん成立する。だけどやっぱりそのエピソードこそがこの小説を魅力的なものにしている。
手塚治虫『ブッダ』はぼくの好きな漫画なんだけど、それに通じるものがある。大胆な嘘と入念に調べられた史実が入り混じり、読んでいて虚構と現実の境目がわからなくなる。
だけど、ぼくらが現実とおもっているものだって案外虚構なのかもしれない。記憶は容易に書き換わる自分が体験したとおもっていることだって作り話なのかもしれない。そう、自分の人生だって何が本当か何が嘘かわからない。
『ゲームの王国』を読んでいる気分は、まるではるか遠く昔の“記憶”をたどるような感覚だった。
ひとつひとつのエピソードがおもしろい。たとえば。
鬼ごっこについてここまでじっくり考えたことがなかったけど、たしかに無意識のうちに「あっちは速い(らしい)からこっちを追いかけよう」という判断をくりかえしてるよなあ。子どもの言う「足が速い」は「初速が速い」とほぼ同義なので、足が速いとされている子でも長時間にわたって追い続ければ捕まえられるかもしれない。ただ鬼ごっこにはなんとなく「ひとりだけを集中的に追いかけると他の子がつまらないからやめよう」という不文律があるからみんなやらないだけで。
こんなふうに、我々が意識の隅っこのほうでなんとなく捉えていることを言語化するのが小川哲さんはすごくうまい。
うーん、端的にして的確。善行をしようとする人間が往々にして悪事に走る理由を簡潔に説明してる。その最たるものがポル・ポト。
話があっちこっちにいくので先の展開がまったく読めなかったんだけど、巻末の橋本輝幸氏による解説を読んで腑に落ちた。
なんと「いくつかの道のどれを選ぶか迷ったら、もっとも険しい道を選ぼう」というやり方で書いたのだという。なんでそんな苦行を……。
道理で、せっかく構築した世界もすぐ壊れてしまうし、登場人物もようやく活躍しだしたとおもったとたんに死んでしまう。まるで意識的に読者を置いていこうとしているかのように。
すごく粗削りなんだけど、「なんだかすごい小説を読んだ!」という気になる本だった。ひとりの人間がこれだけのものを作れるということに驚く。
その他の読書感想文は
こちら
0 件のコメント:
コメントを投稿