2018年9月12日水曜日

【読書感想文】これまで言語化してこなかった感情/岸本 佐知子『なんらかの事情』

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なんらかの事情

岸本 佐知子

内容(e-honより)
これはエッセイ?ショート・ショート?それとも妄想という名の暴走?翻訳家岸本佐知子の頭の中を覗いているかのような「エッセイ」と呼ぶにはあまりに奇妙で可笑しな物語たちは、毎日の変わらない日常を一瞬で、見たことのない不思議な場所に変えてしまいます。人気連載、待望の文庫化第二弾。今回も単行本未収録回を微妙に増量しました。イラストはクラフト・エヴィング商會。

おもしろい本ない? と訊かれたら、ぼくはまっさきに岸本佐知子氏の名前を挙げる。
本業は翻訳家だが、エッセイが最高。
いやエッセイにくくってしまっていいのだろうか。だって書いてあることの一割~九割ぐらいが嘘なんだもの。一割~九割とずいぶん幅があるのは、どこまでほんとでどこから嘘かわからないからだ。気づいたら空想の世界に連れていかれている。

ダース・ベイダーが寝るときに考えること、耳の中に住んだらどんな気持ちか、江戸時代のカーナビは今何を語るのか、地球で捕獲された宇宙人は何を思うのか。

着想もすごいが、そこからの飛躍もすごい。
たったひとつのもの、たった一言をきっかけに岸本氏の想像は異世界へと羽ばたく。
 エリツィンが死んだ、という記事を新聞で見る。プーチンが追悼演説をすると書いてある。
 いったいどんな演説をするのだろう。と思うそばから、もうプーチンの代わりに草稿を考えてあげている自分がいる。
「同志ボリス・エリツィンに私は非常な親愛の情を感じておりました。何となれば、エリツィンの”ツィン”に、プーチンの”チン”。”ツィン”と”チン”。二つの間にはなんと響きあうものがあることでしょう!」
 頭の中で、プーチンが私の差し出した草稿をびりびりに破いて捨てる。
この短い文章にドラマが詰まっている。プーチンと秘書の姿がはっきりと立ちあがってくる。びりびりに破いているときのプーチンの冷徹な眼まではっきり浮かぶ。秘書であるキシモト同志が粛清されるのではないかと心配になる。そんな秘書いないのに。

プーチンがエリツィンの追悼演説をするという短いニュースから、たったの数行でこんなに遠くまで連れていってくれるのだ。
この距離、この速さ、この具体性。想像力というものの持つ力を知らしめてくれる。

小説家でも、これだけ想像力豊かな人いないでしょ。




また「これまで言語化してこなかった感情」を目覚めさせてくれる能力もすごい。
「ない場合は」も、聞くと変な気持ちになる言葉だ。
 料理番組で、おいしそうなものを作っている。唾をわかせながら見ていると、材料に「花椒」とか「XO醤」とか、普通の家庭になさそうなものが出てくる。がっかりしかけると、「もしない場合は入れなくても結構です」などと言ったりする。それを聞いた時に胸にわきあがる気持ちは、一言でうまく説明できない。まず、え、入れなくてもいいの、という拍子抜けの気持ち。それから、本来なら入れるべき材料を「なくてもいい」とする英断へのそこはかとない尊敬。それと、「どうせ入れても入れなくてもお前ら素人には変わるまい」と甘く見られたような、子供向けにやさしくアレンジされたシェイクスピア劇を見せられたような、淡い屈辱感。そういうものがないまぜになって、なんだかひどくモヤモヤする。
ああ、わかる。
この文章を読むと「ぼくもそう思ってたんだ!」と言いたくなってしまう。そんなこと一度も考えたことないのに
でも、この気持ちの一パーセントぐらいはぼくの心にもあった。ぼくはそれを見逃していた。だが岸本氏はそのひとしずくのひっかかりを丁寧にすくいあげて、こうやって文章にしてくれる。おかげでぼくは気づく。そうか、ぼくはこう思ってたのか。屈辱感を味わっていたのか。

これを知ってしまったらもう知らなかった頃には戻れない。今後「ない場合は」と聞くたびに、甘く見られたような気持ちになる。
自分でも気づいてなかった感情を強制的に引き出させる文章。
ああ、こんな文章書きてえなあ。


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