2018年8月16日木曜日

【読書感想文】日本の農産物は安全だと思っていた/高野 誠鮮・木村 秋則『日本農業再生論 』

このエントリーをはてなブックマークに追加

『日本農業再生論
「自然栽培」革命で日本は世界一になる!』

高野 誠鮮  木村 秋則

内容(e-honより)
東京オリンピックに自然栽培の食材を!農産物輸出大国の切り札、ここにあり!「奇跡のリンゴ」を作った男・木村秋則と、「ローマ法王に米を食べさせた男」・高野誠鮮の二人が、往復書簡のやりとりで日本の農業の未来を語り尽くした刺激的対論集!

木村秋則さんについて書かれた『奇跡のリンゴ』も高野誠鮮さんが書いた『ローマ法王に米を食べさせた男』もめちゃくちゃおもしろかった。どちらもぼくが2017年に読んだ本の中でトップ10に入るぐらい刺激的だった。
そんなふたりの対論(往復書簡のような感じで交互に自論を展開していく)なんだからおもしろくないわけがない。正直言って『奇跡のリンゴ』や『ローマ法王に~』の焼き直しの記述も多かったのでその二作を読んでいたぼくにとっては退屈だったけど、それ以外はおもしろかった。

日本の農業の置かれている状況とこれから進んでゆく道を、世界ではじめてリンゴの自然栽培に成功させた人と、限界集落を救ったスーパー公務員が指し示している。
ふたりともすごく前向きな人なので「なるほど、そのとおりにしたら日本の農業の将来は明るいな!」という気になる。
ぼくは素人なのでじっさいに農業をやっている人からすると「そんなかんたんにいくもんか」と言いたくなるんだろうけど、でも不可能といわれていることを可能にしたふたりが言うんだからふしぎな説得力がある。



日本の農産物は安全だと思っていた。
外国の農業は農薬たっぷりの大規模農業、日本は厳しい規制下で安全な野菜や果物を作っているのだと。
ところがどうもそうではないらしい。日本の農産物だからって安全ではない、むしろ諸外国に比べてはるかに安全性に劣るものが売られている状況もあるのだと。
 日本は、農薬の使用量がとりわけ高い。平成22(2010)年までのデータによると上から中国、日本、韓国、オランダ、イタリア、フランスの順で、単位面積あたりの農薬使用量は、アメリカの約7倍もあります。
 残留農薬のある野菜を食べ続けると体内に蓄積されていって、めまいや吐き気、皮膚のかぶれや発熱を引き起こすなど、人体に悪影響を及ぼすとされています。
 日本の食材は世界から見ると信頼度は非常に低く、下の下、問題外。
 もう日本人だけなの。日本の食材が安全だと思っているのは。
 ヨーロッパの知り合いから聞いた話ですが、日本に渡航する際、このようなパンフレットを渡されたそうです。「日本へ旅行する皆さんへ。日本は農薬の使用量が極めて多いので、旅行した際にはできるだけ野菜を食べないようにしてください。あなたの健康を害するおそれがあります」
日本が製造分野では没落したってことは最近ようやく受け入れられるようになってきたけど(まだ受け入れていない人もいるけど)、農業分野では世界最高峰だと思っている人も多いんじゃないだろうか。ぼくもそうだった。

そうか、日本の農産物っていいものではないのか。当然質の高いものはあるんだろうが、悪いものをはじく仕組みが整備されていないようだ。
それは個々の農家の責任というより、日本政府やJAのせいなんだろうけど。

知らなきゃよかった、とすら思う。国産野菜をありがたがって幸せに暮らせたのに。いやそれって幸せなんだろうか。



アメリカの種苗会社であるモンサント社の名前が出てくる。
堤未果『(株)貧困大国アメリカ』でも書かれていた。世界中の農業を牛耳ってるとも言われている会社だ。
ここが遺伝子改良によって作った、作物の形や大きさが均一になるF1種という種や、種子を作らない一代限りの種。それが世界中で使われている。世界中で均一のものが食べられているということは何かがあったときに一斉に問題が起こるということだし、一代限りで種をつけないということは農家は毎年モンサント社から種子を買わないといけないということだ。もしも買えなくなったら翌年からは作物を作れないわけだから言われるがままにせざるをえなくなる。

工業製品ならともかく、農産物は「急にすべて作れなくなりました」ってわけにはいかないものだから、たとえ高かったり不便だったりしてもリスク分散しておかないといけないと思うんだけどね。国の施策として。



今の農業は、ほとんど農薬と化学肥料の上に成り立っている。だけどそれはチャンスなんだと木村さんも高野さんも書いている。
日本が世界に先駆けて自然農法を確立して「日本の農産物は安全」というイメージを世界中に知らしめることができればTPPにも勝てるし経済にも大きな貢献ができると。

そのために高野さんは政治家にも働きかけをしている。ただ、そこに出てくる名前は地方創生担当大臣だった石破茂氏や首相夫人だった安倍昭恵氏。うーん、数年前なら良かったんだろうけど、今や石破さんは党内でも冷や飯を食わされて、安倍昭恵氏にいたっては交流があることがマイナスイメージにしかならない人になっちゃったしな……。つくづく高野さんも近づく政治家の引きが悪いな。

だけど、そうじゃなくても日本が国を挙げて自然農法に力を入れていくかっていったらむずかしいとぼくは思うなあ。
なぜなら「日本は工業化で成功した」という成功体験があるから。個人も国家も、半端な成功体験があるとそれを捨てて新しいことにチャレンジできなくなっちゃうんだよね。トップ企業がいつまでもトップでいられない理由がそこにある。
日本は時代遅れになったガソリン自動車産業を守ろうとして国家ごと没落してゆくような気がしてならない。アメリカもちょっとそうなってるし。
何も失うものがない状態だったら「よっしゃこれからは自然農法だ!」ってこともできるんだろうけどね。

でもこんな水を差すようなことばかり書いていたら、「可能性の無視は最大の悪策」とくりかえし書いている高野さんに怒られそうなのでやめとこう。なんとかなる、いや、なんとかできるでしょう。そう信じたい。



木村さんがこんな話を書いている。
 仲間を増やすと言えば、以前、少年院で農業指導をしたことがありました。12歳以上16歳未満の子どもたちがいる初等少年院です。
 少年院では子どもたちに革加工品などを作らせているけれど、今はあまり売れないそうです。少年院を出ると自動車の修理工場で働くことを希望する子どもたちが多いけれど、彼らを受け入れるところがあまりないし、工場に行ったら行ったで周囲の冷たい目で、1ヵ月もてばいいほうだって。
 けれど農業は基本的に個人経営です。ならば農業をやってみるのはどうかと院長さんが思いついて、私に声がかかったんですよ。
これ、すごくいいと思う。
ぼくは今のところ少年院にも刑務所にも入ったことないけど、刑務所での作業ってすごく時代遅れだと聞く。何十年も前のやり方で椅子や机を作っていたりとか。そんなもの外の世界に出て働くのに何の役にも立たない。せいぜい日曜大工ができるようになるぐらいだ。
かといって刑務所内でパソコンを教えるというのもむずかしいだろう。まず数学から教えないといけなかったりするし。
元受刑者がちゃんとした仕事につけなければ再犯に走る可能性が高まるわけで、それは受刑者当人にとっても社会にとっても良くない。

その点、農業、それも自然農法は刑務所内で習得するスキルとして適している。
自然農法だったら基本的に何十年たっても根幹は変わらないので知識や技術が古くなりにくい。土地さえあれば他人に雇ってもらわなくてもできる。土地は休耕地がたくさんある。
少年院や刑務所から出た人がこれから世界の農業を牽引する(かもしれない)自然農法をやるというのは、「成功体験がある人ほど新しいことにチャレンジしにくい」の真反対なのですごく相性がいいんじゃないだろうか。

あとは他の農家から村八分にされないかだけど、それがいちばんむずかしそうだな……。


【関連記事】

驚異の行動力をもった公務員/高野 誠鮮『ローマ法王に米を食べさせた男』【読書感想】

ニュートンやダーウィンと並べてもいい人/『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』【読書感想】



 その他の読書感想文はこちら



このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿