2017年11月9日木曜日

驚異の行動力をもった公務員/高野 誠鮮『ローマ法王に米を食べさせた男』【読書感想】

このエントリーをはてなブックマークに追加

『ローマ法王に米を食べさせた男
過疎の村を救ったスーパー公務員は何をしたか?』

高野 誠鮮

内容(e-honより)
北陸・能登半島の西端に位置する石川県羽咋(はくい)市は、かつて「UFOの里」として町おこしに成功し、NASA特別協力施設の宇宙科学博物館「コスモアイル羽咋」開設等で話題を呼んだ。その仕掛け人が、科学ジャーナリスト、テレビの企画・構成作家を経て帰郷し、羽咋市役所の臨時職員となった高野誠鮮氏だ。正職員に昇格した同氏はその後、過疎高齢化で「限界集落」に陥った農村を含む神子原(みこはら)地区の再生プロジェクトに取り組む。年間予算わずか60万円ながら、数々のユニークなアイディアにより、4年間で若者の誘致や農家の高収入化に成功した。本書では、「スーパー公務員」と呼ばれた高野氏自らが、プロジェクト成功までの経緯、方法、考え方等を公開。その後の取り組みも含め、地方創生のあり方に一石を投じている。著者は現在羽咋市教育委員会文化財室長。

おもしろかった!
過疎化・超高齢化が進む石川県羽咋市の神子原地区を「UFOの里」「ローマ法王が食べた米の生産地」として有名にした市職員の話。

書かれている話題は大きく三つ。
「どうやって神子原地区の農業の収益を高めたか」「UFOを使っての町おこし」「無農薬栽培でTPPに勝つ」
最後の無農薬栽培のあたりは『奇跡のリンゴ』を読んでいたので(感想はこちら)より理解しやすくておもしろかった。併せておすすめ。

この人の話はおもしろすぎるので話半分に聞かないといけないが、それにしてもこの行動力には驚嘆。

 神子原を英語に訳すと、
「the  highlands  where  the  son  of  God  dwells」
 になる。「サン・オブ・ゴッド」は「神の子」、神の子といえば有名なのはイエス・キリストではないか。すると神子原は、キリストが住まう高原としか翻訳できないんです!
 ならば、キリスト教で最大の影響力がある人は誰か? 全世界で11億人を超える信者数がいるカトリックの最高指導者であるローマ法王(教皇)しかいない。けれどローマ法王ベネディクト16世(当時)はドイツの出身、ふだんからお米を食べているか? いいえ、そんなこと考えるまでもありません。食べてもらうんです、食べてもらうよう説得するんです! 善は急げです。すぐに手紙を出しました。
「山の清水だけを使って作った米がありますが、召し上がっていただく可能性は1%もないですか」

こんなでたらめな思いつきで行動してしまうのだから(そしてほんとにローマ法王に食べてもらえるのだから)すごい。
これを読むと、自分がいかに想像力にふたをして生きているかがわかる。ふつうはどっかでブレーキをかけちゃうと思うんだよね。「神子原だからキリスト教だなんてこじつけもいいところだ」「ローマ法王が食べてくれるわけがない」「食べてくれたとしてもだからといって米が売れるとはかぎらない」って。
でもやったことといえばローマ法王宛てに手紙を出しただけ。失敗したって損するのは切手代数百円だけ。成功すれば大きなリターンが得られる。って考えたら断然やったほうが得なんだけど、でもふつうは"良識"がじゃましちゃってできないよね。

これができたのはこの人が裁量を持って仕事をしていたからで、上司が「犯罪以外なら何をやってもおれが責任をとる」って言ってくれたからだよね。
公務員でも大企業でも意思決定に多くの人が関わるほど、奇想天外な思いつきは排除されてしまう。
「組織内の事前確認」ってほぼマイナスにしかならないよね。ぼくも「組織内でお伺いを立てて確認をとって報告する」という業務の多さに嫌気がさして仕事を辞めたことがある。すごく手間がかかるわりに何も生みださない業務だからね。結果、前例と同じことだけやるのがいちばん楽ってなっちゃうし。


あとさ。
「山の清水だけを使って作った米がありますが、召し上がっていただく可能性は1%もないですか」
この訊き方、うまいよね。
ローマ法王に手紙を出しても読むのはたぶん法王本人じゃなくてお付きの人。「召し上がっていただけないですか?」だったら「いやーたぶん無理だと思いますわー」ってなるだろうけど、「召し上がっていただく可能性は1%もないですか」だと「1%もと言われると、確認とってみないとわかりません」になるもんね。で、確認をとってみたら案外いけたり。


高野誠鮮さんってほんとにすごい人なんだけど、でも実際、同僚だったらやりづらそうだなあ。どんどん突っ走っちゃうもんね。
きっと敵も多かったんだろうなあ。出る杭は打たれるから。
組織には出る杭も必要だよね。
もっとも、すごい人が出る杭だからといって、出る杭がすごい人とはかぎらないけどね。

公務員って守旧派ってイメージがあるけど、でもほんとは公務員こそどんどん挑戦するべきだよね。
失敗したってクビにはならないし、倒産するわけでもないし。
世の中には公務員が一円でも無駄にしたら烈火のごとく怒る人がいるけど、もうちょっと寛容でもええんじゃないかな。どうせ何百兆円もの借金抱えてる国なんだから。

失敗を繰り返さないと成功事例は作れないし、それを民の代わりに公がやってくれると思ったらありがたい。良くないのは、新しいことをやって失敗した人じゃなくて、失敗しているものをそのまま続ける人だと思う。年金制度とか。



 なぜ、神子原地区のコシヒカリはおいしいのか?
 ここは碁石ヶ峰の標高150mから400mの急峻な傾斜地にあるので、山間地特有の昼夜の寒暖差が激しいことから稲が鍛えられるのです。冬は2m以上も雪が積もる豪雪地帯なので、豊富な雪解け水の清流によって育てられているからです。他の農地のように生活雑排水が混じった川から水を引き入れていません。特定された棚田での収穫量は700俵と少なく、平野と比べると65%しか穫れません。これは化学肥料などを使って無理に増産していないということです。1反(10a)で10俵以上穫っている田んぼがよそには多くありますが、そこのお米はおいしくない。化学肥料を多く使って増産させた米で、おいしいものに出会ったためしがありません。

マイナス点も見方を変えれば長所になるって話があるけど、これなんかまさにその例だよね。

過疎(=マイナス)だから川の水がきれい(=プラス)。
多く獲ろうとしていない(=マイナス)だから米がおいしい(=プラス)。
非効率な方法で栽培している(=マイナス)だから稀少(=プラス)。

こういうのって内部にいる人にはなかなかわからないんだよねえ。

そもそも高野さんが思い切った改革を断行できたのも過疎化しきった神子原地区だったからできたわけで、これが「東京都の行政改革」とかだったらとてもこんな身軽に動けなかっただろうから、それだけでも「人が少ない」ってのは大きな強みだね。

一人の人がやれること、手に入れられる情報ってのは昔よりはるかに大きくなってるから、今後はどんどん「物量作戦」よりも「小回り・スピード」のほうが大事になってくるに違いない。
これから先、大企業はどんどんつぶれていって、中小企業や個人経営が席巻する時代になってくると思うな。



最後に、おもしろかったエピソードをひとつ。

 東京の田園調布から電話があった時には絶対売りませんでした。白金の人にも売らない。成城や目白の人にも売らなかった。全部で60件近く断りました。高級富裕住宅街から電話があった時は、「先日まではございましたが、たった今、売り切れました」と答えるようにしたんです。
「行きつけのデパートにお問い合わせされてはいかがでしょうか。ひょっとするとあるかもしれません」
 と。でも、ないですよ。私たち、デパートと取り引きしていないですから。
 何をしたかったかといったら、神子原米を高級デパートの食料品売り場に置いてほしかったんです。デパートが弱いのは富裕層なんです。私たちがお断りした客は、そのような人々です。だからおそらく贔屓のデパートに問い合わせて、「なぜ神子原米を置かないの?」と聞くはずです。すると大切なお得意様からの要望だから、デパートは置こうとする──。
 つまり、物を売りたい時には売らないことが、売る方法なんだということです。

おもしろすぎるのでどこまでホンマかわかんないけど、高野さんはストーリーを作るのがうまい人だねえ。
売りこみにいくのではなく、買いにこさせる。

これはマーケティングを仕事にしているものとしては勉強になるなあ……。


【関連記事】

『奇跡のリンゴ 「絶対不可能」を覆した農家 木村秋則の記録』




 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿