2018年8月2日木曜日

【読書感想文】きもくて不愉快でおもしろい小説 / 矢部 嵩『魔女の子供はやってこない』

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『魔女の子供はやってこない』

矢部 嵩

内容(e-honより)
小学生の夏子はある日「六〇六号室まで届けてください。お礼します。魔女」と書かれたへんてこなステッキを拾う。半信半疑で友達5人と部屋を訪ねるが、調子外れな魔女の暴走と勘違いで、あっさり2人が銃殺&毒殺されてしまい、夏子達はパニック状態に。反省したらしい魔女は、お詫びに「魔法で生き返してあげる」と提案するが―。日常が歪み、世界が反転する。夏子と魔女が繰り広げる、吐くほどキュートな暗黒系童話。

ライトノベルっぽい表紙でふだんならぜったいに買わない本なんだけど、角川ホラー文庫というレーベルとクレイジーなあらすじに惹かれて読んでみた。

安易にこういう言葉を使いたくないんだけど、この人は奇才だ。どうやったらこんな小説が書けるんだ。よくぞこの人に文学賞を与えてデビューさせたな。まったくもってどうかしている。
文章めちゃくちゃだし内容はグロテスクだしストーリーは不愉快だし、なのにおもしろい。もう一度書く。まったくもってどうかしている。

主人公の女の子と魔女の友情を描いた短篇集。というとほんわかした話っぽいけど、人はばたばた死ぬし口汚い罵倒が並ぶし虫はぐちゃぐちゃつぶれる。表紙で買った人は後悔してるだろう。でもそのうち一割ぐらいは当たりを引いたと思ってくれるだろう。
この小説はどういうジャンルにあてはまるだろうかと考えてみたけどくくれない。ホラーとファンタジーとミステリと児童文学と青春文学をぐちゃぐちゃっと混ぜて、それぞれの気持ち悪いところだけを取りだしたような小説だ。いろんな種類の不快感が味わえる。嫌な気持ちになりたい人にとってはとってもお得だ。

序盤はグロテスクが強め、二篇目で急に児童ファンタジーみたいな展開になってやや退屈さを感じたのだが、四篇目の『魔法少女粉と煙』あたりからひきこまれた。
読んでいるだけでめちゃくちゃ痒くなる執拗な痒みの描写、安心させといてラストで急ハンドルを切る気味の悪いオチ。見事なホラーだった。

特に秀逸だったのは『魔法少女帰れない家』。
主人公が仲良くなったすてきな奥さん(奥という苗字の奥さん)。剣道が強い高校生の娘とかっこいい大学生の息子とペットと暮らす、絵を描くのが好きな奥さん。彼女が友だちの結婚式に行きたいというので魔法で一週間奥さんの代わりをすることになるが……という内容。

ほのぼのした導入から家庭の地獄のような裏側が露わになり、そして苦労を乗りこえた先にある後味最悪なラスト。
うへえ。嫌な小説だあ。この嫌さがたまらない。さりげない伏線の張り方も見事。
感情を激しく揺さぶってくれるいい短篇だった。万人におすすめしないけどね。



すっごくクセのある文章なんだけど、読んでいるうちにああこれは女子小学生の文章なんだと気づく。
 十回建てのげろマンションは壁に当たる夕陽が眩しく、書き忘れたみたいに輪郭線が飛んでいました。見上げると壁は傾いて見えて、角度のきつい遠近法でした。
こういう変な文章が続くのではじめは読みづらいが慣れてくるとこれすらも楽しくなってくる。
女子小学生の気持ちってこんなんかもしれない。女子小学生の語りを聴いているような気分になる。ぼくは女子小学生だったことはないので(そしてたぶんこれから先も女子小学生になることはないだろう)想像でしかないけど。

作品中の時間が経過して主人公が成長するにつれて文章がだんだんこぎれいになってくるのがちょっとさびしい。我が子の成長を感じてうれしいと同時に一抹の疎外感も感じるときの気持ちに似ている。
 小さい頃願ったものになることは難しいと思う。思い描くようには何事もいかないし、した想像より出来なかったそれがいつでも自分を待ち構えていた。願いと私ともそう仲良しということはなく、叶わなかった願いもあれば、願わず叶った自分もあった。
 意志の話をそれでもしてきたのは、それが畢竟人間相手の通貨になるからで、夢見る夢子と夢の話をしていて愉快というだけだった。壁と話す日使い出のある言葉とも思わなかったし、正しい方向を示したこともなかった。願いも別に口にすることはないわけで、お喋りの間にした後悔は幾つもあった筈だった。
こういうヘンテコな文章が、慣れてくるにつれていい文章のように思えてくるからふしぎだ。日本語の体をなしていないのになんとなく意味がつかめて味わい深く思えてくる。

「変わった小説が読みたい」という人にはおすすめしたい一冊。そうじゃない人には勧めません。


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