2021年3月24日水曜日

【読書感想文】人生に必要な何もしない期間 / 工藤 啓 西田 亮介『無業社会』

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無業社会

働くことができない若者たちの未来

工藤 啓  西田 亮介

内容(e-honより)
15~39歳で、学校に通わず、仕事もしていない「若年無業者」2333人のデータから見える本当の姿とは。現場を知るNPO代表と気鋭の社会学者によるミクロとマクロ双方の現状認識と衝撃の未来予測、いま打つべき方策を解き明かす!


 データとインタビューを通して、仕事に就いていない若者(といっても30代まで含む)の状況についてまとめた本。2014年刊行なので少し内容が古いが。



 ぼく自身、かつては無業の若者だった。新卒で就職した会社をすぐに辞めた。
 一応表向きの理由は「体調不良」ということにしていた(実際、微熱が続いた)が、じっさいは「働きたくなかった」が最大の理由だった。

 学生時代、愚かにも「なにかしらの分野でぼくの才能が世に認められて若くしてクリエイティブな仕事につく」とおもっていたので(もちろん何の行動も起こさないまま)、就活自体がすごくイヤだった。
 けれど大学院進学をする気はなかったので就活をしないわけにもいかない。親の金で四年生大学を出て「フリーターでもやるわ」というわけにもいかず、嫌々就活をした。そんな態度が透けて見えたのだろう、コミュニケーションが得意でなかったこともあり、受けた会社はことごとく不採用だった(というよりえり好みをしてそもそもあまりエントリーしなかった)。
 自慢じゃないが、いや自慢だが、かなりの高学歴なのにことごとく落とされたのだから(実際書類では落とされたことはほぼなかった)よっぽど面接がひどかったのだろう。

「才能あふれる自分」という自己イメージと、「就活市場でまったく評価されない自分」のギャップに苦しみ、最初に内定をもらった会社にとびついた。今おもうとその会社に行きたかったわけではなく、就活を終わらせたかっただけだった。

 そんなわけで、入社した会社でうまくいくわけもなく。おまけにその会社はかなりのブラック企業で、日付が変わるまでの残業があたりまえ、給与も事前に聞いていた条件とちがい、社長はパワハラ体質。なにもかもがいやになって、体調が悪くなったのを「いい口実ができた」とばかりに退職した。


 それから一年ばかりは実家で何もせずに過ごした。ほんとに何もしなかった。
 月一ぐらいで通院はしていたが、それほど体調が悪いわけでもなかったので、同じく無職の友人とサッカーをしたり、プールで泳いだり、朝からマラソンをしたり、体調不良を理由に無職になったくせにやたら健康的な日々を送っていた。

 はじめは「体調不良!? 大丈夫? ゆっくり休んで治しなさい」と心配していた両親も、息子が頻繁に遊びに行っているのを見て、「もう働けるでしょ」とプレッシャーをかけてくる。
 仕方なく書店でバイトをはじめ、一年ぐらいして「正社員にならないか」と声をかけられた。「まあだめだったらまたフリーターか無職に戻ればいいや」と正社員になり、それから二回転職はしたが十数年間なんとか正社員として働いている。運よく無職を脱出したわけだ。
 ほんとうに運がよかった。あのときバイトをしていなかったら、あのとき正社員採用の声をかけてもらえなかったら、今も無職(またはフリーター)だったかもしれない。自分の意思というより、なりゆきで無職を脱出しただけだ。


 今にしておもうと「就職なんてもっと気軽に考えればいいのに」とか「だめだったらすぐ転職すればいい。さほどブラックじゃない会社なんていくらでもある」とか「会社との相性なんて入ってみないとわからないんだから、すぐ辞めたっていい」とか「『新卒で少なくとも三年は続けないと次がない』とかあれ完全にウソだから」とかわかるんだけど、当時は就職って一世一代の大勝負だったんだよなあ。まだ終身雇用制というフィクションがぎりぎり信じられていた時代だったし。

 無職だった期間はたしかに何も生まなかったけど、あれはたしかにぼくにとっては必要な期間だった。あのときのぼくは、どの会社に入社していたとしても、きっとすぐに辞めていただろう。
 そこそこ経済的に恵まれた実家を持ち、自分の能力を過信していたぼくが働けるようになるには、「無職のつらさ」を一定期間味わう必要があったのだ



 若い人が無職でいることは、損だ。
 当人や家族にとってはもちろん、国全体にとっても。
 ずっと仕事をせずに将来生活保護を受けるのと、働いて毎年税金を納めてくれるのでは、国家の財政にとって、ひとりにつき数億円の違いがある。
 ということは、無職でいる若者を職場復帰させるためなら一人につき一億円かけても(長期的には)損じゃないということだ。どんどん税金を使って救済したほうがいい。

「働け。やる気になればなんでもできる。選ばなければ仕事なんていくらでもある」と口を出して金を出さないのは馬鹿のやることだ。言う側がすっきりするだけだ。
 「無職期間の長い人を○年以上雇用した会社には五百万円の助成金をあげます」とかやったほうがいい。安いもんだ。(そうすると助成金欲しさのブラック企業が数年雇ってその後はひどい扱いをして切り捨てたりするだろうからそんな単純な話ではないだろうが)

 ところが、政府の就業支援は貧弱だ。まるで目先の収支しか考えていないかのように。
 就業支援は、「個人の責任」「家族の支援」に依存している部分が大きい。自助、共助が好きで公助が嫌いなこの国らしい。

 日本は、家族を最小単位として捉え、個人の状況は個人のものとしてみることが少ない。欧州の支援者に聞くと、若者が困窮している状況にあれば、親がどれほど経済的に恵まれていても、若者は必要な支援を受けることができるという。家庭の所得や親子間の関係性に左右されない支援の枠組みが整っている。
 彼の事例を見る限りにおいて、私たち個人がどのような状態になっても最低限の住環境が保証されるセーフティネットが張られていないことそのものが社会的なリスクではないだろうか。

 最近も生活保護受給にあたり、親戚の経済状況を確認するかどうかが話題になっていたが、大人の生活を考えるのに「実家にお金があるか」なんてまったく考える必要がないよね。みんながみんな実家に頼れるわけじゃないし。

 働けない若者を支援するのは、国のためにもなるんだからどんどん支援したらいい。


 この本の筆者の一人でもある、NPO法人育て上げネットの理事長、工藤啓は、「日本の公的機関には、青年や若者を専門に担当する部署がなかった」と指摘してきた。
 社会経済的状況の変化のなかで、半ば場当たり的に、支援対象を拡充してきたものの、日本の場合、長く日本型経営のような珍しい大量採用の習慣に支えられたこともあって、若年世代は失業率も低く、主要な弱者として認識しにくい存在であった。
 そのため、顕著な支援対象として認知されておらず、支援に特化した担当課も存在しなかったのだ。
 若年無業に関する言説が顕著に増加したのは、2000年代以後のことである。非正規雇用の増加や「ひきこもり」や「ニート」という言葉をメディアで目にする機会も増えていった。また経済状況の低迷の煽りを受けて、若年世代の失業率や非正規雇用率もじわりと上昇するようになった。2010年代に入って、若年世代の非正規雇用率は3割を超えるようになっている。

 さすがに昔ほどではないが、やっぱり今でも「働かないのは甘え。仕事なんて選ばなければいくらでもある」論が幅を利かせてるもんね。そりゃあ「命や精神を削る仕事でも、ギリギリ食っていけるぐらいの収入しかない仕事でもいいから働きたい」ってんなら仕事はあるけどさ。それって「その気になれば土でも石でも食える」ってのと同じぐらいの暴論だよね。
 いい暮らしをするために働くのに、働くためにいい暮らしを捨ててどうすんだよ。


 ぼくは無職として過ごした時間があったおかげで、今はそれなりに働いて子育てもして、人並みに暮らしている。無職だった時間はぼくにとって必要な時間だった。

 赤ちゃんの時期は何も生みださないし周囲の手も煩わせるけど、赤ちゃんの時期をすっとばしていきなり大人になれるわけじゃない。大きくなるために必要な期間だ。
 同じように、ある人たちにとっては「何もしない期間」も人生において必ず必要な期間だという認識が広まってくれればいいな。

 運よく何もしない期間を経ずに社会人になれた人にはなかなか理解されないんだけど。


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6 件のコメント:

  1. はじめましてほりーと申します。わりと犬犬さんと新卒で似たような状況で療養しています。
    質問したい事があるのですが、質問は受け付けていらっしゃいますか?

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    1. めちゃくちゃ返信遅くなりましたが質問は受け付けています!
      ここでも、Twitter( @dogdogfactory )でも。

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    2. すいませんプライベートな質問になってしまうのですが、クリエイティブな仕事につかれているのでしょうか?今後の就活の参考にしたくて。

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    3. Webマーケティングの仕事をしています。
      ちょっとしたバナーをつくったりはしますがクリエイティブではないです。
      主にパソコンに向かって数字を動かしたりしています。華やかな仕事ではないですが私の性にはあってます。

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    4. 返信ありがとうございます。そうなんですね。参考になりました。

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  2. このコメントはブログの管理者によって削除されました。

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