ノンタン テッテケむしむし
キヨノサチコ
ノンタンシリーズを知っているだろうか。子育てをしていたら一度は目にしたことがあるはず。
今調べたら、『ノンタンぶらんこのせて』は267万部、『ノンタンおやすみなさい』は249万部を発行しているらしい。ノンタンシリーズは40冊ぐらいあるから、全部あわせたら数千万は売っているだろう。
ちなみにぼくが子どものときにもノンタン絵本を読んでいた。第1作『ノンタン ぶらんこのせて』は1976年に刊行。40年以上たってもまだトップクラスを走っている超ロングセラー絵本だ。
うちの二歳の娘もノンタンシリーズが大好きだ。毎晩読まされる。それも何度も。
『ノンタンおやすみなさい』はすっかりおぼえてしまって、まだ字も読めないのに「うさぎさん、あーそーぼー」と声に出して読んでいる。
ノンタンシリーズが人気なのは、子どもだけでなく、親からの支持も得ているからだろう。
ノンタンシリーズはすべて教訓を含んでいる。『ノンタンぶらんこのせて』は順番交代で使うことの大事さを、『ノンタンおやすみなさい』は夜は遊ばずに寝ることを、『ノンタン おしっこ しーしー』はトイレのトレーニングをすることを教えてくれる。
だが決して説教くさくはない。子どもたちはノンタンと同じ気持ちになって、自然に生活に必要なことを学べる。
絵本の最後に著者のコメントが書いてあるが、それを読むと著者のキヨノサチコさんが子育てで直面した問題を『ノンタン』で表現していることがよくわかる。
だからこそ、多くの親が『ノンタン』シリーズに助けられている。
そんなノンタンシリーズ最大の異色作が『ノンタン テッテケむしむし』だ。
まず表紙をめくると、真っ赤なエレキギターの写真が目にとびこんでくる。
他の作品だと、ここはノンタンやうさぎさんのイラストのみ。写真があるのは、ぼくが知るかぎりでは『テッテケむしむし』だけだ。
内容も、他のノンタンシリーズとは毛色がちがう。
ノンタンがくまさんやたぬきさんといっしょにギターを弾いている。ぶたさんはドラム、うさぎさんはボーカル。なんとロックバンドを組んでいるのだ。
みんなは他のメンバーにあわせて弾くが、ノンタンだけ自分の弾きたいように弾く。
他のメンバーから文句を言われ、ノンタンはほらあなの中に入ってひとりで好きなように演奏をする。すると「テッテケむしむし」という不気味な虫がノンタンのまわりに集まってくる。ノンタンはぶたさんやうさぎさんに助けを求め、みんなで音をそろえて演奏することでテッテケむしむしをやっつけることができた……。
テーマは「他の人にあわせてギターを弾くことの重要性」だろう。あまり絵本では見ないテーマだ。しかもたいこやタンバリンではなくギター。小さい子が弾く楽器としてはまったくポピュラーでない。
「おしっこ しーしー」とか「おねしょでしょん」とか「あわ ぷくぷく ぷぷぷう」とか言ってたノンタンが、真っ赤なギターをかき鳴らしているのだ。
はじめて見たときは驚いた。これはノンタンのパロディ作品なのか? とおもったぐらいだ。
さらにテッテケむしむしの描写。みんなで音をあわせて演奏することでテッテケむしむしを撃退するのだが、テッテケむしむしはなんと「はれつ」してしまうのだ。
「パチン!パチン!」と音を立てて破裂する虫。なんともグロテスクな表現だ。
テッテケむしむしは、ノンタンのでたらめな演奏に引き寄せられていただけで何も悪いことをしていないのに……。
正直、子ども向けとはおもえない。
出版社のサイトによると「対象年齢:3・4歳から」とのことだが、「周りの音にあわせてギターを弾く」なんてほとんどの4歳児には不可能だろう。
想像するに、『ノンタン テッテケむしむし』は高校生ぐらいの子どもに向けて描かれた絵本なんじゃないだろうか。
シリーズ第一作の刊行が1976年。『ノンタン テッテケむしむし』の刊行は1997年。
一作目が描かれたときに赤ちゃんだった子がもう立派な大人になっている年月が経っている(弟か妹がいたとしても高校生にはなっているだろう)。
ロックミュージシャンになるといってバンドをはじめた息子。しかしどのバンドも長続きしない。音楽性がちがうといって衝突・解散をくりかえしてばかり。もう二十歳だというのに、デビューどころか半年以上ひとつのバンドが続いたこともない。
心配したおかあさんは、息子のために得意の絵本を描く。
「いい? このノンタンがあなた。バンドのメンバーがくまさんやぶたさんやうさぎさん。あなたは自分の好きな音楽ばかりやりたがって、くまさんやぶたさんの言うことに耳を貸さない。そんなこと言ってると、テッテケむしむしがやってきて……」
「うるせえババア。おれはもう二十歳なんだよ! ノンタンといっしょにすんじゃねえよ」
「どうしてそんなこと言うの。あなたちっちゃいときは『ノンタン あわ ぷくぷく ぷぷぷう』を読んで喜んでお風呂に入ってくれたじゃない」
「ノンタンなんてロックじゃねえんだよ!」
「そんなことないわよ。ほら、表紙の裏にあなたのギターの写真も載せてもらったし……」
「勝手なことすんじゃねえよ!」
たぶん、著者と息子の間にそんなやりとりがあったんだろうな。想像だけど。
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