甲「やってみたい商売があってさ」
乙「なに?」
甲「一輪車屋」
乙「一輪車屋? えっと……。自転車屋じゃなくて?」
甲「自転車屋じゃなくて」
乙「えー……。聞きたいことはいろいろあるけど……やっぱ最初はこれだろうな……。
なんで?」
甲「なんでって言われても。なりたいからなりたいとしか言いようがないよ」
乙「うそ。そんなはずないでしょ。理由があるでしょ」
甲「じゃあさ。将来の夢はお笑い芸人ですっていう子がいるとするじゃん。その子になんでお笑い芸人になりたいのって訊いたら、一応それらしい答えは返ってくるとおもうんだよ。人を楽しませたいからとか、楽しそうだからとか。でもさ、お笑い芸人にならなくても人を楽しませられるし楽しく生きられるわけでしょ。だからほんとうのところは『お笑い芸人になりたいからお笑い芸人になりたい』だとおもうんだよね。理由なんて後付けでさ」
乙「うーん……まあそうかもしれない」
甲「でしょ。プロ野球選手になりたいとか保育園の先生になりたいとかいろいろあるけど、結局は『なりたいからなりたい』でしょ。突き詰めて考えれば」
乙「まあわかるような気もする……」
甲「だから、おれは一輪車屋になりたいからなりたいの」
乙「いや、それはわからない」
甲「なんでよ」
乙「だって……。ないもん、一輪車屋なんて」
甲「ないからチャンスなんじゃないか。まだ誰もやってないからこそ。
おまえさ、自転車を買いたいとおもったらどこへ行く?」
乙「そりゃ自転車屋でしょ」
甲「じゃあ一輪車を買いたいとおもったら?」
乙「えっ……。自転車屋には……売って……ないよな……。スポーツ用品店かな……。いやちがうか……。ホームセンターかな……。ホームセンターで一輪車見たことあったっけ……」
甲「ほらね。みんな一輪車の存在は知ってるのに、それがどこで売られているかは知らないんだよ」
乙「まあたしかに」
甲「だから、一輪車屋があれば便利なわけじゃん。一輪車屋があれば、誰も『一輪車ってどこで買えばいいんだ?』と悩むことはなくなるわけよ。一輪車屋に一輪車が売ってないわけないんだから」
乙「いや、でもさ。おれ、今までの人生で『一輪車ってどこで買えばいいんだ?』っておもったことないよ」
甲「えっ、そうなの」
乙「そうだよ。たいていの人はそうじゃない? それで商売やっていけるの」
甲「まあね。そのへんのことは考えてるよ」
乙「そうなんだ」
甲「自転車屋だって、新品の自転車を売ってるだけじゃないでしょ。自転車の修理とか、グッズの販売とかもしてるわけじゃん。それと同じようにしたらいいとおもってるんだよね」
乙「グッズの販売はわかるよ。ヘルメットとかサポーターとかかな。こけやすいからね。でも一輪車って修理してもらうことある?」
甲「そりゃあるよ。どんなものだっていつかは壊れるんだから」
乙「そりゃそうだろうけどさ。でもさ、自転車は壊れたら修理してもらうじゃない。ないと不便だから。でも一輪車って壊れたらそれまでなんじゃないの? お金払って修理してもらってまで使いつづけようとするかね。だって壊れても不便じゃないもん」
甲「なんでよ。一輪車って生活必需品じゃないの」
乙「ちがうよ。むしろ一輪車って不便を楽しむためのものじゃん。便利とは対極にあるものだよ。どっちかっていったらスポーツ用品に近いでしょ」
甲「じゃあスポーツ用品として打ち出せばいいんだ。一輪車をメジャースポーツにして、ゆくゆくは五輪も目指して」
乙「一輪なのに五輪か……」
甲「とはいえさすがに一輪車屋だけでやっていくのは厳しそうだから、サイドビジネスもはじめたらいいね。おれ、寿司屋でバイトしてたことあるから、寿司屋でもやろうかな」
乙「やだなあ。一輪車の修理してたらぜったい手が真っ黒になるもん。そんな手で握った寿司食いたくないわ」
甲「やっぱり一本でやっていくのは厳しいからね。このふたつのビジネスが軌道に乗れば、車の両輪として安定するはず」
乙「一輪車には軌道もないし両輪がなくても安定するもののはずなんだけどね」
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