犯罪
加賀 乙彦
医学者であり犯罪学者でもある作家による犯罪小説集。
フィクションではあるが実在の事件をモデルにしているらしい。
残忍な連続殺人犯などは登場せず、ごくごくふつうに暮らしていた善良な市民がある日突然殺人、放火、窃盗といった犯罪に手を染める姿を丁寧に描写している。
ぼくは犯罪に手を染めたことが(まだ)ないし、身内にも犯罪者は(たぶん)いないので想像するしかないのだけど、人が犯罪に走るときってこんな感じなんだろうなーというリアリティを感じる。
こないだ河合 幹雄『日本の殺人』という本を読んだ。
それによると、殺人犯の大半は人殺しが好きな凶悪犯などではなく、ごくふつうに生きていた人たちが何かのはずみで手をかけてしまったケースだ。殺すのも家族や顔見知りが大半で、「見ず知らずの人を殺す」というのはニュースで大々的に報道されるから印象に残りやすいがじっさいは例外中の例外なのだという。
この『犯罪』で描かれる事件も、おおむね現実に即している。犯罪とは無縁の生活をしていた人が何かの拍子にかっとなって殺してしまう。
『大狐』という短篇では狐に憑かれたような状態になって人を殺してしまう男が出てくるが、まさに「狐に憑かれた」「魔が差した」としか言いようのない殺人事件はあるんじゃないだろうか。自分でもなぜ殺したのかわからない、というような。
ぼくは人を殺したことはないけど、「あのときなんであんなに怒ったんだろう」「つい乱暴な物言いをしてしまったけど今おもうとぜんぜん大したことじゃなかった」とおもうことがある。たぶん、たまたま寝不足だったとか腹が減ってたとか、原因は些細なことなんだろうけど。
たいていの場合はそれでも「家族に怒鳴ってしまった」ぐらいで済むのだろうが、めぐりあわせが悪ければ人を傷つけたり、あるいは殺してしまうこともあるかもしれない。
「あのときはちょっと言いすぎたな」と「かっとなって殺してしまった」は別次元の話ではなく、地続きのものなのだ。
ほとんどの殺人は、平気で人を殺せる別人種による犯行ではなく、ぼくやあなたのような人たちの失敗なんだおもう。
『犯罪』は犯罪学者が書いたものだけあって、そのへんの書き方がすごく丁寧だ。
また分析も教訓もなく、ただ事実をもとに想像で補いながら淡々と事実と当事者の心境の変化を書いているのも誠実な態度だ。
素人にかぎって「犯罪者の心理」を決めつけるけど、そんなことわかるわけがないんだよね。真実など誰にも(加害者当人にも)わからないんだから。
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