売り渡される食の安全
山田 正彦
堤未果さんの『日本が売られる』『(株)貧困大国アメリカ』、高野誠鮮、木村秋則両氏による『日本農業再生論』などで書かれていたことが、いよいよ現実になろうとしている。
日本の農業が海外の大手企業に売られようとしている。日本政府の手によって。
モンサント社というアメリカの会社があった(今は買収されてバイエルになった)。
グリホサートという農薬を作り、その農薬に耐性を持つ遺伝子組み換え作物などを販売している会社だ。
グリホサートは人体に害をもたらすことがわかり、今は世界各国で使用が厳しく規制されている。また遺伝子組み換え食品も安全性が証明されていないため、遺伝子組み換え食品であることの表示がスーパーやレストランで義務化されている。
が、世界的な流れに逆行するように、グリホサートの仕様基準をゆるめ、遺伝子組み換え食品を販売しやすくしている国がある。日本だ。
『売り渡される食の安全』には、日本の農業が世界の流れに逆行する姿がくりかえし書かれている。
「国家が主導して遺伝子組み換え作物を使わせようとする」
「既存の種を保護するための法律を撤廃し、種子保護のための予算を削減する」
「グリホサートの残留基準を緩和する」
「遺伝子組み換えでないことを表示するための基準を達成不可能なレベルに厳しくして、実質的にすべての食品が表示できなくする」
といった、政府・農水省の動きが紹介されている。
そんなばかな、とおもうだろう。
なぜ日本政府が率先して食の安全を海外に売り渡そうとするのか、と。
そんなことをするはずがないじゃないか、と。
だが、著者(元農林水産大臣)は、政府が食の安全を売り飛ばしている背景をこう分析している。
たとえばアメリカが日本車に高い関税を課すのを避けるために、代わりに農業を差しだしている、と。日本の農業市場を明け渡すことで、工業製品への関税をお目こぼししてもらおうとしているのだと。
これは著者の推測だが、だいたいあっているだろうとぼくもおもう。
たとえば今年(2020年)、日本政策投資銀行が日産自動車へ融資した1800億円のうち、1300億円に政府保証を付けていた。もしも日産自動車が返済不能になっても1300億円は国が補填する、ということだ。税金を使って一企業を保護しているわけだ。
コロナで困っている企業、団体、個人は山ほどいるのに、国が真っ先に保護しているのは自動車メーカーだった。
また、医療機関がひっ迫している中でGoToキャンペーンをやっていることを見れば、ある業種を守るために他の業種を切り捨てることぐらいは今の政府なら平気でやるだろうなとおもう。
海外では厳しく規制されている農薬・遺伝子組み換え食品が日本では積極的に売られている。
とすれば、農薬・遺伝子組み換え作物を作っている企業からすると日本は絶好の狩り場だ。どんどん参入する。
「日本の食べ物は安全」とおもっているのは日本だけで、世界的にはまったく信頼されていないということが『日本農業再生論』にも書かれていた。
農業や水は生命に直結するものなので、経済的な損得だけで判断してはいけない。「半年間農産物の供給がストップしますがつらいのはみんな同じです。がんばって乗りこえていきましょう!」というわけにはいかないからだ。
割高になっても安定的に供給するシステムを守っていかなくてはならない。
だが、ここ十年ほどの日本政府は規制緩和の名のもとにどんどん農業や水や医療といった市場を海外に向けて開放している。
参入が増えれば価格は下がり、一時的に消費者は恩恵を被るだろう。だが万が一の事態に(たとえば世界的大凶作になったときに)資本家たちは「日本市場は利益にならんから手を引くわ」となる可能性がある。
そうならないように種子法を含む様々な法律で(一見不利益に見えても)インフラを守ってきたのだが、その仕組みがどんどん破壊されている。
どう考えても話が逆だ。
自動車は自由競争に任せればいい。日本の自動車が売れないなら代わりの産業を築かなくてはならない。じっさい、国を挙げて自動車産業を保護しているうちに、非ガソリン車の分野で日本メーカーはどんどん遅れをとろうとしている。そりゃそうだろう。売れなくなっても国が守ってくれるんだもの。
今回のコロナ騒動を見れば、自然を予測・制御することは不可能だとわかる。
均質な遺伝子を持った作物を育てていれば、病気の蔓延や害虫の大量発生などがあった場合に全滅してしまう可能性がある。
たとえば日本にあるソメイヨシノはすべて元は一本の樹なので、遺伝子がまったく一緒だ。ソメイヨシノに強い病気が流行ったらあっという間に全滅してしまうだろう。ソメイヨシノなら「花見ができなくて残念だ」で済むが、米や小麦なら命にかかわる。
農業に関しては非効率でも多様性を残し、国が保護しなきゃいけないよね。
今回のコロナで、「ムダがないと何かあったときに対応できない」ということがみんな骨身にしみてわかっただろうし。
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