2018年2月7日水曜日

【読書感想】ウォルフガング・ロッツ『スパイのためのハンドブック』

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『スパイのためのハンドブック』

ウォルフガング・ロッツ (著), 朝河 伸英 (訳)

内容(Hayakawa Onlineより)
あなたはスパイに適しているか? スパイ養成の方法は? 金銭問題や異性問題にはどう対処するか? 引退後の生活は?――著者のロッツは元スパイ。イスラエルの情報部員としての波瀾にとんだ経験をもとに、豊富なエピソードを盛込み自己採点テストを加えて、世界で初めてのスパイ養成本

使命感も持たずにいきあたりばったりに生きているぼくにとって、スパイほど向いていない職業はない(おまけに口も軽い)。

柳 広司のスパイ小説『ジョーカー・ゲーム』『ダブル・ジョーカー』を読んで、ますますその思いを強くした。
ああ、無理だ。
常に孤独、任務に失敗したら組織から捨てられる、成功しても賞賛を浴びることはない。高給をもらえたとしても、自由と身の安全と良心と引き換えでは割に合わない。
ようやるわ、としか思えない。


そんな「ようやるわ」なスパイだった著者による、スパイにまつわるエトセトラ。
著者はドイツに生まれ、幼少期にナチスに追われてパレスチナに移住し、イギリス軍、イスラエル軍を経てイスラエルの秘密諜報部(モサド)に所属してトップとして活躍し、第三次中東戦争でのイスラエルの勝利に貢献したという経歴。エジプトでは秘密警察に捕まったこともある。
すげえ。絵に描いたようなスパイだ。すげぇスパイ、略してスペェ。

そういえばイスラエルの諜報機関は世界トップクラスの諜報レベルだと聞いたことがある。
アメリカのような超大国であれば少々他国の動静を読み誤ったところで軍事力と経済力で圧倒することができるけど、イスラエルのような小国だと情報の読み違いが即、国家の滅亡につながってしまう。必然的に諜報機関が強くなるのだそうだ。

イスラエルって周囲すべてが敵国だからね。民族も宗教も異なる国に囲まれて、しかもイェルサレムをめぐる大きな遺恨もある。
島国である日本やイギリスはそうかんたんに攻められないけど、イスラエルは他の国と地続きだし。
油断してたら数日で国がなくなる、なんてことにもなりかねない。いつ攻めこまれてもおかしくないから(じっさい何度も攻められてる)、常に周辺国の動向に最新の注意を払っとかないといけない。

世界一ハードな環境にいたスパイだね。



フィクションの世界では「敵に捕まってどれだけ拷問されても口を割らないスパイ」が出てくるが、そんなものは現実にはありえないそうだ。

 これに関して誤解のないようにしよう。囚われの身になったスパイが沈黙を守り通し、尋問者に(嘘八百以外は)何も話さなかったという話は、尋問の係官がいい加減な仕事をしないかぎり、まったく虚構の世界に属する出来事である。給料分の働きをしている尋問者なら、あなたに知っていることのすべてをいわせるだろう。これは、はしかや所得税のように避けては通れない現実であり、秘密情報部が部員に、逮捕されたら沈黙を守れと勧告するのをあきらめてからすでに久しい。そんなことをいっても、まったく効き目がないのである。
 そういう次第であるから、情報部は、部員に荒療治が施されてしゃべらされる瞬間に、彼らがあらいざらい暴露するのを防止する手段を考案しなければならなかった。

なるほどね。
いくら訓練されたとしても「自分の命よりも大事な情報」なんてのはほとんどないから、最終的にはほとんどのスパイは口を割る。
仮に口を割らなかったとしても属する組織から「こいつは捕まったから情報を漏らしたかもしれない。二重スパイになったかもしれない」と疑惑をもたれた時点でもうスパイとして使い物にならないだろうしね。

だったら「命に代えても秘密を守れ」なんて非現実的な命令をするよりも「秘密が漏れたときに被害が最小限に抑えられるような制度設計をしよう」とするほうがずっと効果的だ。
工作員同士の素性も名前も知らされず、ほかの部員がどこで何をやっているのかもわからない、というように。
また情報が漏れることを前提にシステムをつくっているから、情報が漏れたことを隠す必要がない。

うーん、合理的。日本ではなかなかこういう組織をつくれないだろうねえ。

 「死んでも口を割るな!」という、守れるわけないルールをつくる
  ↓
 スパイが拷問されて口を割る
  ↓
 しかしそれを知られたら罰せられるから口を割った事実を隠蔽する
  ↓
 情報が漏れつづける

ってなるだろね。
スパイだけじゃなくビジネスでも政治でも同じようなことが起こってるよね。「ミスが起きたらどうするか」ではなく「ミスをするな」だと、ミスを隠して被害がどんどん大きくなる。



『スパイのためのハンドブック』ではそのタイトルのとおり、別人をかたる方法、賄賂の贈りかた、拷問を受けたときに嘘をまじえながら自白をする方法など、スパイならではのテクニックが紹介されている。
読んでいるかぎりはおもしろいんだけど一般人にとっては役に立たない、というかあんまり役に立てたくない。特に拷問は。


著者が旧ドイツ軍将校を装ったときの話。

 私のニセ経歴の弱点は何とかしてつくろわねばならなかった。戦時中のことは、少なくとも調べにくいので、それほど心配なかった。とはいえ、私はドイツ軍全般、とりわけアフリカ軍団について知りうる限りのことをじっくり頭にたたきこんだ。調べ出せる本は全部読み、北アフリカ戦域の地図と戦闘図に綿密に目を通し、レコードを聴いて軍歌を暗記した。私はそういったものをいろいろ手に入れてもらうために事務所をずいぶん忙しい目にあわせた。後に私は何度か、アフリカ軍団の旧将校たちと一緒にビールやジンを飲みながら、ロンメルの下で戦った戦役の古い記憶をよみがえらせたことがあったが、そういう折に私の努力はたっぷり報いられた。彼らに当時の戦友であり、若年兵の一人だったと思ってもらうことは造作もなく、二十年かそこいらすれば人の容貌も少しは変わるものだということで、なかには私の顔を”思い出した”という者もいた。私にとって幸運だったことに、人の記憶もまた風化するものなのである。

人間の記憶ってあてにならんなあ。

今は偽装がもっとたいへんだろうな。世界中どことでもすぐに連絡がとれるし、やりとりされている情報も多いし、記録がいつまでも残るようになったから。
スパイには生きにくい世の中だ。

スパイになりたい人は一度読んでおくといいんじゃないかな。ちなみに、あんまり給料も良くないみたいよ(派手なお金の使い方したら目立っちゃうからね)。


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