『夜市』
恒川 光太郎
『夜市』『風の古道』の二篇を収録。
日本ホラー小説大賞受賞(『夜市』)で、レーベルは角川ホラー文庫。でもホラーではない。
二篇ともこの世のものではない存在がはびこる世界を描いているが、怖がらせるために書いているわけではなく、さらりと「こういう世界もあるんですよ」と提示しているだけ、というような筆致。
今市子『百鬼夜行抄』という漫画を思いだした。
あれも妖怪が出てくるが、ただ「いるだけ」だった。いくつかの条件が重なれば人間に害をなすこともあるが、それは彼らが邪悪だからではなく、それなりの理由があってやっていることだった。
人間と虫の付き合い方にも似ているかもしれない。人間には人間の世界があり、虫には虫の世界がある。基本的にはお互いに干渉しないが、人間がハチの巣に近づけばハチは攻撃してくるし、人間の家にゴキブリが侵入すれば人間はゴキブリを殺そうとする。ただしそれぞれの領域を侵さなければ特に何もしない。意識することすらない。
『夜市』や『百鬼夜行抄』で描かれる人間と物の怪たちの関係もそれと似ている。それぞれべつの世界を生きている存在。こちらが何もしなければ敵ではないし味方でもない。ふとした拍子にたまたますれちがうだけの隣人。
特に『夜市』は、短篇でありながら見事な怪異譚だった。
半醒半睡のような雰囲気、徐々に登場人物の過去が明らかになる構成、意外な展開、そして余韻の残るラストと、短い中に小説のおもしろさがぎゅっと詰まっていた。
いきなりこんなわけのわからない世界に入るので、なるほど奇妙な味わいの幻想的な物語ね、と思っていたらストーリーもしっかりと組み立てられていたので思わずうなった。
世界感はすばらしいのに、お話は「少年がある日冒険の旅に出て、個性的な仲間と出会い、いろいろ苦労しながら悪いやつをやっつけてバンザイ」だったり。それだったら『オズの魔法使い』のほうがよっぽどおもしろいわ、と思っちゃうよね(いや『オズの魔法使い』は名作だけどね)。
宮部みゆきの『ブレイブ・ストーリー』とかつまらなかったなあ。RPGゲームを文章化しただけみたいだった。「どんな本でも最後までは読んでみる」をモットーにしているぼくが途中で投げだした、数少ない本のひとつだ。いくらジュブナイルとはいえ……(『ブレイブ・ストーリー』の悪口を書きだすと長くなるので省略)。
ゲームのシナリオだったらある程度単純なほうがいいんだろうけど(複雑にしすぎるとゲームそのものの味わいを邪魔する)、小説でそんな単純なストーリーは読みたくない。
ファンタジーで終わらせない仕掛けのある小説が読みたいのだ。
貴志祐介『新世界より』や森見登美彦『四畳半神話体系』は、そのあたりに見事に成功していた。あれはおもしろいファンタジーだったけど、ファンタジーだったからおもしろかったわけではない。ファンタジーで、かつ、おもしろかった。
『夜市』も、まず蠱惑的な世界に目がいくが、物語はその世界観に頼りきりでない。めちゃくちゃな世界のようで、登場人物の行動には整合性がある。伏線の回収もじつにさりげないし、トリックの種明かしを物語のラストに持ってこない構成もいい。主題はそっちじゃないもんね。
すごく疲れているときなんかにやけに明確なストーリーのある夢を見ることがあるが、そんな感じの読書体験だった。まるで白昼夢。
「奇跡的な美しさに満ちた感動のエンディング!」というチープすぎる宣伝コピーをのぞけば、他に類のない、完成された小説だった。
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