2017年10月23日月曜日

陰惨なのに軽妙/曽根 圭介『熱帯夜』【読書感想】

このエントリーをはてなブックマークに追加

『熱帯夜』

曽根 圭介

内容(e-honより)
猛署日が続く8月の夜、ボクたちは凶悪なヤクザ2人に監禁されている。友人の藤堂は、妻の美鈴とボクを人質にして金策に走った。2時間後のタイムリミットまでに藤堂は戻ってくるのか?ボクは愛する美鈴を守れるのか!?スリリングな展開、そして全読者の予想を覆す衝撃のラスト。新鋭の才気がほとばしる、ミステリとホラーが融合した奇跡の傑作。日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作を含む3篇を収録。

『熱帯夜』『あげくの果て』『最後の言い訳』の3篇を収録。

それぞれテイストの異なる不気味さがあって、いろんな「嫌な感じ」を味わえた。



『熱帯夜』


ヤクザ、借金、ひき逃げ、シリアルキラーととにかくいろんな要素が盛りだくさん。

ばらばらな要素がラストで一直線につながるのは気持ちいいんだけど、短篇でこれをやるとご都合主義っぽさが鼻についてしまうな。

「うまい」が35%、「できすぎてる」が65%。

ちょっとうますぎるね。

とはいえ小説にリアリティはなくてもいいとぼくは思っているので、「偶然が重なりすぎだろ」と言いたくなる気持ちを捨てて読めば物語の展開の軽妙さが存分に味わえて楽しい短篇だった。

残酷な事件が描かれてるのに楽しいってのも妙だけど、乾いた文章のおかげでぜんぜん陰惨な感じがしないんだよね。

曽根圭介の文章って小説としてみると決してうまくないんだけど、それはわかりづらいということではなく、むしろ逆で余計な装飾を省いているからすごくわかりやすい。

文章のうまさって、内容とあってるかどうかだよね。ミステリには過度な美辞麗句は必要ないから、これぐらいがちょうどいい。ストーリーの進行を妨げないからね。




『あげくの果て』


これは長編にしてもよかったんじゃないかな。

若者と高齢者の対立が激化した世の中を描いたディストピア小説。

「四十年か、一九六五年ってことだな。じゃあ若いころにバブルがあったろ、さぞ楽しかっただろうな。てめぇの親父は高度成長期の世代か、あ?」
 老人はアスファルトに顔を擦られて、悲鳴を上げた。
「虎之助、聞いたか。こいつらだ。こいつらが国をだめにしたんだ。昔はこの国も経済大国だったんだぞ。世界中からうらやましがられた時代があったんだ。信じられるか? それを、このジジイどもが、この世代が全部食い潰しやがったんだ」
 多田は足元に転がっていた金属バットを手に取り、振り上げた。


なにが絶望的かって、もうすぐ日本で実現してしまいそうなところだよね。

若い人も子育て世帯も老人もみんな幸せになってない。どうしたらいいんだろうね。どうにもならないんだろうね。

戦争に行くのが戦闘スーツを着た高齢者ってのはいいアイデアだね。

子孫を残せなくなった人が若い世代のために戦いにいくほうが生物学的には理にかなってるし、歳をとると戦争に行かないといけなくなるとみんな必死に戦争を避けようとするしね。




『最後の言い訳』


死者がよみがえって生者を食べたり食べなかったりする世界を舞台にした、ゾンビもののホラーコメディ。

グロテスクな描写が多いんだけど、ペーソスとユーモアにあふれた意外にも叙情的な作品だった。

 父を食べた男、父を食べるための列に並んだ女を、商店街で、公園で、僕は何度か目にした。皆、まさに「なに食わぬ顔」で、家族を連れ、恋人を伴い歩いていた。


こういうブラックユーモアが散りばめられていて、いかにも曽根圭介らしい。

オチもブラックで、藤子・F・不二雄の『ミノタウロスの皿』ってSF短篇を思いだした。

この人の小説ってとことんドライだよね。残酷なのに洒脱。陰惨なのに軽妙。ふしぎな味わいだ。


冷笑的な視点が光るから、ショートショートを書いてもおもしろいだろうなあ。


【関連記事】


 曽根 圭介『藁にもすがる獣たち』

 曽根 圭介『鼻』



 その他の読書感想文はこちら


このエントリーをはてなブックマークに追加

0 件のコメント:

コメントを投稿