2017年10月4日水曜日

10ユーロをだましとられて怒る人、笑う人

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新婚旅行でイタリアに行った。


コロッセオに行くと、入口の前に中世の鎧騎士みたいな恰好をしたおっさんが2人立っていて、陽気な笑顔で「チャオ!」と手を振ってきた。

コロッセオ運営会社に雇われているおっさんだろうか。

それとも個人的な趣味でやっているのだろうか。


おもしろいおっさんだと思い身振り手振りで「写真を撮ってもいいか」と訊くと、「撮れ撮れ」と言ってくる。

もう一方のおっさんが「カメラ貸しな」というジェスチャーをしてくる。

「盗まれるんじゃ………」と一瞬不安になるが、おっさんが満面の笑みを浮かべているので断れない。

カメラを渡すと、おっさんは早速カメラを構えて「そこに並べ」と指示を出してくる。

ぼくと妻はそれに従い、鎧騎士のおっさんを挟むようにして記念写真を撮った。

コロッセオを背景にして、鎧騎士のイタリア人おっさんと撮影。とてもいい写真が撮れた。

なんて気持ちのいいおっさんたちだろう。





「グラッツェ」と言ってカメラを返してもらおうとすると、おっさんが手のひらを差し出してきた。

ああ、そういうことね。そういう仕組みね。すぐに事情が呑みこめた。

このおっさんたちは鎧騎士の恰好をして、観光客相手から小金を巻きあげている商売の人なのだ。

日本の観光地にはまずこの手の人がいないので「イタリア人はサービス精神旺盛だなあ」とのんきに考えていたが、うっかりしていた。

ここは外国なのだということを改めて感じた。




そういうことならしかたがない。

楽しい写真を撮らせてもらったわけだからチップを支払うことはやぶさかではない。

ぼくは財布から1ユーロ硬貨を取りだして、おっさんに手渡した。日本円にして100円ちょっと。


するとおっさんは、ぼくと妻を指さしてイタリア語で何かしゃべる。

どうやら「2人いるんだから2人とも払ってよ」というようなことを言っているらしい。

「2人分払えってさ」と妻に伝えると、妻も財布を取りだして1ユーロをおっさんに渡した。


ところがおっさんたちはまだ納得しない。妻の財布を除きこみ、紙幣を指さす。

10ユーロ紙幣を渡せと言っているらしい。

いくらなんでも、写真を1枚撮っただけで1,000円以上よこせというのは高すぎる。

ぼくは苦笑して「ノ、ノ、ノ」と伝えた。ついでに日本語で「10ユーロってあほか」とつけくわえた。

しかし内心では喜んでいる。
隙あらば観光客からぼったくろうとしてくる商売人とのやりとりが、ぼくはけっこう好きだ。

ところが妻は10ユーロ紙幣を財布から取りだすと、おっさんに手渡してしまった。





その場から離れて、ぼくは笑いながら妻に言った。

「はっはっは。10ユーロぼられてやんの」

妻は何も言わない。目を伏せたまま黙って歩いている。



「10ユーロはちょっと気前良すぎじゃない?」

からかうような口調で言うと、妻はきっとぼくをにらみつけた。

「ちょっと。外国人のおっさんにからまれて怖かったからお金渡したのに、なんで笑うのよ!」

その剣幕にびっくりしてしまった。

彼女が何に起こっているのか、ちっともわからなかった。


まず「怖かった」というのが理解できない。

ぼくだって暗がりの細い路地で外国人2人にからまれたらおしっこちびるぐらい怖いが、ここは昼日中の観光名所。

観光客でごった返していて近くには警備員もいる。

もめ事を起こして商売ができなくなって困るのはおっさんたちだ。

おっさんの要求を無視したって、危ない目に遭うことは万にひとつもないだろう。


しかもぼくらが金を払わなかったのならともかく、2ユーロも払っている。こういうものに決まった値段はないが、おっさんの写真を1枚撮る料金の相場として考えれば安すぎることはないだろう。





なによりぼくが妻との間にギャップを感じたのは、この一件に関するとらえかただった。

しつこいおっさんに1,000円ちょっとのお金をぼられてしまった出来事は、ぼくにとっては「旅先で起こった、ちょっとしたおもしろハプニング」にすぎなかった。

むしろ高くない金で土産話のネタを買えてラッキー、ぐらいのものだ(お金を出したのは妻だが)。

だが妻は、怖い目に遭わされたことや余計なお金を払わされたことやぼくに笑われたことがショックだったらしく、その後もしばらくふさぎこんでいた。


新婚早々、そんな妻に対してぼくは少し不安を感じた。

「1,000円ぼられたぐらいで落ちこんでいて、この人は生きていくのがしんどくないのだろうか」と。

たぶん妻も、ぼくに対して不安を感じていたのではないだろうか。

「少しまちがえれば大事故につながっていたかもしれないのに、この人はへらへらしている。大丈夫だろうか」と。


それから5年。

ぼくと妻は、今のところそれなりにうまくやっている(当方が認識しているかぎりでは)。

ぼくは相変わらず人生をまじめに生きていないし、妻はぼくからしたら些細なことを真剣に悩んでいる。

いいかげんな父と生真面目な母を持った娘は苦労することもあるだろうが、それぞれの気質に腹を立てながらもおもしろさを感じてくれたらいいなと思う。


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