幼年期の終り
アーサー・C・クラーク(著) 福島 正実(訳)
SF古典作品。発表は1952年。
宇宙から船団がやってきて、人類を監督するようになる。といっても圧倒的に科学力の高い彼らは地球人に対して強制力をともなうような行動はほとんどとらず、どちらかといえば庇護・教育といったほうが近い接し方をする。
その結果、地球上からは争いや貧困が消え、同時に科学研究や芸術も進歩を止めてしまう。
だが人類はそうした生活を受け入れ、数十年にわたり平和で穏やかな生活を享受する。だがあるときその日々は終わりを告げようとする……。
<以下ネタバレあり>
異星人とのコンタクト、はるかに文明の進んだ生物による人類の精神的支配、宇宙旅行、相対性理論によるウラシマ現象、人類の終焉、新人類の誕生と、SF的要素がこれでもかと詰めこまれている。
地球全体の変貌について語ったり、かとおもうと個人の葛藤を描いたり、視点はマクロとミクロをいったりきたり。おかげで壮大でありながらスピード感もあり、スリリングな展開を見せる。
なるほど。名作と呼ばれるだけのことはある。
が。
発表当時は衝撃的な作品だったんだろうけど、今読んでも十分おもしろいかというと、首をかしげざるをえない。
大まかなストーリー展開はいいとして、細部が甘いんだよね。科学力の進んだ宇宙人が来たからってそうはならんだろ、とおもうようなことが随所に見られる。
たとえば……。
うーん。科学が進めば貧困がなくなるだろうか。人類の歴史を見れば確実に科学は進んで生産性は向上しているけど、貧富の差はぜんぜん縮まっていない。どっちかっていったら広がっているんじゃないだろうか。もちろん絶対的貧困(食うに困るほどの貧困)は減っているわけだけど。
「誰もが満ち足りた生活をしているときに、なぜ盗むことがあろう」も単純すぎる発想だとおもう。監視が強化されれば犯罪は減少するだろうが、どれだけ人々が豊かになったって犯罪がなくなることはないとおもう。
人間を単純に考えすぎている。古典経済学の考え方なんだよね。「コインの裏が出れば10万円もらえて表が出たら9万円とられるギャンブルがあれば、ぜったいにやる」という発想。人間はもっと不合理な存在なんだよ。
そしてひどいのが「英語を話せない者、読み書きのできない者はいなかった」。
はい出たよ、英語ネイティブの傲慢。争いのない世の中になっても「英語が世界を支配する」という考えは捨てられない。骨の髄まで覇権主義が染みついているのかね。
じっさいの世の中は科学が進み時代が進むにつれてどんどん多様性が認められる社会になっているわけだけど、アーサー・C・クラークはどんどん画一的になるとおもっていたらしい。
『幼年期の終り』には「文明が進んだ時代の設定なのにまだフィルムカメラを使っている」といった描写もあって、このへんはほほえましい未来予測失敗といえるけど、「文明が進めば画一化する」については致命的にずれている。天動説から出発して宇宙を語っているようなものだ。これでは説得力のあるほら話にならない。
基礎科学が衰退する、というのはわからなくもない。めちゃくちゃ文明の進んだ宇宙人がやってきたら、地道な研究なんかやる気になれないよね。今の時代に「ゼロから電卓を開発してください」って言われるようなもんで、それやって何になるんですかという気持ちにしかなれない。
しかし、芸術が衰退するというのはどうだろう。労働から解放されて、戦争や貧困や疾病もなくなって、科学研究にも関心がなくなったとしたら、もう芸術ぐらいしかやることないんじゃないの? という気になる。逆にめちゃくちゃ芸術が発展しそうな気がするけどなあ。ルネッサンスが起こった要因のひとつは、東方貿易によってイタリアが豊かになったことだと言われているし。
この小説に出てくる地球人はほとんどが浅薄なんだよね。個々人にもっと葛藤や当惑があったはずなのに、そのへんがほとんど書かれていない。
細部は甘いが、大枠のストーリーはおもしろかった。
人類を管理・監督しているオーバーロード(上帝)よりも上位の存在であるオーバーマインドの概念とか。
ただ、同時多発的に人類が進化するってのはむちゃくちゃすぎない? それはもう進化じゃなくて遺伝子操作ぐらいしないと起こらないでしょ。
宇宙人の介入でそれが起こったってのならわかるけど、自然に、たった一代で、世界各地で、同時に、人類がまったく別の種になるってのはありえなさすぎる。いやSFだからありえないことが起こったっていいんだけど、もうちょっとマシな説明はつけられなかったのか。
中盤まではおもしろかったけど、このあたりで急に醒めちゃったな。SFだからってなんでもありじゃないぜ。
名作といわれるだけあって着想はすごくいいんだけど、今読むと細部がずいぶん粗いなあという気になる。
いちばんおもしろかったのは、登場人物たちがコックリさんをやるところ。外国にもコックリさんってあるんだ。
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