2022年4月15日金曜日

【読書感想文】アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』 / 天動説的SF小説

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幼年期の終り

アーサー・C・クラーク(著)  福島 正実(訳)

内容(「BOOK」データベースより)
ある日突然に宇宙から巨大な船団がやってきた。すべての国の大都市の上空を覆うかのように、その光り輝く宇宙船の群はじっと浮かんでいた。六日目のこと、船団を率いる宇宙人のカレルレン総督は強力な電波を通じて、非のうちどころのない英語で、人類に対し、第一声を発した。その演説にみなぎる、深い叡知と驚くべき知性…。地球人は知った。「人類はもはや孤独ではない」ことを。イギリスが生んだ、SFの巨匠アーサー・C・クラークによる本書は、20世紀を代表するSFの傑作です。上帝(オーバーロード)という超生物種族は、どうして地球に来訪したのか?そしてなぜ、ついに人類の前に意外な姿を現したのか?思いもよらぬエンディングで、地球と人類の未来を描きだし、私たちを驚愕させる、スリリングなSF巨編。

 SF古典作品。発表は1952年。

 宇宙から船団がやってきて、人類を監督するようになる。といっても圧倒的に科学力の高い彼らは地球人に対して強制力をともなうような行動はほとんどとらず、どちらかといえば庇護・教育といったほうが近い接し方をする。
 その結果、地球上からは争いや貧困が消え、同時に科学研究や芸術も進歩を止めてしまう。
 だが人類はそうした生活を受け入れ、数十年にわたり平和で穏やかな生活を享受する。だがあるときその日々は終わりを告げようとする……。


<以下ネタバレあり>


 異星人とのコンタクト、はるかに文明の進んだ生物による人類の精神的支配、宇宙旅行、相対性理論によるウラシマ現象、人類の終焉、新人類の誕生と、SF的要素がこれでもかと詰めこまれている。

 地球全体の変貌について語ったり、かとおもうと個人の葛藤を描いたり、視点はマクロとミクロをいったりきたり。おかげで壮大でありながらスピード感もあり、スリリングな展開を見せる。

 なるほど。名作と呼ばれるだけのことはある。

 が。

 発表当時は衝撃的な作品だったんだろうけど、今読んでも十分おもしろいかというと、首をかしげざるをえない。




 大まかなストーリー展開はいいとして、細部が甘いんだよね。科学力の進んだ宇宙人が来たからってそうはならんだろ、とおもうようなことが随所に見られる。

 たとえば……。

 それ以前のあらゆる時代を標準にしても、現在はまさしくユートピアだった。無知、疾病、貧困、恐怖などは、事実上もう存在しなかった。戦争の思い出は、悪魔が暁とともに消え去るように、過去へと消え失せていった。やがてそれはあらゆる人間の経験の埒外に置かれるようになるだろう。
(中略)人類の精力が建設的な方面へ向けられるとともに、地球は急速に変貌していった。いまでは、地球はほとんど文字どおり一つの新世界であった。幾世代ものあいだ人類に貢献してきた多くの都市が、つぎつぎに再建されるか、さもなければ、価値を失うと同時に放棄され、博物館の標本となっていった。こうした方法で、すでにかなりの都市が廃棄された結果、商工業の機構全体が一変してしまった。生産は大規模に機械化され、無人工場が絶えまなく消費物資を市場に送り出したので、一般の生活必需品は事実上無料になった。人間はただ自分の望む贅沢のために働くか、それともまったく働かないかのいずれかだった。
 世界は単一国家になった。かつての諸国家の古い名称はそのまま使われていたが、それはただ郵政事務上の便宜からにすぎなかった。世界のどこを探しても、英語を話せない者、読み書きのできない者はいなかった。テレビを受像できない地域はなかったし、二十四時間以内に地球の反対側を訪れることのできない者もなかった……。
 犯罪は事実上姿を消した。犯罪そのものが不必要になったからでもあり、不可能になったからでもあった。誰もが満ち足りた生活をしているときに、なぜ盗むことがあろう。しかも、あらゆる潜在的犯罪者は、オーバーロードの監視を逃れる術のないことを知っていた。その統治の初期に、彼らは法と秩序に代わって犯罪に対しすこぶる効果的な干渉を二、三おこなった。そのため、いまでもその教訓が生きているのだった。

 うーん。科学が進めば貧困がなくなるだろうか。人類の歴史を見れば確実に科学は進んで生産性は向上しているけど、貧富の差はぜんぜん縮まっていない。どっちかっていったら広がっているんじゃないだろうか。もちろん絶対的貧困(食うに困るほどの貧困)は減っているわけだけど。

「誰もが満ち足りた生活をしているときに、なぜ盗むことがあろう」も単純すぎる発想だとおもう。監視が強化されれば犯罪は減少するだろうが、どれだけ人々が豊かになったって犯罪がなくなることはないとおもう。

 人間を単純に考えすぎている。古典経済学の考え方なんだよね。「コインの裏が出れば10万円もらえて表が出たら9万円とられるギャンブルがあれば、ぜったいにやる」という発想。人間はもっと不合理な存在なんだよ。

 そしてひどいのが「英語を話せない者、読み書きのできない者はいなかった」。
 はい出たよ、英語ネイティブの傲慢。争いのない世の中になっても「英語が世界を支配する」という考えは捨てられない。骨の髄まで覇権主義が染みついているのかね。

 じっさいの世の中は科学が進み時代が進むにつれてどんどん多様性が認められる社会になっているわけだけど、アーサー・C・クラークはどんどん画一的になるとおもっていたらしい。

『幼年期の終り』には「文明が進んだ時代の設定なのにまだフィルムカメラを使っている」といった描写もあって、このへんはほほえましい未来予測失敗といえるけど、「文明が進めば画一化する」については致命的にずれている。天動説から出発して宇宙を語っているようなものだ。これでは説得力のあるほら話にならない。


 それに気づいたものはほとんどなかった──が、じつは、この宗教の没落は、科学の衰退と時を同じくして起こっていたのだった。世界には無数の技術家がひしめいていたが、人類の知識の最前線を延長すべく創造的な仕事に打ちこもうというものはほとんどなかった。好奇心はまだまだ旺盛だったし、そのための余暇も充分にあったはずなのだが、人々の心は地味な基礎的学術研究からまったく離れていた。オーバーロードがもう幾世代も前に発見してしまっているにちがいない秘密を一生を賭けて求めるなど、どう考えても無益に思えたからだろう。
 この衰退現象は、動物学、植物学、観測天文学といった記述科学の分野のはなはだしい開花によって、ある程度おおい隠されていた。これほど多くのアマチュア科学者たちが、ただたんに自分の楽しみのために競って事実を集めた時代はなかったろう──だが、これらの事実を関連づけようとする理論家は、ほとんどいないといっていいほどだった。
 あらゆる種類の不知や相剋が姿を消したことは、同時に、創造的芸術の事実上の壊滅を意味していた。素人たると玄人たるとを問わず、俳優と名乗るものは世に充満していたが、いっぽう、真に傑出した新しい文学、音楽、絵画、彫刻作品は、ここ二、三十年というものまったく出現していなかった。世界はいまだに、二度と還ることのない過去の栄光の中に生きつづけていたのだ。

 基礎科学が衰退する、というのはわからなくもない。めちゃくちゃ文明の進んだ宇宙人がやってきたら、地道な研究なんかやる気になれないよね。今の時代に「ゼロから電卓を開発してください」って言われるようなもんで、それやって何になるんですかという気持ちにしかなれない。

 しかし、芸術が衰退するというのはどうだろう。労働から解放されて、戦争や貧困や疾病もなくなって、科学研究にも関心がなくなったとしたら、もう芸術ぐらいしかやることないんじゃないの? という気になる。逆にめちゃくちゃ芸術が発展しそうな気がするけどなあ。ルネッサンスが起こった要因のひとつは、東方貿易によってイタリアが豊かになったことだと言われているし。

 この小説に出てくる地球人はほとんどが浅薄なんだよね。個々人にもっと葛藤や当惑があったはずなのに、そのへんがほとんど書かれていない。




 細部は甘いが、大枠のストーリーはおもしろかった。
 人類を管理・監督しているオーバーロード(上帝)よりも上位の存在であるオーバーマインドの概念とか。

 ただ、同時多発的に人類が進化するってのはむちゃくちゃすぎない? それはもう進化じゃなくて遺伝子操作ぐらいしないと起こらないでしょ。

 宇宙人の介入でそれが起こったってのならわかるけど、自然に、たった一代で、世界各地で、同時に、人類がまったく別の種になるってのはありえなさすぎる。いやSFだからありえないことが起こったっていいんだけど、もうちょっとマシな説明はつけられなかったのか。

 中盤まではおもしろかったけど、このあたりで急に醒めちゃったな。SFだからってなんでもありじゃないぜ。




 名作といわれるだけあって着想はすごくいいんだけど、今読むと細部がずいぶん粗いなあという気になる。

 いちばんおもしろかったのは、登場人物たちがコックリさんをやるところ。外国にもコックリさんってあるんだ。


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