M・スコット・ペック(著) 森 英明(訳)
アメリカでの刊行が1983年、日本語訳の発表が1996年。精神科医による「邪悪な人たち」についての考察。
ちなみに原書では宗教(キリスト教福音派)色が濃い内容だったが、邦訳時にそのへんは一部カットされたらしい。とはいえ、当然のように「神に背く行動」なんて言い回しも出てくる。多くのアメリカ人にとってキリスト教は切っても切り離せないものらしい。
過去数百年にわたってキリスト教布教を口実に信者がさんざん邪悪なことをしてきたくせに信仰を絶対的な善としてとらえることができる(そして神に背く=邪悪とみなす)神経がぼくからすると理解できないんだけどなあ。キリスト教が悪とはいわんけど、時と場合によっちゃあ悪にもなりうるとは想像すらしないんだろうか?
我々はついつい「世の中には悪いやつがいる」と考えてしまう。それは事実だが、正確な言い回しではないかもしれない。どちらかといえば「世の中には悪くないやつがいる」のほうが正確かもしれない。
何も持たない人が短期間で大金を稼ごうとおもったら「他人から(非合法または非合法すれすれな手段で)奪う」がほぼ唯一の解になる。
だからひったくりや詐欺やネットワークビジネスはいつまでたってもなくならない。
りんごの樹を育てて果樹がなるまで待つよりも他人のりんごを盗むほうがかんたん、自分のスキルを上げてプリマ・ドンナになるよりも主役の靴に画鋲を入れるほうが楽、何か月もバイト代を貯めるよりも盗んだバイクで走りだすほうがすぐにストレス発散できる。
「悪」はいちばん手っ取り早い手段なのだ。だからこそ人は「悪」に手を染めるし、「悪」は法によって取り締まられる。ごくごく自然なことだ。動物だって、エサが十分にないときは遠くにエサを獲りにいくよりも近くにいる愚鈍で弱いやつから奪うほうを選ぶだろう(そもそもそれを「悪」とおもうのは人間ぐらいだろうが)。
だから、人間が「悪」に走るのはふしぎなことではない。どちらかといえば、「悪」を選ぶことで不利益がまったくない(または少ない)場合にも「悪」に走らない人間がいることのほうがふしぎだ。
人間は多かれ少なかれ悪である。聖人の代名詞であるかのように語られるマホトマ・ガンディーだって若い頃は相当ヤンチャしてたらしいし。
とはいえ限度はある。度を超えて邪悪な人というのも世の中には存在する。自分が10のものを得るためなら他人が100失ってもかまわないと考えるような人が。
そういう人は心理療法でなんとかできればいいのだが、現実的にはむずかしいようだ。
心理療法の成功には患者の協力が必要不可欠だが、悪意を持っている人の場合は協力しないばかりか、治療者を騙したり危害を加えたりする。
それどころか、そもそも精神科医のもとに来てくれないという問題があるだろう。上司からのパワハラで心を痛めつけられた人は精神科に来てくれるだろうが、より治療の必要性があるのはパワハラで部下を精神的に追い詰める上司のほうだ。しかしこういう人は自分から精神科には来てくれないだろう。かといって無理やり連れてくるわけにもいかない。
結局、他人に精神的に危害を与えるような人物のことは分析することはできても、考えを改めさせることはできない。「逃げる」が、そういった人物に対峙するためのほぼ唯一の答えのようだ。残念ながら。
「意志の強さ」について。
なるほどなあ。意志が強い、って肯定的にとらえられることが多いけど、たしかにフィクションでも孫悟空とかルフィとかの強靭な意志の持ち主ってやべーやつ多いもんな。協調性ないし、人を傷つけることにまったく罪悪感おぼえてないし。
ふつの人間は、迷ったり、後悔したり、諦めたりする。それは自己の信念と他者との間に軋轢が生じたときに、他者にあわせようとするからだ。
ところが世の中には自己の信念を優先させる人間もいる。「意志が強い」とみなされる人間だ。自己の考えを優先させるということは、他者をねじまげることに躊躇がないということだ。他人を傷つけ、支配することになる。
「知能の高いサイコパスは経営者や組織のリーダーなど支配的立場に就きやすい」と訊いたが、つまりはそういうことなんだよな。
もちろん「意志が強いなら邪悪である」ではないけど、「邪悪であるなら意志が強い」はわりと真だとおもう。
この本には、やはり異常な(他人をふりまわすことに抵抗を感じない)女性が紹介されている。彼女は、新しい職場に不安を感じないという。
ぼくは「自信に満ちあふれた人」が苦手なのだが、その理由がこれでわかった。そうか。自信がみなぎっている人というのは、相手にあわせる気がない人なのだ。衝突してもおかまいなしに我を通す人。相手にあわせる気がないから、環境が変わっても不安に感じることもない。
ほら、いるじゃない、クラス替え直後にめちゃくちゃ親しげに話しかけてくるやつ。最初は「気さくでいいやつ」とおもってたけど、日を追うごとにうっとうしさが鼻につくようになるやつ。ああいうのもこのタイプなんだろうね。
自信たっぷりで、意志が強くて、初対面の人にも気さくに話しかけるタイプ。こういうのが、他人を平気で傷つけるやつであることが多い(もちろんそうじゃないのもいるけど)。
卑屈で、意志薄弱で、おどおどして生きていくやつのほうが信用できるぜ! ……とはならんけどね、やっぱり。
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