2020年5月7日木曜日

【読書感想文】超弩級のSF小説 / 劉 慈欣『三体』

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三体

劉 慈欣(著) 立原 透耶(監修)
大森 望 , 光吉 さくら , ワン チャイ(訳)

内容(e-honより)
物理学者の父を文化大革命で惨殺され、人類に絶望した中国人エリート科学者・葉文潔(イエ・ウェンジエ)。失意の日々を過ごす彼女は、ある日、巨大パラボラアンテナを備える謎めいた軍事基地にスカウトされる。そこでは、人類の運命を左右するかもしれないプロジェクトが、極秘裏に進行していた。数十年後。ナノテク素材の研究者・汪森(ワン・ミャオ)は、ある会議に招集され、世界的な科学者が次々に自殺している事実を告げられる。その陰に見え隠れする学術団体“科学フロンティア”への潜入を引き受けた彼を、科学的にありえない怪現象“ゴースト・カウントダウン”が襲う。そして汪森が入り込む、三つの太陽を持つ異星を舞台にしたVRゲーム『三体』の驚くべき真実とは?本書に始まる“三体”三部作は、本国版が合計2100万部、英訳版が100万部以上の売上を記録。翻訳書として、またアジア圏の作品として初のヒューゴー賞長篇部門に輝いた、現代中国最大のヒット作。

いやあ、すごいすごいという評判は聞いていたが、噂に違わぬスケールの大きさだった。

正直、中盤は退屈だったんだけどね。
突然、主人公が『三体』というゲームをはじめてそのゲーム世界が描写される。なんなんだこれは、いったい何を読まされているんだ、という感じ。
しかし『三体』の背景、そしてゲーム開発の目的がわかってくるとめちゃくちゃおもしろくなってきた。

ネタバレなしに感想を書くのはむずかしいのでここからネタバレ書きます。






『三体』とは、物理学の「三体問題」に由来している。
作中の注釈ではこうある。
質量が同じ、もしくはほぼ同程度の三つの物体が、たがいの引力を受けながらどのように運動するかという、古典物理学の代表的な間題。天体運動を研究する過程で自然とクローズアップされ、十六世紀以降、おおぜいの科学者たちがこの問題に注目してきた。オイラー、ラグランジュ、およびもっと近年の(コンピュータの助けを借りて研究してきた)科学者は、それぞれ、三体問題のある特定のケースについて、特殊解を見出してきた。後年、フィンランドのカール・ド・スンドマンが、収束する無限級数のかたちで三体問題の一般解が存在することを証明したが、この無限級数は収束がきわめて遅いため、実用上は役に立たない。
要するに「宇宙空間で、同じぐらいの質量の物体が近くに三つあったら、どういう動きをするかは基本的に誰にも予想できない」ってことね(例外的に予想できる場合もあるけど)。

で、この小説に出てくるゲーム『三体』の舞台は、まさに三つの太陽を持った星。
太陽が不規則に動くので地球のように規則正しく朝晩や四季が訪れることはなく、長期間にわたって極寒の冬や夜が続いたり、灼熱によって焼かれたりする。
太陽の動きが比較的安定しているときは(恒期)文明が発展するが、自然環境が厳しくなれば(乱期)あっという間に文明は滅ぶ(ただしこの星の住民は活動停止状態になることで乱気を生き延びることができる)。

……ってことが読み進めるうちに徐々にわかってくる。
ここがミステリのようでわくわくする。
ネタバレしておいてなんだけど、これは知らずに読むほうがぜったいにおもしろいとおもう。

さらにこれは単なるゲームの世界ではなく、現実にこういう星があり、ゲームはそれをシミュレーションしたものだということがわかる。
誰がこのゲームを作ったのか、なんのために作ったのか……ということも終盤になって明らかになる。

中盤までに散りばめられていた謎めいた設定が、終盤で一気に収束するところはほんとうに圧巻。
読んでいて「おお! そういうことか」と声が出た。



『三体』世界のスケールが途方もなく大きいので圧倒されるが、設定だけでなく物語としてもおもしろい。

文化大革命に翻弄される女性研究者・葉文潔の人生も魅力的だし、不良警察官の史強もかっこいい。
巨大な船から乗員を一瞬で殺してデータを奪う作戦のところなんか、これだけで二時間映画になりそうなダイナミックさ。

ほんと、ひとつひとつのエピソードが重厚なんだよな。

たとえば、『三体』世界で機械ではなく人間を使ってコンピュータをつくるシーン。
(ここに出てくるフォン・ノイマンとは実在のフォン・ノイマンではなく三体というゲームのキャラクター)
 フォン・ノイマンは三角陣を組んでいる三名の兵士に向き直る。「では、次の回路をつくろう。きみ、出力くん。〈入力1〉と〈入力2〉のうち、片方でも黒旗を上げていたら、きみは黒旗を上げてくれ。この組み合わせは、黒黒、白黒、黒白の三通りだ。残りのひとつ、つまり白白の場合、きみは白旗を上げろ。わかったか? よし、きみはとても賢いね。ゲート回路の正確な実行の要だ。うまくやってくれよ。皇帝陛下も褒美をくださるだろう! よしやるぞ。上げろ! よし、もう一度上げろ! もう一度! うん、正しく実行されている。陛下、この回路を論理和門(ORゲート)といいます」
 次にフォン・ノイマンはまた三名の兵士を使って否定論理積門(NANDゲート)、否定論理和門(NORゲート)、排他的論理和門(XORゲート)、否定排他的論理和門(XNORゲート)、三状態論理門(トライステート・ゲート)をつくった。そして最後に、二名だけを使って、もっとも単純な論理否定門(NOTゲート)をつくった。この場合、<出力〉は、<入力>が上げた旗と反対の旗を上げる。
 フォン・ノイマンは皇帝に深々と頭を下げた。「陛下、いますべてのゲート回路の実演が終わりました。簡単なことだと思われませんか? どのような兵士でも、三名で一時間ほどの訓練を行えば覚えられます」
「覚えることは、ほかにはなにもないんだな?」
「ありません。このようなゲート回路を一千万組つくり、さらにこれらの回路を組み合わせることによって、ひとつのシステムを構築します。システムは必要な演算を行って、太陽運行を予測する微分方程式を計算するのです。このシステムをわれわれは、ええっと、なんだっけ……」
「コンピュータ」汪然が言った。
「そうそう」フォン・ノイマンは注森に親指を立てて見せた。「コンピュータと呼んでいます。うん、この名前はいい響きだ。すべてのシステムが実際には膨大なひとつのコンピュータで、それは有史以来もっとも複雑な機械なのです!」
これを組み合わせて兵士たちで複雑な演算が可能なコンピュータを作ってしまうのだ。
たしかに理論上は可能だけど……。
いやあ、なんて壮大なほら話だ。これぞSF小説。

こんな途方もないエピソードが次々に出てくるのだ。
十冊の本を読み終わったぐらいの充実感があった。



もちろん作品自体もすごいのだが、作品の背景にも驚かされる。

まず中国人、それも中国に住んでいる人が書いた作品だということ。
文化大革命を批判的に書いたりしていて、こういうことが許されるのか! とびっくりした。
中国から外国に渡った人が書くのならわかるんだけど。
中国という国は、ぼくがおもっているよりもずっと民主的な国になっているのかもしれない。これは認識をアップデートしなければ。

また、中国国内で発表されたのが2006年、単行本の出版は2008年なのに、SF小説界の最高峰ともいわれるヒューゴー賞を受賞したのが2015年だということ。
中国の作品だから世界的な評価が遅れたのだろうが、それにしたって21世紀になってもこんなに評価が遅れてやってくる作品はめずらしい。



ハードカバーで448ページという重量級の小説だけど、中盤からは一気に読めた。
SF小説と歴史小説と天文学ノンフィクションとハードボイルド小説とミステリ小説をいっぺんに読んだような気分。
ずっと頭を使いながら読まなきゃいけないので疲れたけどおもしろかったなあ。

だが、これは三部作の第一部。第二部『黒暗森林』はこの1.5倍、第三部『死神永生』は2倍ぐらいの分量があるという驚愕の事実を訳者あとがきで知ってびびっている。
うーん、続編もまちがいなくおもしろいんだろうけど、気力がもつだろうか……。

第二部の日本語訳は2020年6月発売だそうです。


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