2022年4月8日金曜日

【読書感想文】花井 哲郎『カイミジンコに聞いたこと』

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カイミジンコに聞いたこと

花井 哲郎

内容(e-honより)
古生物学の泰斗が「何にでも興味を持つ子供のような眼」で見つめた日常は、新鮮な“発見”に満ちていた!落語のこと。軽井沢の不思議な店のこと。逃げ出した見世物用のコブラのこと…。自然史科学者が平明な文章で綴る随筆集。


 地質学、古生物学の研究者によるエッセイ。

 なんてことのない身辺雑記を書いていたとおもったら、気づくと古生物や微生物や進化の話になっている。この流れがじつに洒脱でおもしろい。

 大学広報などに書いた文章を寄せ集めたものなのでテーマはまとまりはないが、それでも生物への愛が全篇を貫いている。

 年寄りに共通の「昔は〇〇だったが今の若い学生は~」というぼやきが多いのが玉にキズだが(根拠を示さない「昔は良かった」に読む価値はないとおもっている)、それ以外はいい文章。




 私達はよく学生と一緒に野外に化石の採集に出かける。そして露頭の前に立って化石を採集していると、必ずと言ってよい位学生達から、「この化石は何と言う種類ですか」と彼らの採集した化石を示される。そこでその化石の所属する「種」や「属」を学名で、例えば、「これはメレトリックスで、この化石群の主要なメンバーですね」とでも言えば、学生達は「はあ、そうですか」と言って、何となく分かった気持ちになってくれる。そして、「そのメレトリックスというのはどういう意味ですか」とか、「どういう特徴を持っている種類ですか」などとしつこく食い下がる学生はまずいない。
 ラテン語が分からないとなれば、その学生にとってメレトリックスと言う名前は、彼の採集した貝殻について、そのとき一瞬興味を持ったものという内容しかもっていない。学名を教えてから、標本を返すと、彼らは見ている前でその標本を捨てても悪いと思ってか、少しの間持ってはいるが、結局は、捨ててしまう。かくて学生の理解するメレトリックスは、いつの間にかウミゴボウと同じくらい内容のないものになっている。一方、先生の方はメレトリックスだと言ったとき、その名前から自分の知るすべての内容を皆学生に伝えたような錯覚を持ってしまう。

 ぼくはこの学生の気持ちがよくわかるなあ。

「命名」という作業って、人間にとってすごく大事なことなんだよね。良くも悪くも。

 名前がわからないってすごく不安になるんだよね。新型コロナウイルスだってちゃんと名前がついたからまだ冷静に対応できているけど、これが「正体不明の奇病」だったらその恐ろしさは今の比じゃないだろう。ほとんどの人は「コロナ」が何を指しているか知らないわけだから(ぼくも知らない)、「新型コロナウイルス」だろうと「正体不明の奇病」だろうと理解度は大差ないわけだけど、それでも名前がついているというだけで安心するものだ。


 以前にも書いたけど、知人のおかあさんが落ち着きのない息子に手を焼いていたけど、息子が発達障害だと診断されたことで安堵しているように見えた。

 名前がついたからといって息子が落ち着くようになったわけじゃない。それでも「なんだかわからないけど他の子とちがう息子」よりも「発達障害の息子」のほうがまだ理解できた気になれるようだ。


 みんな、わからないものが嫌いなんだよね。だから、まったく新しいことをはじめる人がいると非難される。ところがラベルを貼って「これは〇〇の仲間です」とカテゴライズすると「ああ、〇〇みたいなやつか」と安心して受け入れられる。〇〇のことを理解できているかどうかなんて関係がない。わかった気になる。

 だから、何かについてじっくり考えてもらいたいとおもったら、あえて名前を伝えないってのもひとつの手かもしれないね。不安定なままにしときたくないから、あれこれ考えるもんね。


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