2022年1月4日火曜日

【読書感想文】阿佐ヶ谷姉妹『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』

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阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし

阿佐ヶ谷姉妹

内容(e-honより)
40代・独身・女芸人の同居生活はちょっとした小競合いと人情味溢れるご近所づきあいが満載。エアコンの設定温度や布団の陣地で揉める一方、ご近所からの手作り餃子おすそわけに舌鼓。白髪染めや運動不足等の加齢事情を抱えつつもマイペースな日々が続くと思いきや―。地味な暮らしと不思議な家族愛漂う往復エッセイ。「その後の姉妹」対談も収録。

 正月に帰省した折、母に「最近おもしろかった本ない?」と訊くと、「最近は阿佐ヶ谷姉妹にはまってる」と言われ、この本を手渡された。

 女性コンビ芸人である阿佐ヶ谷姉妹(を名乗っているが姉妹ではない)が交代でつづったエッセイ。

 そういや阿佐ヶ谷姉妹の生活がNHKでドラマ化されたと聞く。ドラマは観ていないが、おもしろいと評判だ。

 タレント本はあまり手に取らないが、阿佐ヶ谷姉妹はなんとなく気になる存在だ。




 なぜ阿佐ヶ谷姉妹が気になるのかというと、芸能人特有のギラついた感じがないからだ。

 芸人にかぎらず、役者でも歌手でもアナウンサーでも、テレビにいる人からはたいてい「おれの才能を見せつけてやろう」「チャンスをつかんでのしあがってやろう」という野心を感じる。

 べつに悪いことではなく、野心がなければ狭き門に向かって努力を続けなければテレビに出続けられるような人にはなれないのだから当然だ。

 ところが阿佐ヶ谷姉妹からはそういったギラつきを感じない。もちろんそう見えているだけで彼女たちだって野心はあるだろうし努力もしているのだろうが、観ている側にちっともそれを感じさせない。ほんとに、そのへんにいるおばさんのたたずまいなのだ。前に出る機会があっても「あたしは遠慮しときます」と一歩下がるタイプのおばさん。まず芸能界にはいないタイプだ。

 いったいどうして彼女たちが芸人を目指すことになったのだろうとずっとふしぎだったが、この本に少しだけ答えが書いてあった。

 まだ阿佐ヶ谷姉妹を始める前、姉と川秀さんに行った時、ご主人から「2人は似ているけど姉妹なの?」と聞かれ、似てますけどお友達なんですと言うと、そんなに似てるんだったら、阿佐ヶ谷に住んでいる姉妹みたいな2人、「阿佐ヶ谷姉妹」という名前で何かやったらいいのにと言われ、姉がやっていたブログに阿佐ヶ谷姉妹に何かご用命ありましたら、と書いたら、最初にお笑いライブへのお誘いがきたので、まあ1回だけならと軽い気持ちで出演したのが始まりでした。
 なので、ご主人に名付けてもらわなかったら、阿佐ヶ谷姉妹は生まれなかったのです! 不思議なものでございますね。

 なんとも人を食ったような経歴だ。今テレビに出ているお笑い芸人で、赤の他人から「お笑いやりませんか」と言われて芸人になった人は他にいないだろう。

(とはいえその前は劇団の養成所で役者をめざしていたらしいので、彼女たちにもちゃんと野心があったのだ)




 テレビでのたたずまい同様、エッセイも力が抜けている。

 一生懸命書いているらしいが(エッセイのネタがなくて苦労しているという話がよく出てくる)、それにしてはたいしたことが書いていない。いや、いい意味でね。

 仮にもテレビに出る芸能人をやっているのに、こんなすごい経験をしたとかこんなめずらしい場所に行ったとかの話はまるでなく、半径一キロメートルぐらいの日常しか出てこない。そういうコンセプトのエッセイだからなんだろうけど、それにしても地に足がつきすぎている。西友でこんなものを買ったとか、商店街の人からこんなものをもらったとか、自宅でこんな動画を見ているとか。話が阿佐ヶ谷から出ない。

 それも、ショッキングな出来事とか貴重な体験はまるでなく、そのへんのおばちゃんをつかまえて一年間エッセイを書いてもらったらこんな内容になるだろうなーというぐらいの話だ。

 文章からも「おもしろい文章を書いてやろう」というケレン味をまるで感じない。インターネットにおもしろおかしいコンテンツがあふれている今、それがかえって新鮮だ。

 書かれているのはなんとも平凡な日常なのだが、それがいい。「阿佐ヶ谷姉妹にはこういう人であってほしい」というこちらの願望そのものの生活だ。
 やらしい話だけど、テレビに出演する機会も増えて、稼ぎもなかなかのものだろう。それでもこのエッセイから伝わってくるのは「年収200万円ぐらいの人の生活」だ。どれだけ売れてもこの阿佐ヶ谷姉妹でいてほしい。というよりあまり爆発的に売れないでほしい。勝手な願いだけど。




 平々凡々とした日々がつづられるけど、第3章の『引っ越し騒動』でほんの少しだけ様相が変わる。

 6畳1間に同居していたふたりが、ついにそれぞれの部屋を求めて(とはいえ探すのは2DKでやはりいっしょに暮らせる家)阿佐ヶ谷の物件めぐりをはじめる。

 気合が入っているのか、テンションも高めだ。

 続いて伺ったのは閑静な住宅が立ち並ぶ南口。ベランダにも両部屋から出られて、過ごしやすそう。ただ、なぜか玄関のドアが、塗り直したのか内側だけすごく水色。みほさんは、「私は水色、大丈夫ですけど」とこれまた高らかに宣言。
 さてベランダに出てみると、2人の視界のすぐ先に、とある大学の有名相撲部のお稽古場が見えました。日も暮れかかった時間に、うっすら見える干されたまわし達。まわしもお相撲も嫌いではないけれど、あちらのまわしがこちらから見えるという事は、あちらから見ようとしたら、こちらのまわし的なものも見えてしまうのではないかしら。いや、こちら側のまわし的なものって何? という問いはさておき結局こちらも保留に致しました。

 だが、あちこち物件をまわったもののいろいろ欠点が目について決められず、「今の家がいいのよね」となってしまう。

 このあたりの心境、よくわかるなあ。ぼくもそういうタイプだ。妻も同じタイプなので、何度家探しをして「うーん、もう少し今のとこでいっか」となったことか。

 結局阿佐ヶ谷姉妹は引っ越し先が決められず、隣のワンルームが空いたのでそこも借りてお隣同士で暮らすことになる。今なら余裕でもっといいマンションにも住めるだろうに、それをしないところが阿佐ヶ谷姉妹の魅力なのだ。




 見た目はよく似ているのでちがいもよくわからなかった阿佐ヶ谷姉妹だけど、このエッセイを読むとふたりの性格の違いがよく見えてくる。

 細かいことを気にするけど忘れ物も多い江里子さんと、思い切りがよくてマイペースな美穂さん。

 この文章にも、江里子さんの人柄がよく表れている。いっしょに食事をしたときに、みほさんが自分の分のシチューしか持ってこなかったときの話。

 2人の部屋からみほさんの部屋になったとて、間取りは変わらず6畳1Kの狭い部屋です。コタツから立ち上がり、シチュー鍋まで5歩。自分の好きな分をよそって、また5歩。おそらく何カロリーも使わぬ動作で、シチューをゲットできます。いい歳をした女が、「なぜシチューをよそってくれないの」と、同じ位いい歳をした女につっかかるなんて、何だかあまりに器の小さい人間のようで言葉に出せず。普通に自分でよそってきて、普通のやりとりをして、ごちそうさまをして、隣の部屋に戻りました。
 自分の部屋に戻ってから、何だか無性に切ない気持ちになってしまいました。理由は間違いなく「シチューをよそってもらえなかった」という1点。こんな小さな事に引っかかっている自分も情けないのだけれど、どうにものどに刺さったお魚の骨のように、気にかかってしかたないのです。

 しばらく、みほめ~あの冷血人間め~なんてカリカリしていましたが、こう考え始めました。「私だったら、持ってくるけど」という考え方が違っているのかしら。
 私がそうしているから、あちらにもそうしてもらえるものだと思っている所から、ものさしが狂い始めるのかも、と。
 実際夫婦でも家族でもない2人が、たまたま生活様式を共にしているだけで、本来は個個。むしろ、私がみほさんにしている事は、頼まれてやっている事でもなく、こちらがよしとしてやっている事なのだから、それを相手に勝手に求めて勝手に腹を立てたりするのは、変な話で。やってもらう事は「必須」でなく「サービス」なのだ。そう思うと、落ち着いてきました。

 このエッセイを読んでいるとよくわかる。江里子さんはこういうことをいつまでもくよくよと考えているタイプで、美穂さんはたぶん気にしていない。たぶん「たまたま忘れていた」とか「なんとなくめんどくさい気分だった」とかで、深い意図があったわけではない。でも江里子さんは気になる。

「あたしの分は?」と訊けばいいのに、タイミングを逃してしまうともう訊けない。だったら気にしなきゃいいのに、気にしてしまう。余計な勘繰りで疲れてしまう。

 たぶん誰しも同じような経験があるだろう。
 ぼくも結婚生活を十年続ける中で何度も経験した。江里子さんは「夫婦でも家族でもない2人が、たまたま生活様式を共にしているだけで、本来は個個」と書いてるけど、夫婦だって同じだ。しょせんは他人。

 相手のちっちゃい行動が気になる。でもちっちゃいことだからこそ、余計に言えない。言えば「そんな細かいこと気にするなよ」とおもわれそうで。

 でもこういうのって、「言う」か「忘れる」のどっちかしかないんだよね。相手に察してもらうなんて無理だから、自分が変わるしかない。

 同居生活でうまくやっていく秘訣は「相手に心の中で求めない」だよね。つくづくおもう。


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