ルワンダ中央銀行総裁日記
(増補版)
服部 正也
ルワンダってどこ?とおもうかもしれませんね。
教えましょう。ルワンダは、ブルンジの北です。ごめんわからんわ。
ということで、日本銀行勤務や海外留学を経て、1965年から6年間にわたってルワンダ中央銀行の総裁を務めた日本人の回想録。ルワンダ中央銀行というのは単なる銀行じゃなくて、国の金融を管理する機関。日本銀行みたいなもんね。
ルワンダはベルギーの植民地だったのが、1962年に独立。服部さんが赴任したのはその3年後だから、まだまだできたて国家。いやあ、さぞたいへんだったんでしょう。
かたや1965年の日本はというと高度経済成長期のまっただなか。東京オリンピックの翌年だから、いけいけどんどんの頃だね。
だもんで、著者の文章にも、良く言えば自信がみなぎっている、悪く言えば「飛躍的な成長を遂げた日本から教えにいってやる」という上から目線を感じる。
これは決して著者が傲慢とかいうわけではなく、当時の日本人の総意に近いとおもう。1990年代までの日本人がアジア・アフリカについて書いた文章を読むと、終始「日本人が忘れた素朴な気持ちを持っているアジア・アフリカの連中」「おれたちがアジアやアフリカを導いてやる」って気持ちがぷんぷん漂ってるんだよね。それが善意であるのが余計にたちが悪い。
太平洋戦争時の日本人の意識とあんまり変わってなかったんじゃないかな。「欧米列強に虐げられているアジア諸国を解放してやる」って意識と。
幸か不幸か(主に不幸だけど)この三十年で日本が没落したことで、今の日本人からは「アジア・アフリカを導いてやる」意識が薄れてきた。だから著者のうっすら上から目線が気になる。
まあ偉そうではあるんだけど、実際偉い人なんだよ。この人。
まだ国の形も定まっていないルワンダで経済成長への道を形作ったんだから。
まるで学級会。この本読むと、いかにルワンダにシステムができていなかったかがわかる。システムはなく、外国人にいいように食い物にされている国。
明治時代に日本に来ていた外国人もこんな気持ちだったんだろうな。
日本もまるで自分たちだけの力で経済成長したかのような顔をしているけど、外国からの指導がなかったらまだ未開国の可能性あるよな。明治時代の本読んだら、大学の先生なんて外国人ばっかりだもんな。
服部さんが大統領に語った話。
この言葉を、2022年の日本政府に言って聞かせてやりたい。
なぜ日本が30年間経済成長せずに停滞して、他国に大きく後れをとったのか。答えがまさにこれ。ここで服部さんが語っているのと正反対のことが日本では起きていた。大企業・正社員という〝身分〟の人間が不当に優遇され、自由な競争が制限された。そして国の富は国内の繁栄のためではなく投資家のために使われた。高所得者と資産家に対する課税は下がり、消費税は上がる一方。50年前の人が知っていた「経済成長の道」の逆を行き、見事に没落した。
この、自信みなぎる言葉を聞くのが恥ずかしい。50年前は「世界で最も有能な日本銀行」と心からおもえたんだな。今、そんなこと信じる人ひとりもいないだろう。
ダロン・アセモグル & ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』によると、国が経済成長するかどうかを分けるカギは「努力やイノベーションが報われる国か、それとも成果が権力者に収奪される国か」だという。
日本が成長したのは日本人が勤勉だとかいう輩がいるが、そんなわけない。国民性なんて持って生まれたもんじゃない。がんばって報われるならがんばるし、そうでないならサボる。誰だって同じだ。
だから「努力すれば(多少の不運があっても)幸福を手に入られれるようにする」ことが政治の正しい役割なのだが、残念ながら今の日本はそういう制度になっていない。貧しい家庭に生まれれば高い教育を受けられないし、高い教育を受けられなければ大企業の正社員になれない。大企業の正社員になれなければ、悪いことか大博打でもしないかぎりまず金持ちにはなれない。服部さんが就任する前のルワンダと同じ状況だ。
読めば「服部さんはなんて立派な人だ」とおもうけど、あまりにも立派すぎてちょっと辟易してしまう。しょせんは自伝だからな、自分のことは悪く言わんわな、という気になる。
だってほんとにこの本を読むかぎりスーパースターなんだもん。経済に明るく、努力を惜しまず、権力者におもねることなく、先入観にとらわれず、強き者(欧米の企業)に立ち向かい、弱き者(ルワンダ国民)に寄り添い、必要であれば守備範囲外も助け、けれど必要以上には口を出さずに人を育て、国を正しい道へと導く。完全無欠すぎる。
ほんとにこの人同じ人間なのか、とおもってしまう。
ほぼ唯一といっていい、人間らしいエピソード。
ふはは。
あまりにも完全無比な人だから、ちょっと悪いエピソードにかえって安心する。
服部さんが在任した6年間の後、ルワンダの経済は大きく成長した。周辺国に大きく水をあけたので「アフリカの優等生」とも呼ばれたらしい(この言い方も上から目線だよなあ)。
だが1980年には内紛が起こり、1994年には民族紛争により数十万人が殺される大量虐殺が起きる。その後も戦争などを経て、21世紀に入って「アフリカの奇跡」と呼ばれるほど大きな経済成長を遂げたものの今では強権的な独裁者が長らく大統領の座にとどまっている。
こうした「その後の悲劇」を知ってしまうと、なんだかむなしくなってしまう。服部さんやルワンダ国民が奮闘して経済成長しても、紛争が起きたらそんなのもふっとんでしまうんだもんな。もしも経済成長していなかったら歴史が変わって紛争が起こっていなかったのかも……なんてことも考えてしまう。まあそんなことは誰にもわからないし、そっちルートはもっと不幸な未来が待っていたのかもしれないけどさ。
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