2022年1月27日木曜日

【読書感想文】服部 正也『ルワンダ中央銀行総裁日記』 ~ ルワンダを見れば日本衰退の理由がわかる

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ルワンダ中央銀行総裁日記

(増補版)

服部 正也

内容(e-honより)
一九六五年、経済的に繁栄する日本からアフリカ中央の一小国ルワンダの中央銀行総裁として着任した著者を待つものは、財政と国際収支の恒常的赤字であった―。本書は物理的条件の不利に屈せず、様々の驚きや発見の連続のなかで、あくまで民情に即した経済改革を遂行した日本人総裁の記録である。今回、九四年のルワンダ動乱をめぐる一文を増補し、著者の業績をその後のアフリカ経済の推移のなかに位置づける。

 ルワンダってどこ?とおもうかもしれませんね。
 教えましょう。ルワンダは、ブルンジの北です。ごめんわからんわ。

 ということで、日本銀行勤務や海外留学を経て、1965年から6年間にわたってルワンダ中央銀行の総裁を務めた日本人の回想録。ルワンダ中央銀行というのは単なる銀行じゃなくて、国の金融を管理する機関。日本銀行みたいなもんね。

 ルワンダはベルギーの植民地だったのが、1962年に独立。服部さんが赴任したのはその3年後だから、まだまだできたて国家。いやあ、さぞたいへんだったんでしょう。

 かたや1965年の日本はというと高度経済成長期のまっただなか。東京オリンピックの翌年だから、いけいけどんどんの頃だね。

 だもんで、著者の文章にも、良く言えば自信がみなぎっている、悪く言えば「飛躍的な成長を遂げた日本から教えにいってやる」という上から目線を感じる。

 これは決して著者が傲慢とかいうわけではなく、当時の日本人の総意に近いとおもう。1990年代までの日本人がアジア・アフリカについて書いた文章を読むと、終始「日本人が忘れた素朴な気持ちを持っているアジア・アフリカの連中」「おれたちがアジアやアフリカを導いてやる」って気持ちがぷんぷん漂ってるんだよね。それが善意であるのが余計にたちが悪い。

 太平洋戦争時の日本人の意識とあんまり変わってなかったんじゃないかな。「欧米列強に虐げられているアジア諸国を解放してやる」って意識と。

 幸か不幸か(主に不幸だけど)この三十年で日本が没落したことで、今の日本人からは「アジア・アフリカを導いてやる」意識が薄れてきた。だから著者のうっすら上から目線が気になる。




 まあ偉そうではあるんだけど、実際偉い人なんだよ。この人。

 まだ国の形も定まっていないルワンダで経済成長への道を形作ったんだから。

 理事会の議事録を読んで驚いたのは、前一九六四年五月から十月まで十回の会合で、金融政策に関する討議は一回もなく、昇給、建築といったことが決定されているほかは、理事会と総裁はどちらが上位かという議論だけは毎回くりかえされ、ついに大蔵大臣の裁定を願っていることである。大臣の裁定は理事会は政策決定機関、総裁は執行機関であるという法律の趣旨をくりかえし、つまらない非生産的な議論はいい加減にして仕事を始めよとの強い叱責が付されている。
 さらに記録によれば、初代総裁は法律で定められた監事の検査を、門扉を閉して拒否し、これまた大蔵大臣から強く叱られているのである。

 まるで学級会。この本読むと、いかにルワンダにシステムができていなかったかがわかる。システムはなく、外国人にいいように食い物にされている国。

 明治時代に日本に来ていた外国人もこんな気持ちだったんだろうな。

 日本もまるで自分たちだけの力で経済成長したかのような顔をしているけど、外国からの指導がなかったらまだ未開国の可能性あるよな。明治時代の本読んだら、大学の先生なんて外国人ばっかりだもんな。


 服部さんが大統領に語った話。

 それでは現実の問題として途上国の経済成長はなぜ遅いのか。私は日本の経済成長と、東南アジアの国の実情をみて、これはその国の社会経済の仕組みに問題があると思っています。国のなかで生産された富が一部の人の手に渡ってゆき、それがさらに生産を増すために使われるなら、富が富を生み、国の経済はますます発展するのです。しかし生産された富を手に入れた一部の人がこれを浪費すれば、富は富を生まず経済は停滞するのです。もし国民のあいだに、身分や血縁関係などによらず能力のあるものが出世できるような自由競争が行なわれていれば、富を下手に使ったり浪費するような人たちは早晩競争に負けて、能力のある人たちがこれにとって代り、国の富を手に入れてそれを生産に使うことによって再び富を生むという過程が始まるわけです。しかし国の制度でこの競争が制限されていると、富を浪費する人たちが階級化され、富の浪費が恒久化するのです。
 東南アジアのカーストや貧富の差や農民負債はいずれも、国民間の競争を制限抑圧しているもので、この地域の経済発展を阻害している最大の要因になっていると私は思っています。次にこの地域で経済発展を阻害しているのは、国の富、ことに近代的生産のために使われている富のかなりの部分が、植民地時代の名残りと、民間外資の神話とのために、外国人の手にあり、そこから生まれる新しい富の大部分が再び富を作るために国内に残らず、所有者である外国人の本国に輸出されることです。日本の場合はどんなに貧乏な家の子でも、勉強して試験に合格すれば一流の大学に入れ、しかも一流の大学ほど学費は安いのです。現に私の学友のうち三分の二は苦学していたのです。一流の大学を出れば官界事業界に自由に入れ、最高の地位も獲得できるという自由競争が行なわれています。また明治以来日本は、民族資本の育成に心がけてきたので、利潤の大部分が国内に蓄積され、新たな富を作っているのです。

 この言葉を、2022年の日本政府に言って聞かせてやりたい。

 なぜ日本が30年間経済成長せずに停滞して、他国に大きく後れをとったのか。答えがまさにこれ。ここで服部さんが語っているのと正反対のことが日本では起きていた。大企業・正社員という〝身分〟の人間が不当に優遇され、自由な競争が制限された。そして国の富は国内の繁栄のためではなく投資家のために使われた。高所得者と資産家に対する課税は下がり、消費税は上がる一方。50年前の人が知っていた「経済成長の道」の逆を行き、見事に没落した。

 私は経済再建計画の構想を詳しく説明し、協力を願った。彼は熱心に聞いていたが私の話を聞き終ると、破顔一笑して、「今まで経済はむつかしいものと思っていたが、あなたの話を聞いていると、私のような小学校教師の教育しかないものでもよくわかる。本当にそんな簡単なものですか。またルワンダみたいな途上国であなたのいうとおりうまくゆきますか」と聞いた。私は、「ルワンダは途上国だからこそ経済は簡単なのです。今までうまくゆかなかったのは、簡単な経済に複雑怪奇な制度を強制していたからです。通貨改革の意味は、ルワンダを苦しめている複雑怪奇な制度を潰して、働けば栄えるという簡単な制度を新たにつくることなのです。私は世界で最も有能な日本銀行に二十年奉職し、アジアの途上国の経済にも接した職業的経験に照らして、今後ルワンダ経済が隆々と発展することを確信します」と答えた。

 この、自信みなぎる言葉を聞くのが恥ずかしい。50年前は「世界で最も有能な日本銀行」と心からおもえたんだな。今、そんなこと信じる人ひとりもいないだろう。


 ダロン・アセモグル & ジェイムズ・A・ロビンソン『国家はなぜ衰退するのか』によると、国が経済成長するかどうかを分けるカギは「努力やイノベーションが報われる国か、それとも成果が権力者に収奪される国か」だという。

 日本が成長したのは日本人が勤勉だとかいう輩がいるが、そんなわけない。国民性なんて持って生まれたもんじゃない。がんばって報われるならがんばるし、そうでないならサボる。誰だって同じだ。

 だから「努力すれば(多少の不運があっても)幸福を手に入られれるようにする」ことが政治の正しい役割なのだが、残念ながら今の日本はそういう制度になっていない。貧しい家庭に生まれれば高い教育を受けられないし、高い教育を受けられなければ大企業の正社員になれない。大企業の正社員になれなければ、悪いことか大博打でもしないかぎりまず金持ちにはなれない。服部さんが就任する前のルワンダと同じ状況だ。




 読めば「服部さんはなんて立派な人だ」とおもうけど、あまりにも立派すぎてちょっと辟易してしまう。しょせんは自伝だからな、自分のことは悪く言わんわな、という気になる。

 だってほんとにこの本を読むかぎりスーパースターなんだもん。経済に明るく、努力を惜しまず、権力者におもねることなく、先入観にとらわれず、強き者(欧米の企業)に立ち向かい、弱き者(ルワンダ国民)に寄り添い、必要であれば守備範囲外も助け、けれど必要以上には口を出さずに人を育て、国を正しい道へと導く。完全無欠すぎる。

 ほんとにこの人同じ人間なのか、とおもってしまう。

 ほぼ唯一といっていい、人間らしいエピソード。

ところが空港で一悶着あった。日本で旅券を発給してもらうとき、行先国にブルンディも申請しておいたのだが、ルワンダとブルンディは仲が悪いから旅券の行先に入れないほうがいいでしょうと、外務省が親切にブルンディを落してくれたのである。
 ブルンディに出発するとき私もそれが心配だから、飛行機会社に前もって入国管理に話してくれと頼んでいたのだが、連絡不充分で話が通じなかったらしい。入国管理で私の旅券を見て、フランス語で「あなたの旅券の行先国としてブルンディが書かれていませんが」という。外国で官憲と問題が起ったときは言葉ができないほうが得だと私は思っているので、私が知らん顔をしていると、今度は同じ質問を英語でした。相変らず知らん顔をしていると、私の顔とパスポートを見比べて「日本の外交官でしたか。大変失礼しました」と、スタンプを押して一礼して、私の一般旅券を返してくれた。英語もフランス語も知らない人を外交官でもないだろう、アフリカでも沈黙は金なりかと苦笑した。

 ふはは。

 あまりにも完全無比な人だから、ちょっと悪いエピソードにかえって安心する。




 服部さんが在任した6年間の後、ルワンダの経済は大きく成長した。周辺国に大きく水をあけたので「アフリカの優等生」とも呼ばれたらしい(この言い方も上から目線だよなあ)。

 だが1980年には内紛が起こり、1994年には民族紛争により数十万人が殺される大量虐殺が起きる。その後も戦争などを経て、21世紀に入って「アフリカの奇跡」と呼ばれるほど大きな経済成長を遂げたものの今では強権的な独裁者が長らく大統領の座にとどまっている。

 こうした「その後の悲劇」を知ってしまうと、なんだかむなしくなってしまう。服部さんやルワンダ国民が奮闘して経済成長しても、紛争が起きたらそんなのもふっとんでしまうんだもんな。もしも経済成長していなかったら歴史が変わって紛争が起こっていなかったのかも……なんてことも考えてしまう。まあそんなことは誰にもわからないし、そっちルートはもっと不幸な未来が待っていたのかもしれないけどさ。


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