2022年1月14日金曜日

【読書感想文】テッド・チャン『息吹』~17年ぶり2作目~

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息吹

テッド・チャン(著)  大森 望(訳)

内容(e-honより)
「あなたの人生の物語」を映画化した「メッセージ」で、世界的にブレイクしたテッド・チャン。第一短篇集『あなたの人生の物語』から17年ぶりの刊行となる最新作品集。人間がひとりも出てこない世界、その世界の秘密を探求する科学者の、驚異の物語を描く表題作「息吹」(ヒューゴー賞、ローカス賞、英国SF協会賞、SFマガジン読者賞受賞)、『千夜一夜物語』の枠組みを使い、科学的にあり得るタイムトラベルを描いた「商人と錬金術師の門」(ヒューゴー賞、ネビュラ賞、星雲賞受賞)、「ソフトウェア・オブジェクトのライフサイクル」(ヒューゴー賞、ローカス賞、星雲賞受賞)をはじめ、タイムトラベル、AIの未来、量子論、自由意志、創造説など、科学・思想・文学の最新の知見を取り入れた珠玉の9篇を収録。


 デビュー作『あなたの人生の物語』からなんと17年ぶり(!)となる作品集。

 17年で2冊しか発表していない超寡作作家ながら多くのSFファンから評価されているのだから、それだけでも作品のクオリティが高いことがよくわかる。

 ぼくも前作『あなたの人生の物語』を読み、この想像力の豊かさに驚かされた。「知能がものすごく高くなったら」「宇宙人が地球にやってきてファーストコンタクトをとることになったら」といったごくごくシンプルな発想なのに、とことんまで突きつめて細部を想像しているから説得力がすごい。

 「こんなにシンプルなのにおもしろい話を、どうしてこれまで誰もおもいつかなかったんだろう」とうならされたものだ。

 今作ももちろんすばらしかった。

「機械の身体を持った生命が跋扈する世の中になったとしたら」「過去の言動すべてが記録されていつまでも残るとしたら」「創造説の通りに、ある瞬間に世界のすべてが神によって作られたとしたら」といったシンプルな設定からとんでもない飛躍をみせてくれる。

 ただ、個人的には『あなたの人生の物語』に比べると設定がこみいりすぎていたように感じる。もちろん本格SFファンにとってはそれぐらいのほうがいいのだろうが、ぼくのような軟弱SFファンには設定を理解するだけでせいいっぱい、みたいな短篇が多かったぜ。




 好きだったのは冒頭の作品『商人と錬金術師の門』。

 アラビアンナイトの語りを借りた時間旅行もの。SFの定番中の定番・時間旅行だが、この作品では「過去や未来を変えることができない」というのがミソ。
 主人公もそれはわかっている。だが過去へと旅立つ。やはり過去を変えることはできない。だが主人公はそれでも過去に行ったことで深い満足を味わう。歴史を改変することはできなくても、主人公の心中にはたしかに変化が起こるのだ……。

『ドラえもん』でもくりかえし語られるテーマだよね。『ドラえもんだらけ』『ぼくを止めるのび太』『タイムマシンで犯人を』『無事故でけがをした話』など、「タイムマシンを使って過去を変えようとするも結局変わらない」話は枚挙にいとまがない。

『ドラえもん』でも扱われるぐらいのテーマなので、SF初心者にも易しい。




 表題作『息吹』は機械生命たちの世界で、医師が命の神秘について考察する話。同胞たちはほぼ不死で、解剖はタブーとされている。

 すこぶる忙しいときや、ひとりでいたい気分のときは、ただたんに、満杯の肺を保管場所からとりだして胸郭に装塡し、空になった肺を部屋の反対側に置く。ほんの数分でも時間の余裕があるなら、空の肺を給気口に接続して、次の人のために満杯にしておくのが一般的な礼儀だ。しかしなんといっても、いちばん一般的なのは、給気所に残って社交を楽しみ、その日の出来事について友人や知人と語り合ったり、また満杯になった肺を話し相手にさしだしたりすることだろう。厳密な意味での空気共有とは呼べないにしろ、われわれの空気すべてがおなじ源から発していると実感することで、仲間意識が生まれる。なぜなら、給気口とは、地下深くにある貯蔵槽──世界の巨大な肺にして、われわれの栄養すべての源──から延びる給気管の末端にほかならないからである。

「機械が支配する世の中になったら」はよくあるアイデアだけど、その世界での「機械生命の疑問や悩み」についてここまでじっくり考察を深められるのはさすがテッド・チャン。
 知性と空想の極限を極めた逸品だ。





『偽りのない事実、偽りのない気持ち』は、「リメン」と呼ばれる映像記録装置によって見たもの話した内容などをすべて記録できるようになった世界の話。

 リメンはユーザーの会話を監視して、過去の出来事についての言及を見つけると、視界の左下隅にその出来事の映像記録を表示する。「覚えてる? あの結婚式でコンガを踊ったの」といえば、リメンはそのときの動画を再生する。話している相手が「こないだいっしょに海に行ったとき」といえば、リメンはその動画を再生する。だれかと話しているときだけではない。リメンはユーザーの声に出さない言葉も監視している。もしあなたが「はじめて行った四川料理店」という文章を読むと、その文章を朗読しているときと同様にあなたの声帯が動き、リメンは関連する映像を再生する。
「鍵をどこへやったっけ?」という声に出さない質問にすぐさま答えてくれるソフトウェアが役に立つことは否定すべくもない。しかしウェットストーンは、リメンを便利なバーチャル・アシスタント以上のものと位置づけている。リメンが人間本来の記憶にとってかわることを望んでいるのだ。

 これは近い未来に実現しそうな技術だ。というか技術的には今でも可能なんじゃないだろうか(検索はまだ難しいだろうが、記録だけなら可能だろう)。というか今でも予定や日記をクラウド上に記録している人や、片時もスマホを手放さずにSNSにひっきりなしに投稿していう人は、ほとんどこれに近いことをやっている。

 ぼくだって、読んだ本をほとんどこのブログに書いているので「あの本なんだったっけ」と自分のブログを検索することがある。Kindleで読んだ本は本の内容もかんたんに検索できるし。読書だけに限定した「リメン」を使っているようなものだ。


「リメン」によって浮かび上がるのは、人間の記憶がいかに不確かなことかということだ。なにしろ正確な過去がいつまでも形を変えずに残り続けるのだから。

 だが、『偽りのない事実、偽りのない気持ち』では正確な記憶は必ずしも良い結果ばかりをもたらすものではないことを突きつける。人間の記憶は不正確だからこそ良好な人間関係を築けるのだ、と。

 たしかになあ。ぼくは家族や友人たちから言われた言葉で傷ついたことがあるし、それ以上に心無い言葉で傷つけてきた。それでもそこそこ良好な関係を築けているのは、お互いに嫌な過去を忘れてきたからだ。嫌な過去が永遠に鮮明に残るとしたら、関係を続けることはできないかもしれない。

 記憶はあてにならないからこといいんだよね。

「中二病」とか「黒歴史」という言葉があるけど、あれは自分の記憶の中にだけあるからまだ笑い話になるけど、過去のイタい行動が全部どこかのデータサーバに残って誰にでも参照可能だとしたら……。おお、考えただけでもぞっとする。

 思春期に世界とつながれる(そしてその痕跡がいつまでも残りつづける)今の若い人は不幸なのかもしれない。




 ということでおもしろかったんだけど、ちょっと重厚すぎたというか、ぼくには『あなたの人生の物語』のほうが性に合ってたな。

 物語としては『息吹』のほうが高い完成度を持っているのかもしれないけど、『あなたの人生の物語』のほうがワンアイデアをどこまでも推し進めるパワフルさがあって好きだったな。豪速球ストレートって感じで。


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