2021年10月18日月曜日

【読書感想文】永 六輔『無名人名語録』

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無名人名語録

永 六輔

内容(e-honより)
日本全国一億二千万人が創った名言・箴言・格言・警句。巷に生きる無名人が残した言葉を、ひたすらメモしてみると、時にドキッとするような内容にであう。ジッとかみしめ想いをひろげていくと、何かそこはかとない共感と連帯の気持ちがわいてくる。ここに集めた傑作を、どうぞ声をだして読んでください。


 なんだろう。すごく新奇なことが書いてあるわけじゃないんだけど。でもいい本だったなあ。
 本ってこのためにあるのかもしれない、とすらおもえる。


 ラジオやテレビのタレントであり、番組で日本中あちこち旅をしていた永六輔さん。そんな永六輔さんが全国各地で耳にした、市井の人々の発言を集めた本。
 刊行は今から三十年以上前。

 どんな状況で誰が発した言葉か、なんてのは一切書かれていない。ただ発言だけが並べられている(一応テーマごとに分かれている)。

 これが、しみじみといい。 

「名誉や、地位は捨てられるんですよ。
 出世欲だって、性欲だって、なんとか捨てられるものです。
 物欲、もちろん、捨てられます。
 一番むずかしいのは、名前です。
 名前を捨てることができたら、プロの乞食になれます。そういうものです」

 こんなのとかね。

 ホームレスの人から聞いた話なのかな。ふしぎな説得力がある。

 たしかに、名前を捨てるのはむずかしそうだ。
 ブッダだって、名誉も地位も家族も財産も捨てたけど、名前だけは捨てなかったもんね。すべてを失っても、名前という「生きた証」だけは捨てられない。それを捨てたら人間でなくなる。

 人間と他の動物を区別するものは「自分の名前を持っているか」かもしれないな。動物には、他人からつけられる名前はあっても自称する名前はないだろうから。
(だから『吾輩は猫である』の猫は名前がないのか!)




 深く考えずに発したであろう言葉の中にも、箴言は多く眠っている。

「そりゃ若いときは有名になりたいと思ったさ、無名で終わるなんて考えもしなかった。でもね、でも、年をとってみると、ちょっとはわかってくるんだよ。
 有名人なんてものは、ありゃ世間のペットみたいなもんでさ。
 我々は気が向いたときに可愛がってやりゃいいもんだってね」

 そうだねえ。

 ぼくも有名人にあこがれたことはあった。というか、自分は有名になるもんだとおもっていた。

 でも中年になって、これから先ぼくが有名になることなんて大犯罪でもしないかぎりはないとあきらめた。あきらめたから負け惜しみでいうわけじゃないけど、有名人ってたいへんだろうな。どこへいっても有名人なんだもの。

 だからデーモン小暮さんとかゴールデンボンバーの樽美酒研二さんみたいな「素顔の知れない有名人」がいちばんいいよね。有名人と無名人を使い分けられるから。




「女郎とか杜氏っていうのは、みんな貧しさが前提なんですね。出稼ぎで都会に来たり、産地に行ったりするわけですよ。
 だからこそむかしはいい女郎も、いい杜氏も育ったわけなんですね。
 世の中が豊かになって、ソープ・ランド嬢はいてもむかしのような女郎はいませんね。
 同じことなんです。酒を作る現場も、技術は落ちてますよ」 

 日本がモノづくり大国と言われていた時代もあったけど、あれは貧しい人がたくさんいたからこそなんだろうな。

 そりゃあモノづくりが好きな人はいるけど、豊かな生活を送れる人はなかなか「汗と機械油にまみれる仕事」や「地味で、長期間の修行が必要で、それほど給料がいいわけでもない仕事」を選びませんよ。

 従事する人が減れば全体のレベルも落ちる。「モノづくり大国」が衰退したのも必然。

 しかし日本はまた貧しい国になりつつあるので、職人が復活するかもね。いやでも一度途絶えた技術はそうかんたんに取り戻せないか……。




 いい言葉はたくさんあるが、中でも気に入ったもの。

「人間が制御できない科学というのは、科学って言っちゃいけないんじゃないですか」
「政治家のなかには立派な人もいますよ。でもね、全体のことを考えて、その立派な人も入れて皆殺しにするってのは、どうですかね」

 特にこの「政治家のなかには~」なんて、大っぴらに言ったり書いたりできることじゃない。

 だからこそ、こうやって書き記しておくことには価値がある。ネット空間ですらうかつなことを書けなくなっちゃったからね。

 三十年前の日本人がプライベートな場でどんなことを言っていたのかを知る手掛かりになる、貴重な本だ。 

 当時は市井の人々の声なんてなかなか世に届けられなかったしね。

 今だったら個人ブログやSNSで発信しやすくはなったけど、それでも「書いて世界に向けて発信しよう!」という意図がはたらいた上で書いているものだから、「ふとした瞬間に漏れたなんてことない言葉」とはやっぱりちがう。

 こういう「無名な人のなんてことない言葉」を集めた本、ずっと出し続けてほしいな。永六輔さんは亡くなっちゃったから、誰か引き継ぐ人いないかねえ。日本中を旅していろんな人とふれあってる人で。


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