2020年10月5日月曜日

【読書感想文】世間は敵じゃない / 鴻上 尚史・佐藤 直樹『同調圧力』

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同調圧力

日本社会はなぜ息苦しいのか

鴻上 尚史  佐藤 直樹

内容(e-honより)
生きづらいのはあなたのせいじゃない。日本社会のカラクリ=世間のルールを解き明かし、息苦しさから解放されるためのヒント。

鴻上さんの文章を読むと、よく「同調圧力」という言葉が出てくる。
鴻上さんは一貫して世間と戦っている人だ。

この本が2020年に出されたことには意味がある。
なぜなら、今ほど「同調圧力」が高まっている時代はめったにないからだ。

同調圧力が高まっている原因は、言うまでもなく新型コロナウイルス。
未曽有のパンデミックに直面し、
「おれはおれの好きなようにやるよ。だから人のことは放っておいてくれよ」
と言いづらい時代になっている。

この対談では、今の状況は戦時下だと指摘している。

鴻上 戦時下だと考えれば相似形がたくさんあります。第二次大戦中って、ミッドウェー海戦以降負け始めてからは、本当はどれぐらい損害があったかとか、どれぐらい敵を倒したかとか、ちゃんとした計測ができなくなったし、しなくなった。希望的観測だけを語り始めるようになったんです。今回のコロナ禍にしても、実際は何人が感染していて何人亡くなっているのか、PCR検査が少なくて正確には分からない。肺炎の死者とされている人のなかで何人がじつはコロナで死んでいたか、発表もされていない。実数は不明だけれど、すでに希望的観測だけが独り歩きしている状況が相似形です。
佐藤 これをメディアが何の検証もなく垂れ流している。
鴻上 まさに戦争中と同じですね。「新しい生活様式」なんて、戦時スローガンと言ってもおかしくないです。
佐藤 コロナが広がってもいいのか、他人に迷惑をかけてもいいのか、そんな危機感で人びとを脅迫しているわけです。そりゃあ「迷惑かけていいのか」と問われて、「構わない」と返答できる人は少ない。戦争中と同じで異論を言うだけで非国民扱いされるでしょう。こうした空気にメディアの多くも無批判に乗っかる。テレビなんて、どの局も同じことしか言ってないじゃないですか。生活を変えろとか、いまは我慢すべきだとか、説教ばかりをくりかえす。

ぼくは数年前にテレビのニュースやワイドショーを観ることをやめたのでわからないが、漏れ聞こえてくる話ではなかなかのパニック状態だったらしい。

やれトイレットペーパーが買い占められただの、やれどこどこの誰それが感染しただの、感染者はどこで遊んでただの、どこの店はこの状況にかかわらず営業しているだの、かなり暴走していたそうだ。

人権よりも法律よりもコロナ対策のほうが大事。
そりゃあ命より大事なものなんてないけど、「感染したらぜったい死ぬ」ってわけじゃない。
そうかんたんに人権を預けてしまっていいの? その天秤、ちょっと「コロナ対策」側に偏りすぎじゃない?
とおもうことも多々あった。

こんなに同調圧力が強くなったのは戦後初めてのことだろう。

〝世間〟がパンデミックを機に暴走したというか。
いや、元々潜んでいた〝世間〟の凶暴さがパンデミックで明るみに出たといったほうがいいかもしれない。




この対談中で、鴻上さんと佐藤さんは〝世間〟が強いことを問題視している。
うなずけることも多いが、ぼくとしては「世間を敵視しすぎじゃないか」という気もする。

理由のひとつには、ぼくが現在〝世間〟でそこそこうまくやっていけていること。
サラリーマンで、結婚して家族がいて、日本人で、男で、異性愛者で、特に変わった性嗜好もなく(ちょっとはあるけど)、だいたいの面でマジョリティの側にいるので〝世間〟と衝突する機会が少ないこと。

もうひとつは、器質的にそもそも〝世間〟の眼があまり気にならないこと。
ぼくは学生時代、冬でも浴衣でうろうろしたり、ドラえもんのバカでかいバッグをぶらさげて通学したり、制服は学ランなのにひとりだけネクタイをしていたり、枕持参で授業中に居眠りしてわざと怒られたり、要するに「変わったことをして目立ちたい」人間だった。
どっちかっていったら〝世間〟にあえて逆らうことを楽しむタイプなのだ。だからむしろ〝世間〟があったほうが叛逆の楽しさがある。
だってハロウィンパーティーみたいに「コスプレしてもいい場」で変な恰好をしてもぜんぜんおもしろくないじゃん。みんながスーツのときにひとりだけ奇抜な恰好をするのが楽しいんじゃん。

そんなふうに〝世間〟に苦しめられた記憶の少ないぼくとしては、〝世間〟が力を持っていることも悪いことばかりじゃない、むしろいいことのほうが多いんじゃないかとおもうんだよね。


たとえば「他人に迷惑をかけてはいけない」というのが〝世間〟の教えだが、それが治安の良さにつながっている面もある。
「法に触れさえしなければ何をしてもいい」と考える人たちが跋扈する世の中よりも、「たとえ法に触れていなくても世間に顔向けできないようなことをしてはいけない」と考える人たちの世の中のほうが、特に弱者は生きていきやすい。

欧米は神の眼を意識して行動するが日本人は世間の眼を意識して行動する、とよく言われる。
だからなんだ。
神におびえて生きることがそんなにえらいもんなのかよ。神なんてひとりひとりの心の中にいるもんだろ。
自分勝手な神を心に住まわせてるやつは自分勝手に生きてていいのかよ。
それよりは、ときには実際に牙をむくことのある〝世間〟のほうがまだ信用できるんじゃないか?
それとも神は唯一の存在だから自分勝手な神の存在は認められないのか? それこそ同調圧力じゃないの?


〝世間〟が強い国は、多数派でいるかぎりは生きやすい国だ。
〝個人〟が強い国のほうが、マイノリティでも生きやすいかもしれない。その代わり、他の人がちょっとずつ不便を強いられる。

それぞれ一長一短あるし、それぞれにあった処世術がある。〝世間〟が弱くなればいい、と単純に言えるものではないとおもう。




問題は〝世間〟が強いことではない。

佐藤 日本で犯罪はどのように捉えられるかというと、「法のルール」に反した行為であると同時に、もっと大きいのは共同体を毀損する行為だということです。つまり「世間」という共同体を壊す、そうした行為なんです。罪を犯すことによって「世間」あるいは共同体の共同感情を毀損すると。だから犯罪はみんなを不安にさせる、共同感情が犯されるといったことになる。
鴻上 なるほど。みんなを不安にしたじゃないか、といったかたちで非難されるわけですか。
佐藤 もっと分かりやすく言えば、みんなに迷惑をかけたじゃないか、という考え方。迷惑をかけたのだから、加害者の家族は「世間」に対して謝罪をしなければいけない。それが同調圧力になります。
鴻上 「世間」の論理ですね。「社会」を壊したのではなく、「世間」を壊したと。

〝世間〟に関して、問題だとおもうのは大きく二つ。

  • 世間からはみだした人に対して過剰に攻撃的になる人がいる
  • 世間が法律よりも強くなってしまう

教師なんか特にその傾向がある。
学校という〝世間〟を守るために暴走してしまう。
髪を染めてはいけないという校則があるからといって生まれつき髪が茶色い生徒まで染めさせる、とか。
授業の邪魔をした生徒に体罰をふるう、とか。

学校という〝世間〟のルールが法律より強いと勘違いしちゃうんだよね。
だから憲法や法律の枠をはみだしてでも学校秩序を守らせようとしてしまう。


この表現はすごく嫌いなんだけど、コロナ禍における「自粛警察」もそうだよね。自粛に応じない人に嫌がらせをする犯罪者たち。
自粛要請はできることなら守ったほうがいいけど、様々な事情で自粛できない人もいる。思想信条的にあえて守らない人もいる。
(そのふたつの間に他人が境界線を引くことはできないとおもうので以下ひとまとめにする)

まあ言ってみれば〝世間〟からのはみ出し者だよね。
そういう人が減ってくれたほうが〝世間〟としては助かる。
だから「あの人こんな情勢なのにマスクもせずにうろうろしてるわ。やあね」と眉をひそめて距離をとる。それぐらいが平均的な対応だろう。

ところが、はみ出してしまった者に対して石を投げる者がいる。車に傷をつけたり誹謗中傷をしたりする。
明らかに犯罪だ。どれだけ〝世間〟の感情に合致していようが、犯罪は厳正に処罰しなくてはならない。〝世間〟が法より上位にくることがあってはならない。
シンプルな話だ。

だが警察や司法機関が〝世間〟に忖度してしまうことがある。
メディアも法律よりも〝世間〟の肩を持つことがある。
これはいけない。
〝世間〟が、ではない。
警察や司法機関やメディアが、だ。

〝世間〟は大事。でも法はいついかなるときでも〝世間〟よりも上。
それさえ忘れなければいい、ってだけの話だとおもうけどね。

地域や会社や友人やサークルやSNSなどいろんな〝世間〟に属して、どの〝世間〟ともほどほどに距離をとってつきあっていけば生きやすいよ。
通信環境の発達で昔よりもそれがやりやすい世の中になったし。




「できるかぎり世間の眼を気にしながら生きていたほうがよい世の中になる」

「とはいえ世間の風潮に逆らう人がいても(自分に実害がないかぎりは)目をつぶってやる寛容さを持つ」

ってのはぜんぜん両立する話だとおもうけど。

悪いのは世間をかさに着て犯罪行為をはたらくやつであって、〝世間〟そのものではない。
宗教を理由にテロをやるやつが悪くても宗教が悪いわけではないのと同じだよ。


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