「指揮者は山口で決まりだな。
じゃあ次、伴奏。伴奏やってくれる人ー!」
「……」
「誰もいないのか。合唱コンクールの伴奏なんてそんなに上手じゃなくてもいいんだぞ、誰かピアノやってくれる人ー」
「……」
「なんだ、誰もやりたくないのか。
しかし誰かがやらなきゃいけないんだから頼むよ。
まずピアノ弾ける人に出てきてもらって、その中から決めようか。
ピアノ弾ける人―」
「……」
「いやいや、三十人もいるんだから誰かひとりぐらいピアノ弾けるやついるだろ。
正直に言ってみろ、ピアノ習ってたやつは?」
「……」
「べつに十年やってたとかじゃなくていいんだぞ。
そんなに難しい曲じゃないんだし。一年以上ピアノ習ってたやつは?」
「……」
「え……? マジで……。マジでこのクラス、ピアノ弾けるやついないの!?
ひとりも? ひとりぐらいいるでしょ」
「……」
「あれだよ。ピアノじゃなくてもいいんだよ。
エレクトーンでもいいしオルガンでもいいし、なんならアコーディオンでもいいんだよ」
「……」
「さすがにアコーディオンはいないか。あれは道化師が弾くやつだもんな」
「あのー」
「おっ、大竹。おまえ弾けるのか。
いいんだぞ、男子でもぜんぜん」
「小学校の授業で鍵盤ハーモニカやったんで、『きらきら星』ぐらいなら弾けますが」
「ぜんぜん弾けねえじゃん!
上手じゃなくてもいいって言ったけど、『きらきら星』はないわー。
『きらきら星』って披露宴で新婦の友人がハンドベルでやるやつじゃん。あんなの演奏するって言わねえんだよ。お茶にごすって言うんだよ」
「あのー」
「おっ、川島。なんだよおまえ弾けるのかよ、早く言えよ」
「ピアノは弾けないんですけど、ハープなら十年やってます」
「ハハハハープ!?
ハープっておまえあれだろ、人魚が岩の上に座って奏でるやつだろ。
おまえあれ十年やってんの? すげー」
「あとテルミンもできます」
「テルミンってなによ」
「世界初の電子楽器です」
「あーあれか。楽器本体にさわらずに空間に手を置くだけで音が出るやつか。あれできるってすげー。一芸入試狙えんじゃん」
「それからビューグルも弾けます
「ビューグルってなによ」
「ビューグルは軍隊が使うラッパです」
「なにおまえ軍隊のラッパ吹けんの。ほんとに民間人?」
「あとチューブラーベル教室も十年通ってます」
「チューブラーベルってなによ」
「『のど自慢』の鐘でおなじみのやつです」
「あーあれか。うそ、あれ専門の教室あんの。あれきわめてNHK以外の就職先あんのかよ」
「あとカホンとタムタムとリソフォンとツィンクとブブゼラと法螺も一応お金とって演奏できるぐらいの腕前はありますけど……」
「なんかわかんないけど超すげーじゃん。じゃあ伴奏やれよ!」
「ピアノはやったことないのでドの音がどこかも知りません」
「なんでだよ。そんなマイナー楽器きわめてるくせになんでピアノ弾いたことないんだよ。そういうマイナー楽器はピアノとかギターとかで大成するのをあきらめたやつが逃げるとこだろ!」
「ひどい偏見ですね」
「もういいや、さっきのなんとかベルでいいや。のど自慢の鐘のやつ。あれで音階演奏できるだろ。あれを伴奏にしよう」
「あーでも私がチューブラーベルで弾けるの、のど自慢の“不合格のときの音”だけなんですよね……」
「チューブラーベル教室に通ってる十年間、何やってたの!?」
0 件のコメント:
コメントを投稿