おとうさんがいっぱい
三田村 信行(著) 佐々木 マキ (挿画)
子どものときから本は好きだったのでいろんな本を読んだが、もっとも印象に残った本を一冊だけ選べと言われたら『おとうさんがいっぱい』を挙げたい。
好きだったわけではない。
むしろ嫌いだった。
なぜならめちゃくちゃ怖いから。
児童文学とはおもえないぐらい怖い。
ぼくはいわゆる『怖い話』は好きじゃない。
怖くないから。
幽霊とか心霊現象とかをまったく信じていないので霊的な怪談はなんともおもわない。心が無風。
事故物件だって住めと言われたら住めるぜ(あえて選ぶほどではないけど)。ラララ科学の子。
ぼくが子どものときに怖かった話は三つ。
『世にも奇妙な物語』の『替え玉』というエピソード。
『まんがにっぽん昔話』の『影ワニ』というエピソード。
そして『おとうさんがいっぱい』。
ぜんぶよくわからない話だ。
奇妙なことに巻きこまれるが、なぜそうなったのか説明できない。
「おまえがあのとき殺した女の怨念が幽霊となった」みたいなわかりやすい説明がない。
そういうのが怖い。
『おとうさんがいっぱい』は怖かった。
幽霊もお化けも殺人鬼もゾンビも血も出てこない。描写も最小限で淡々とした文章。なのに怖い。
ごく平凡な日常の隣にぽっかりと口を開けた、ほんの少しだけこっちと違う世界の入口。
そんな感じ。
カフカみたいだ。カフカ読んだことないけど。
『おとうさんがいっぱい』には五編の短編が収録されている。
もうひとりの自分と出会う『ゆめであいましょう』
異次元に迷いこんでしまう『どこへもゆけない道』
部屋から脱出できない上に自身が世界から切り離されてしまう『ぼくは5階で』
父親が異空間に閉じこめられる『かべは知っていた』
どれも怖いが、やはりいちばんおっかなかったのは表題作『おとうさんがいっぱい』だ。
『おとうさんがいっぱい』はこんな話だ。
~ 以下ネタバレ ~
ひゃあこわい。
星新一作品はぜんぶ読んだが、ここまで切れ味がよくて後味の悪い作品はショートショートの神様・星新一ですらそう多くは残していない。
もう一度書くけど、児童文学なんだよ。おっかねえ。
いつか娘にも読ませたいけど、夜眠れなくなりそうだしな。
一年生にはショックが大きいだろうな。いつがいいんだろうな。
ところで、この本があまりに怖かったので、ぼくはいまだに佐々木マキ氏の絵も怖い。
佐々木マキ作の絵本(『ぶたのたね』とか)を読んでいても「これ最後にとんでもなくおそろしいことが起こるんじゃ……」とドキドキしてしまう。
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