2026年7月3日金曜日

【読書感想文】平賀 緑『食べものから学ぶ現代社会 ~私たちを動かす資本主義のカラクリ~』 / 価格は需要と供給で決まらない

食べものから学ぶ現代社会

私たちを動かす資本主義のカラクリ

平賀 緑

内容(e-honより)
豊かなはずの世界で「生きづらい」のは、経済学の考え方と私たちのリアルがずれているからではないだろうか。新たな目で、食べものから、現代社会のグローバル化、巨大企業、金融化、技術革新を読み解いてみよう。私たちを動かす資本主義のカラクリが見えたら、地に足をつけた力強い一歩を踏み出せるだろうから。

 食べものを入口に、現代社会、主に資本主義について語る本。

 今まで経済の本はあれこれ読んだけど、どうも腑に落ちないところがあった。

 需要曲線とかを見ながら「こうやって価格が決定するんです」と言われると、
「うーん、確かに理論的な説明だけど、まちがってないんだろうけど、でも核心はついていないような気がする」という気になった。

 だってほとんどの場合、ものの価格って売り手の都合で決まってるじゃん。たとえばいっときコメの価格がすごく上がったけど、それってほんとに受給の綱引きによるもの? 日本人がコメを食べる量は数ヶ月でそんなに変わるわけない。ってことは供給が減ったということになるわけだけど、ほんとにそこまで減ったの? そんなに記録的不作なら、もっと早い段階で「コメが大不作!」とニュースになったはず。 でも収穫量減少は話題にならなくて、あるときから急に価格高騰が話題になった。

 ほんとに需要と供給で価格が決まってるの?



『食べものから学ぶ現代社会』では、経済学の教科書とはちがう、より現実的な経済の動きが説明されている。

 AIではない、人間の頭脳で考えた答えをチラ見せすると、小麦のような世界の「主食」といわれる食べものも、資本主義経済が始まってからは売って儲ける「商品」へと変わり、小麦を大量に生産して、貿易して、小麦原料の食料品を大量に製造して販売するというサプライチェーンが形成され、その役割や価値の測り方が変わっていった歴史的な経緯があります。加えて近年では、小麦など食料の価格を決める商品取引市場では、小麦を売りたい農家や小麦を買いたい食品産業は少数派で、むしろ9割方ほとんどの取引は、小麦なんて実際には必要ない、ただ小麦価格の変動により手っ取り早く儲けることを狙っている「投機筋」や「投機マネー」とも呼ばれる、食や農に関係ない人たち(機関投資家、組織、最近はAIも)なのです。そこではもう、小麦の影も形も見られない抽象化された「金融商品」が取引されています。つまり、食や農の「金融化」によって、小麦などの食料もマネーゲームの駒の一つになってしまったということ。このマネーゲームにおいては、ちょっとした情報で相場が大きく動くのが特徴です。実際の需要や供給より、これから小麦の価格が上がるかもしれない(儲けられるかも!)と思わせる小さなきっかけで大きく値動きする。そのきっかけは、戦争でも、天災でも、誰かの発言でも、構わないとのこと。

 小麦の取引のうち9割が「小麦をほしい人」ではなく「小麦の価格差を利用して儲けたい人」によっておこなわれているというのだ。

 はーん。まあ江戸時代からコメ相場とかアズキ相場とかはあったので、マネーゲームとして食糧を売買する人は昔からいた(取引量が増えると流動性が増して価格の安定につながるというメリットもあるそうだ)。

 でも昔は、基本は農家と問屋の売買で、そこにちょっと仕手筋が乗っかるぐらいだったのだが、今では逆に「生産者と流通業者はごく一部で、そこに大量の仕手筋が乗っかる」という構造になってしまった。

 そりゃコメ価格も暴騰するはずだ。生産量が5%減っただけでも「今年はコメが少ないから値上がりするはず!」と大勢の投機筋が群がってくるわけだから、あっという間に価格は倍になってしまう。先物取引であれば実際にコメを貯蔵する必要もないからどれだけでも買えるしね。

 まだ株とか金とかであれば価格が何倍になろうと庶民の生活には直接かかわらないからいいんだけど、金持ちのマネーゲームのせいで食料品の価格が乱高下するのは困る。

 食料とか土地とかの取引はちゃんと法律で規制してほしいな。投機目的の取引には高い税金をかけるとかさ。




 先ほど「書類上は」と書いたように、物理的なバナナの貨物が大西洋をまっすぐ横断している間に、この貿易に関する書類は、ケイマン諸島、バーミューダ、ジャージー島、マン島、アイルランド、ルクセンブルクなどを手続きとして経由していく。各地でブランド使用料や金融・保険のサービス料などいろんな名目の「コスト」を計上して回り、結果、そのバナナを販売する英国では、残りわずかになった利益を計上してそれに対する少額の税金だけを払う。つまり、書類上だけ「タックスヘイブン」と呼ばれる租税回避地を渡り歩き、途中でいろんな名目の経費を計上したりして、その富は生産国でも消費国でもない「オフショア」に吸い上げられる。結果、このバナナは英国の店頭では実際の生産や輸入にかかったコストとはあまり関係ない値段で販売され、関連企業は「合法的な節税」を行うことができるというカラクリです。その他にも「ほんと、すごい!」と感心するくらいマニアックな手法がいろいろ考案されているようです。
 生産から消費までのフードシステムの途中に、このような大企業による寡占状態があるとどんな影響があるか。これは「砂時計構造」で説明されます。
(中略)バナナの生産者も消費者も星の数ほど多数いますが、生産から消費までの途中、バナナを集めて倉庫で管理したり貿易したりする段階には5社しかありません。つまりこの5社が、世界のバナナ貿易を牛耳っているのです。当然、この部分が利益を上げることも多く、例えばバナナ1本の価格のうち、プランテーション農場主が10%、そこで働く農場労働者は1.5%分しか得られないことを示しています。(中略)
 こうした砂時計構造がある場合、細くくびれた首根っこ部分を握っている企業が、どんな商品を選ぶか(遺伝子組み換えか否かなど)、どれだけ市場に流通させるか、どう価格設定するかなどに大きな力を発揮するのです。
 こんなリアル社会において、経済学が語る「需要と供給の法則」がまともに機能していると思いますか?

 食料が「金融商品」になってしまった結果、食料の流通や価格は大企業が決定するようになってしまった。いちばん報われるべき生産者にはほとんどお金が入ってこない。

 200円のバナナが売れても、バナナ農園で働く労働者に入ってくるのはたったの3円(1.5%)!

 そりゃあ輸送したり仕入れて卸したり店頭で売ったりするのも大事だけど、さすがに生産者に1.5%しか入らないのはおかしい。かといって消費者としては価格は安いにこしたことがないので「じゃああなたが300円で買ってください」って言われても困るんだけど……。

 経済学の教科書だと「売り手と買い手の綱引きによって価格が決定する」とあるけど、実際のところ貿易の大部分を握っているのは売り手でも買い手でもなく中間業者なわけだ。しかもその中間業者も税金対策で入っていたり。

 こんな状態で「自由な競争に基づく適正価格」なんてつくはずがない!



 ただ問題なのは「大企業が悪いせいだ!」と単純化できる話でもないってことだ。

 よく派遣の話になると思考停止して「派遣会社がピンハネするのが悪い!」と叫んで終わり、って人がいるけど、世の中はそんなに単純なものではない。たったひとつの原因と明確な悪人がいてそいつを退治すればすべてが丸く収まるのはおとぎ話だけだ。

 バナナ農園で働く労働者も、農場主も、流通を握っている大企業も、小売のスーパーも、バナナを買う消費者も、みんな悪くない。誰もが社会のルールにのっとって行動して「損をしないように」ふるまっている。その結果「バナナを作っている人に売上の1.5%しか入らない」というずいぶんおかしなことになってしまう。

 これがぼくらの生きる資本主義社会のシステムなのだ。システムがまちがっているのか? それとも「バナナを作っている人に売上の1.5%しか入らない」と考えるぼくらのほうがまちがっているのか?


 だからといって、一部の企業やビジネスだけが強欲なのが問題だというつもりはありません。資本は集中する傾向があるといわれます。その要因など議論し始めるとキリがありませんが、ただ実際、一部の巨大企業群が大きな影響力を持っていることは確かでしょう。
 問題は、こんな現代社会でも、いまだに経済学の教科書には完全競争市場の需要と供給の法則が説かれているし、ニュースでも需要や供給で説明されることが多いこと。そのギャップに気をつけて欲しいと思います。市場のメカニズムがきれいに機能するためには、多数の売り手と多数の買い手がみんな平等に売買していて、誰も価格や量を操作できない、みんなが市場が定めた価格を受け入れるという、大きく現実離れした前提条件が必要なのだということを認識しておくと、経済学者たちにだまされることなく、問題をクリアに見ることができるようになるはずですから。

 結局この本を読んでも「私たちを動かす資本主義のカラクリ」はよくわからなかった。でもそれでいいとおもう。資本主義のカラクリだなんて複雑でむずかしいものを、本一冊読んだぐらいでわかったら嘘だろう。たぶん誰にもわからない。

 わからないことをちゃんとわからないままに提示できるのは、誠実でいい書き手だ。バカは単純明快な答えを求めるけど、わからないものをわからないもの受け止められるのが知性だ。


 とりあえずわかるのは「市場のメカニズム」なんてのは現実とはほど遠い論理だってこと。わかりやすい説明に飛びつかないようにしなくちゃね。


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