長女はかんしゃく持ちだ。怒ると手が付けられなくなる。
長女が一歳のときに撮った動画がある。
積み木をふたつ重ねて押す娘。押すうちに、上に乗せた積み木がぽろりと落ちる。すると娘は「ぎゃー!」と泣いて床につっぷす。
しばらくするとまた挑戦する。ふたつ重ねた積み木を押す。上に乗せた積み木が落ちる。また泣き叫ぶ。
そのときは「ああおもうようにいかなくて怒ってるのか。かわいいな」とおもっていた。のんきに動画撮影をしていた。
長女が二歳になった。世間一般にいう〝イヤイヤ期〟突入である。うわさには聞いていたが、すごかった。
とにかく何をするのもイヤ、歩くのもイヤ、だっこされるのもイヤ、ベビーカーに乗るのもイヤ、置いていかれるのもイヤ、その場にいるのもイヤ、どないせいっちゅうねんとおもうが、イヤイヤ期とはそういうものらしい。機嫌を損ねると座りこんで泣きわめき、どうすることもできない。腹が減っているから怒るのだろうと食べ物やジュースで釣っても動こうとしない。怒ること火のごとし、動かざること山のごとしである。
まあイヤイヤ期だからな、とおもっていたが、三歳になっても四歳になってもかんしゃくを起こす。さすがに回数は減ったが、それでも一度怒りだすと、何を言っても耳を貸さなくなる。怒りが怒りを呼んで、どんどん燃え盛る。
他人を叩いたりものを壊したりといったことはほとんどないのが救いだが、一度機嫌を損ねると手が付けられなくなる。
この頃にようやく気付いた。「あれ、他の子はここまでひどくないぞ」と。
もちろん他の子も怒ることはあるが、うちの娘ほど長時間引きずらない。家の中ではどうだか知らないが、少なくとも外で遊んでいるときはほどほどのところで怒りを鎮めている。うちの娘だけが持続的な怒りを持っている。SDGsな怒りだ。
しかも回数が多い。他の子の三倍ぐらい怒っている。
小学生になっても、怒って怒ってすべてを台無しにしてしまうことがある。
一年生のとき。登校前に「鍵盤ハーモニカを持って行かなきゃいけないのにちょうどいいかばんがない!」と怒りだした。
こちらが「ちょっとはみだすけどこのかばんでいいじゃない」「紙袋ならあるけど」「袋に入れずにそのまま持っていけば」「それも嫌ならもう持って行かなきゃいいじゃない」とあれこれ案を出すも、すべて却下される。
〝この鍵盤ハーモニカがぴったし入る布製のかばん〟を用意するまでこの怒りは鎮まらないのだ。むりー。
たまたまリモートワークだったこともあって「だったら好きにしたら」と放っておいたら、まんまと学校に遅刻した。
二年生になっても同じようなことがあった。登校直前になって「宿題のプリントがない」と言いだした。家を出る時間がせまっていたので「今日は忘れましたって先生に言って、明日持っていきなよ」と言っても聞く耳持たず。強引に家から連れ出そうとしたがてこでも動かず。結局、妻が仕事を休むことにし、一日家にいることになった。
冷静に考えたら「鍵盤ハーモニカを忘れることと、学校に遅刻すること」「宿題のプリントを忘れることとと、学校をさぼること」のどっちがマシかは明らかだ。でも怒りだすとそういう判断ができなくなってしまう。
娘が怒りだしたとき、ぼくは妥協しない。「怒ると要求が通る」とおもわせたくないからだ。
だから娘が怒りだすと、譲歩するどころか逆にこちらの要求を吊り上げる。
たとえば「本を読んで」という娘と、「今日はもう遅いから明日」のぼくが対立する。娘が怒鳴る。ぼくは「じゃあ明後日」と言う。娘はもっと怒って叫ぶ。ぼくは「じゃあ三日後」と言う。
これを何度かやっていたら怒らなくなるかとおもったが、娘はぜんぜん学ばない。怒れば怒るほど不利になるのに、それでも怒る。なんてアホなんだ。犬のほうが賢いぞ。
まあ子どもだからな、とおもっていたのだが、次女の姿を見ているうちに心配になってきた。次女は長女とちがって怒りが長期化しないのだ。
もちろんかんしゃくを起こすことはあるが、数分で収まる。怒りだすと一切の譲歩を拒絶する長女と違い、次女は怒りながらも損得の計算をしているようで「ジュース飲む?」と訊くとあっさり譲歩してくれる。「Aは叶わなかったけど同等以上のBが手に入ったから良しとする」という判断をしてくれるのだ。長女はそれができない。
おいおいどうなってるんだ。八歳の長女よりも三歳の次女の方がよっぽど感情のコントロールができてるぞ。
子どもなんで怒りのコントロールができないのは当然かとおもっていたが(ぼくもかんしゃくを起こしやすい子どもだったので)、次女と比べると長女は感情のコントロールがへたすぎる。怒りをぶちまけたっていいことなんてひとつもない。うまくコントロールさせてやらなきゃあ。
というわけで、名越康文氏監修の『もうふりまわされない! 怒り・イライラ』という本を買った。
以前、名越康文さんの人の対談を聴きに行ったことがある。落ち着いたしゃべりかたをする精神科医だ。いかにも感情のコントロールがうまそうな人だった。
この本は、子ども向けに「怒りとはなんなのか。なぜ人は怒るのか。怒りを落ち着かせるにはどうしたらいいか」を説明してくれている。アンガーマネジメントというやつだ。大人が読んでも「なるほどね」とおもう箇所もいくつか。
特にシンプルですぐ実践できそうだったのが「腹が立ったら6秒かけてゆっくり深呼吸をする。深く吸って、ゆっくり吐く。爆発的な怒りは6秒までしか持続しないので、6秒立つと気持ちが落ち着いて冷静に話せるようになる」というものだ。
これはいいとおもい、さっそく長女といっしょにこの本を読み、
「(長女)が怒ってるなーとおもったらおとうさんが『6秒深呼吸して』と言うから、そしたらゆっくり深呼吸して」
と伝えて練習をした。
さあこれで大丈夫。
数日後、長女が「丸付けして」と持ってきた漢字のプリントを採点していたら、「なんで×なん。あってるやんか!」と怒りだした。
いよいよアンガーマネジメント術を使うべきときだとおもい「あっ、6秒深呼吸して」と言った。
すると長女は「怒ってない! 怒ってないのになんで深呼吸すんのよ!」とますます怒りだした。
えええ……。怒ってますやん……。
「まあまあ。まず深呼吸して。それから話そう」
「いやだ! 深呼吸の前に話す!」
ということで結局、6秒深呼吸術を使ってくれませんでした。
アンガーマネジメントを使うためにはまず怒りを鎮める必要があるな……。
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