2018年12月6日木曜日

【読書感想文】ピクサーの歴史自体を映画にできそう / デイヴィッド・A・プライス『ピクサー ~早すぎた天才たちの大逆転劇~』

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ピクサー

~早すぎた天才たちの大逆転劇~

デイヴィッド・A・プライス (著) 櫻井 祐子(訳)

内容(e-honより)
『トイ・ストーリー』から現在まで、大ヒット作を連発し続けているピクサー・アニメーション・スタジオ。だがその成功までには長い苦難の時代があった。CGに対する無理解、財政危機、ディズニーとの軋轢…。アップルを追放されたジョブズとディズニーを解雇されたラセター、ルーカスフィルムに見限られたキャットムルら天才たちは、いかに力を結集し夢を実現させたのか?

『トイ・ストーリー』をはじめて観たときの衝撃は今でも鮮明におぼえている。

高校一年生の林間学校の帰りのバスだった。バスガイドさんが、社内のテレビで『トイ・ストーリー』を流しはじめた。

なんだよ、ディズニーかよ。おれたち高校生だぜ。ディズニー見て胸をときめかせるような歳じゃねえんだよ。しかもおもちゃの話? ガキっぽいな。

そんな感じで斜に構えながらぼんやりと『トイ・ストーリー』を観ていた。
あっという間に心をつかまれた。
おもちゃが動くというアイディア。その動きのなめらかさ。動きだけでなく、嫉妬やプライドや絶望や憐憫や諦観や友情といった感情が活き活きと描かれている。
少年の日におもちゃに対して持っていた気持ちを思いだした。
食いいるようにバスの小さなテレビ画面を観ていた。ふと周りを見わたすと、クラスメイトは誰ひとり寝ていなかった。みんな真剣に『トイ・ストーリー』に魅いっていた。林間学校の帰りで疲れていたにもかかわらず。

すごい映画だ。今までにないぐらい感動した。
その映画をつくったのはピクサー・アニメーション・スタジオという制作スタジオだと知ったのは、ずっと後のことだ。

以来、ピクサー作品だけはほぼ欠かさず観ている。あまり映画は観ないんだけど。
『モンスターズ・インク』『カールじいさんの空飛ぶ家』『ウォーリー』『Mr.インクレディブル』……。
現時点でピクサーの長編アニメーションは20作あるが、まだ観ていないのは『カーズ/クロスロード』だけだ(カーズシリーズだけは好きじゃない)。
延期に延期を重ねている『トイ・ストーリー4』もずっと楽しみにしている。

ピクサーのすごいところは、打率がめちゃくちゃ高いところだ。『カーズ』シリーズ以外はみんなおもしろい。
しかもすごい完成度を誇る『トイ・ストーリー』よりも『トイ・ストーリー2』のほうがおもしろい。『トイ・ストーリー2』よりも『トイ・ストーリー3』のほうがもっとおもしろい。続編がつくられている映画はたくさんあるが、回を重ねるごとにおもしろくなっていく作品は他にほとんどない。



そんな、世界が誇る3Dアニメーションスタジオ・ピクサーの歴史を書いた本。ピクサーファンとしてはすごくおもしろかった。
ディズニーやスティーブ・ジョブズはもちろん、ジョージ・ルーカス、ティム・バートンといった大御所の名前も随所に出てくるのでアメリカ映画好きなら楽しめるんじゃないかな。

ピクサースタジオの物語は、それ自体が映画にできそうなぐらい波乱万丈だ。

ピクサーはコンピュータソフトウェアの会社だったが、アップルを追いだされたスティーブ・ジョブズに買収される。
1989年に一般人向けに3Dレンダリングをできるソフトを売りだして大コケしたエピソードが紹介されているが、早すぎるとしか言いようがない。2018年でも一般の人が3D画像処理をしてないのに。
買収された後もピクサーはずっと赤字続きだった。だがスティーブ・ジョブズは手を引かない。おそらく成功を信じていたわけではないだろう。意地になっていただけだ。
「アップルでのジョブズの成功はたまたまだった」という世間の評価を覆すため、それだけのためジョブズはピクサーを支えつづける(かなり口も出していたようだが)。

ディズニーを辞めたジョン・ラセターが加わり、ピクサーは「アップルを見返す」「ディズニーを見返す」「世間を見返す」という目標のために世界初の全編3Dによる長編映画製作にとりかかる。
もちろんそれだけで動いていたわけではないだろうが、個人的怨恨がかなりの原動力になっていたことはまちがいなさそうだ。

ディズニーに宣伝してもらったこともあって『トイ・ストーリー』が大ヒット、さらに『バグズ・ライフ』『モンスターズ・インク』『ファインディング・ニモ』と次々にヒットを飛ばすピクサー。
その勢いに反比例するかのようにディズニーは低迷期を迎え、気づけばディズニーとピクサーの立場は逆転していた……。

と、つくづくドラマチックな展開。プロジェクトXのような大逆転劇だ。逆襲劇といったほうがいいかもしれない。



スティーブ・ジョブズといえばアップルの人というイメージを持つ人が大半だろうが、ジョブズ抜きにはピクサーは語れない。
立場としてはパトロンみたいなもので制作に携わっていたわけではないが、ジョブズという濃厚なキャラクターがピクサーに与えた影響は大きいだろう。
この本の主役はジョブズではないが、やはりいちばんインパクトを与えるのはジョブズだ。

ジョブズがアップルにいたときのエピソード。
 一年後、状況は逆転していた。ケイはまだアップルで働いていたが、ジョブズはもういなかった。アップルにはジョブズのビジョンと完璧主義を崇拝する社員は多かったが、彼には鼻持ちならない面があって、上から下まで多くの社員を敵に回した。マッキントッシュ・プロジェクトの考案者ジェフ・ラスキンは、ジョブズと一緒に働けない十の理由を列挙した絶縁状を叩きつけ、のちに会社をやめた(その一「認めるべき功績を認めない」、その四「人格攻撃が多い」、その一〇「無責任で思いやりに欠けることが多い」)。ジョブズは愛車のメルセデスをマッキントッシュ・チームの建物の目の前にある、身体障害者専用スペースに停めるのを常としていた。その理由は、建物のうしろや横の目の届かない一般向けスペースに停めると、誰かに腹いせにキズをつけられるからだと囁かれていた。
たったこれだけの文章で、ジョブズがどんな人物だったかがなんとなくわかる。
他の社員に何をしたのかはこの本には書かれていないが、相当なことをしないかぎりはここまで嫌われないだろう。

とはいえジョブズの話を聞いていると誰もが引きこまれてしまうカリスマ性についても書かれていて、良くも悪くも強烈な個性の持ち主だったようだ。

「なぜ日本にジョブズは生まれないのか」なんてことを言う人がいるが、こんなクレイジーな人物、どこの国でも居場所がないだろう。
彼がアップル、ピクサー、そしてアップルで成功をしたのはたまたま時代と場所にめぐまれた奇跡のような出来事だったのだと思う。

しかしその奇跡のおかげでぼくらはピクサーの上質な映画を楽しむことができるのだから、ジョブズ被害者の会の人たちには申し訳ないが、ジョブズに感謝したい。



ピクサー映画の特徴として、「何度観ても楽しめる」ということがある。
『トイ・ストーリー』なんて何度観たかわからない。それでも、観るたびに新しい発見がある。こんなとこでこんな動きをしていたのか、この台詞が後から効いてくるんだな、ここの映像はすごいな、と。

それは映像、音楽、台詞、ストーリーすべての細部に至るまで丁寧につくりこまれているからだ。
「だが全般的にいって、リアリズムへのこだわりは狂信的なほどだった。マーリンとドリーがクジラに飲み込まれるシーンの下調べとして、美術部門の二人がマリン郡の北部海岸で座礁して死んだコククジラの体内によじ登って入った。魚の筋肉や心臓、えら、浮き袋などの生体構造を知るために、死んだ魚を解剖したクルーもいた。サマーズは世界的権威を何人も連れてきた。スタンフォード大学のマーク・デニーが波に関する講義を行ない、カリフォルニア大学サンタクルーズ校のテリー・ウィリアズがクジラについて、バークレーのマット・マクヘンリーがクラゲの推進力について、バークレーのミミ・ケールが藻や海草の動きについてくわしく説明した。海中には半透明な、つまり完全に透明でも完全に不透明でもない物体が多いことから、デューク大学のゾンケ・ジョンセンを呼んで水中の半透明感について話をしてもらった。モス・ランディング海洋研究所のマイク・グレアムから、ケルプ(藻の一種)は珊瑚礁には生えないという指摘を受けると、スタントンは珊瑚礁のシークエンスのデザインからケルプをすべて取り除くよう指示した。
これは『ファインディング・ニモ』を製作時の逸話だ。
はっきりいって、観客の99%は気にしない。クジラの体内が本物とちがっていようが海藻の動きが不自然だろうが、珊瑚礁に藻が生えていようが、ほとんどは気づきもしない。
だがこういうところで徹底的にリアリティにこだわることで、「大胆な嘘」が説得力を持つようになるのだろう。

読んでいるうちに、またピクサー作品を観かえしたくなってきた。
この本を読んだ後だとまた新たな発見があるんだろうな。


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