2022年8月24日水曜日

【読書感想文】麻宮 ゆり子『敬語で旅する四人の男』 / 知人以上友だち未満

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敬語で旅する四人の男

麻宮 ゆり子

内容(e-honより)
真面目さゆえに他人に振り回されがちな真島。バツイチの冴えない研究者、繁田。彼女のキツイ束縛に悩む、愛想のよさが取り柄の仲杉。少し変わり者の超絶イケメン、斎木。友人でなく、仲良しでもないのに、なぜか一緒に旅に出る四人。その先で待つ、それぞれの再会、別れ、奇跡。他人の事情に踏み込みすぎない男たちの、つかず離れずな距離感が心地好い連作短編集!


 タイトルに惹かれて購入。

 頭脳明晰で容姿端麗だが自閉症スペクトラム障害で他人とうまく関われない斎木、斎木に惚れこむ学生時代の後輩・真島、斎木の友人でよき理解者・繁田、その友人・仲杉。友人というほどではなく、共通の属性があるわけでもない四人が、ひょんなことからいっしょに旅に出る。ほどほどの距離感でつきあいながらそこそこ楽しい旅行を味わい、ときおり苦い経験もする。

 読んでいるほうとしてもすごくおもしろいことが起こるわけじゃないし、ためになる情報もあまり多くない。でもなぜか心地いい。なんともふしぎな味わいの小説だった。




 ぼくも(斎木さんほどではないにせよ)人づきあいが得意なほうではないので、大人になってから友人と呼べる人ができたことがない。友人と呼べるのは学生時代からの友人ぐらいだ。


 昔は人見知りな自分がイヤだったが、中年になってそれもどうでもよくなった。今さら性格はなかなか変えられないし、友人が増えれば煩わしいことも増える。ぼくの趣味は読書とかパズルとか昼寝とかひとりでやることばかりなので、趣味を通して交友関係が広がることもない。学生時代からの友人がいるのだからそれでいい。

 もはや新たに友人をつくろうとはおもっていない。仕事で知り合った人や娘の同級生の保護者とそこそこ親しくなることはあるが、敬語はくずさない。「大人の付き合いをしましょうね」というぼくからのメッセージだ。そこを踏み越えてこようとする人とはこちらから距離をとる。暗黙のメッセージを読み取れない人とは友だち付き合いしたくない、メッセージを読み取ってくれる人とは距離を保ったまま。つまりどっちにしろざっくばらんに話しあえる友だちにはなれない


 そんな人生を送っているので、『敬語で旅する四人の男』で描かれる四人の関係はたいへん心地いい。

 礼節は忘れない、多少の冗談は言うが引っ張らない、本人が言いたがらないことは詮索しない、ときどきは連絡を取り合うがべたべたはしない、家庭の事情には踏み込まない。そんな「知人以上友だち未満」の関係がなんとも気楽そうでいい。大人の交友関係ってこういうのでいいんだよな。友だちじゃなくたって。

 家族や友人や同僚じゃないから、多少の嫌なところも目をつぶれる。どうせ旅の間だけだし。どうしても嫌になったら離れればいいし。

 いいねえ。この歳になって新たに友だちをつくろうとはおもわないけど、こういう距離感の旅ならぼくも同行してみたい。




 この短篇集は、四人それぞれを主人公とする四篇から成っている。そしてそれぞれにちょっとした悩みをもたらす関係が描かれる。父親と離婚して家を出た母親との関係、別れた妻とその両親との関係、嫌な上司やしつこい彼女との関係、恋愛相手との関係。当人にしてみればまあまあ重大ではあるが、世間一般の中年男性からすればよくある悩みだ。

 だから他の三人は、あまり首をつっこまない。多少は心配したり好奇心をのぞかせたりはするが、アドバイスをしたり、助けるための行動をとったりはしない。助けを求められればできる範囲で手伝うが、基本的には傍観しているだけ。また、悩みを抱えている当人も助けやアドバイスを求めたりしない。

 女性の作者とはおもえないほど、〝男同士の付き合い〟をよく心得ている。そうそうそう、男同士って親しくなればなるほど深刻な悩みを相談したり、親身になってアドバイスしたりしないものなんだよ。「おれは、おまえの悩みとはまったく無関係な立場でいてやる」ってのも優しさなんだよ。なんでもかんでも相談する人には理解できないだろうけどさ。




 理想と現実のバランスもいい。小説だから多少の救いはあるけれど、悩みが雲散霧消するような解決は示されない。

 真島は母親との関係を修復できないし、繁田は元妻の実家とはぎくしゃくしたままだ。仲杉の仕事は変わらないし彼女とは縁を切ったけどお互いに傷をつくった。そして斎木は恋人ができたもののこの世界での生きづらさはまったく変わっていない。みんな、ほんの半歩前進しただけだ。ほとんど前の場所から変わっていない。

 でもまあ、世の中そんなもんだ。若い頃ならいざしらず、三十ぐらいになるとだいたいわかってくる。ある日突然状況が大きく改善するなんてことはない。急に悪くなることはあっても急に良くなることはない。明日は今日の延長線上にあり、ほとんど同じ日なんだということが。それでもほんの0.1%だけ良くなることはあるけど。

 そのへんの書き方が絶妙。救いは残しつつ、でも現実離れしていないビターな味わい。完璧な人もいないし根っからの悪人もいない。とにかく地に足のついた作品だ。

 あと、女性作家が書く男性って「性的なことは考えたことすらありません」みたいなタイプか「エロいことばっかり考えています」みたいな極端な人物が多いけど、この本に出てくる男たちはほどほどに性的(エロいことも好き、ぐらい)で、そのへんのリアリティもしっかりしてたな。




 やたらとうまい小説だとおもったら、なんとこれがデビュー作だという。へえ。すごい。

 今後に期待ですな。


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