2022年8月31日水曜日

【読書感想文】東野 圭吾『嘘をもうひとつだけ』 / 小説名手の本領発揮

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嘘をもうひとつだけ

東野 圭吾

内容(e-honより)
バレエ団の事務員が自宅マンションのバルコニーから転落、死亡した。事件は自殺で処理の方向に向かっている。だが、同じマンションに住む元プリマ・バレリーナのもとに一人の刑事がやってきた。彼女には殺人動機はなく、疑わしい点はなにもないはずだ。ところが…。人間の悲哀を描く新しい形のミステリー。


 東野圭吾作品ではおなじみ、加賀恭一郎シリーズ。このシリーズは『悪意』『どちらかが彼女を殺した』『私が彼を殺した』『新参者』『赤い指』と今まで五作読んだが、どれもミステリとしてのクオリティが高く、特に『悪意』はぼくが今まで読んだミステリの中でもトップ5に入るほど好きな作品だ。

 ということで「加賀シリーズにハズレなし」とおもっているのだが、この『嘘をもうひとつだけ』もその例に漏れず、質の高い作品が並んだ短篇集だった。


 しかし毎度おもうんだけど、加賀恭一郎はシリーズ通しての主人公とはおもえないほど地味なんだよねえ。もちろん抜群に頭が切れるんだけど、すべてにおいてソツがなさすぎるというか。欠点がなくて人間的魅力に欠ける。

 でも刑事に人間的魅力がないことが欠点になっていないのが東野圭吾氏のすごさだ。このシリーズにおける刑事は、あくまで脇役。主役は犯人たちなのだ。加賀刑事が控えめな存在だからこそ、犯人たちの苦悩や後悔や諦観がしみじみと伝わってくる。そして冴えたトリックも際立つ。

 トリックや謎解きに自信があるからこそ加賀刑事という地味なキャラクターを探偵役に持ってこられるのかもしれない。半端なミステリほど、探偵役が変わった職業についてたり特異なキャラクターだったりするもんね。どの作品とは言いませんが……。




『嘘をもうひとつだけ』に収録されている五篇は、いずれもいたってシンプルな構成だ。容疑者は一人か二人しか出てこないので、真犯人を推理するのは容易だ。容疑者一人(ないし二人)、被害者一人(ないし二人)、探偵役の刑事一人という必要最小限のメンバー構成だ。

 最小の要素で質の高いミステリ作品に仕立てているのだから、作者の力量がよくわかる。東野圭吾さんってもう押しも押されぬ大作家だから今さらこんなこと言うのも恥ずかしいけど、やっぱりすごい作家だよなあ。


 特に感心した短篇が『冷たい灼熱』。

 工作機械メーカーに勤める田沼洋次の妻が殺され、幼い息子が行方不明になった。加賀刑事は田沼洋次を心配するふりをしながらも、彼が犯人ではないかとにらみ捜査をおこなう。だが明らかになったのは意外な事実だった……。

 犯人は容易に想像がつく。加賀刑事が犯人を追い詰めてゆく過程もさほど意外なものではない。やっぱりね。この人が犯人だよね。決め手はまあそんなもんだよね。とおもっていたら……。

 最後にもうひとひねり。おお、そうきたか。一筋縄ではいかないなー。突飛ではあるけれど「もしかしたらこういうこともあるかもしれない」ともおもえるギリギリのリアリティ。鮮やか。そしてすべてをつまびらかにしないラストもオシャレ。


 東野作品は長篇もいいけど短篇もいいね。この短さでエッジの利いたミステリを書ける作家はそうはいまい。短篇にこそ作家の力量が現れるよね。


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