2021年4月13日火曜日

【読書感想文】情熱と合理性のハイブリッド / 正垣 泰彦『サイゼリヤ おいしいから売れるのではない 売れているのがおいしい料理だ』

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サイゼリヤ
おいしいから売れるのではない
売れているのがおいしい料理だ

正垣 泰彦

内容
「自分の店はうまい」と思ってしまったら、もう進歩はない。物事はありのままに見て、データに置き換えよ。失敗は成功のためにある。商売は、やっている人間が楽しくなければ続かない――。国内外で1300店を超すレストランチェーンを築きあげたサイゼリヤ創業者による、外食経営の指南書。

 サイゼリヤにはよく行く。ただの客としてだが。うちの家から歩いて行ける距離に二軒もサイゼリヤがある。なんて恵まれた立地だ。サイゼリヤがあるからここに住んでいると言っていい。それは嘘だ。

 サイゼリヤは信じられないぐらい安い。がんばってあれこれ注文してもひとり千円分ぐらいしか食べられない。五百円でも満足いく。
 一度、友人たちと昼間からサイゼリヤで飯を食ってワインをデカンタで何杯か頼んでつまみにエスカルゴやらハムやら頼んで三時間ぐらい居座ったことがあるが、それでもひとり二千円ぐらいだったか。安すぎて心配になるぐらい安い。
 それでいてうまい。某ファミリーレストランだと「麺とか安いハンバーグは(値段の割に)うまいけど、ちょっと奮発してステーキを頼んだたら大失敗だった」なんてことになるのだが、サイゼリヤは全部うまい。安いメニューも、高いメニューも(といっても千円しないのだが)全部うまい。
 特に2020年秋限定の「ラムときのこのきこり風」はうまかったなあ。あれを目当てに再訪してしまったぐらい。あれが七百円で食えるなんて。

 ぼくは味音痴なのでたいていのものはおいしく食べられるのだが、ホテルのフレンチレストランでシェフをしている幼なじみも「サイゼリヤはうまい」と言っていた(じっさいよく行くらしい)ので、サイゼリヤのおいしさは本物なのだ。



 そんな「サイゼリヤ」創業者が外食店経営について語った本。

 外食産業とはまったく関係のないぼくにとっても、なるほどと感心することが多かった。

 だからサイゼリヤは、店長に売り上げ目標を課していない。店長の仕事は人件費、水道光熱費など経費をコントロールすることだ。店の売り上げは「立地」「商品」「店舗面積」で決まる。売り上げが悪くなるとすれば、商品開発をする本社の責任で、店長のせいではないからだ。
 それに「売り上げを何とかしろ」と店長に言えば、販促にお金を使うしかなくなってしまう。私は広告宣伝や販促をしたことはないが、仮にそれらを実行してお客様が増えても、急な客数増による慣れない仕事で現場が疲れるだけだ。やみくもに販促をしたり、安易なひらめきでアイデア商品を投入したりする店もあるが、短期的には売り上げが増えても、生産性を下げ、長期的には店の力を弱くしてしまうだろう。
 ほとんどの人は売り上げが増えれば、利益も増えると思っているが、それは違う。利益は「売り上げ」-「経費」。売り上げが増えなくても、無駄を無くして、経費を削れば利益は増える。経営者は日頃から、売り上げが減っても利益が増える店を目指すべきで、売り上げが減って利益が出ないから困るというのは、今まで無駄なことをたてくさんしていたというのに等しい。

 なるほどねえ。
 外食産業に関わったことがないが、DVDやCDも取り扱っている書店で働いていたのでぼくも「売上重視主義」には疑問を持っていた。
 ぼくが働いていた店の売上は、店員の努力と関係ないところで決まっていた。
 村上春樹の新刊が出れば文芸書の売上は上がるし、『ONE PIECE』と『NARUTO』と『HUNTER×HUNTER』の新刊がそろって出たときはコミックの売上がすごいことになった。
 DVDやCDも同じだった。EXILEやAKB48や嵐の新譜が出るかどうかで月の売上は大きく違った。
 あとは競合店の有無とか、客の懐事情とか、天気とか、近くでイベントがあるとか、要するに「店ではコントロールできない事情」によって売上はほとんど決まっていた。
 そりゃあ接客態度とか陳列方法とかも多少は影響あるだろうけど、「この店は接客がいいから欲しい本ないけど無理して買おう」「店員の挨拶の声が小さいから買おうと思ってた『ONE PIECE』の新刊買うのやめよう」となる人はまずいない。

 飲食店の場合は、味とか値段とか書店に比べればコントロールできる部分が多いけど、そうはいっても「同じ食材を使ってるのにずばぬけておいしい料理」なんか作れないし、できるならみんな真似するし、「同じ食材を使ってるのにうちは相場の半額で出します」というわけにもいかないだろうし、立地が良ければ家賃は上がるし、結局のところ似たり寄ったりのサービス・価格に収束していくだろう。

 チェーン店の店長が交代したとして、売上を10%伸ばすことはまず不可能だろう。立地やメニューや客層が変わらないのに、売上が急に伸びることは(よほどの幸運に恵まれないかぎり)不可能だ。
 だが経費を10%削ることはできるかもしれない。すいている時間帯はバイトを減らすとか、ひまなときに将来分の仕事をしておくとか、廃棄物を減らすとか。

「売上を上げるのではなく経費を減らすのが店長の仕事」というのはすごく理解できる。
 ただ、経費削減を実現しようとすると「店長自ら残業しまくる」がいちばん手っ取り早い解になってしまうんだよねえ。というかほとんどの店長にとっては唯一解。

 ぼくが働いていた書店もそうだった。社員はみんな月100時間ぐらい残業していたし、店長はもっと。忙しい時期は休みもろくにとっていなかった。

 この本を読むかぎりではサイゼリヤの社員の労働時間はわからないけど
「創業者である正垣泰彦氏が『若いころはほとんど休みなしで働いていた』自慢をする」
「外食産業にしては高給与であることを誇っているが勤務時間についてはまったく触れられていない」
ことから想像するに、決して十分な余暇時間が得られる職場ではないんだろうなあ。
 というか正垣氏が「余暇? なにそれ?」みたいな人だもんな。自分が365日24時間仕事のことを考えていても平気な人って、他人にも同じものを求めるからなあ。



 正垣泰彦氏の考え方は、情熱と合理性が同居していておもしろい。
 どちらかしか持っていない人は多いけど、この人は「いい世の中にする!」「お客様に満足してもらう!」みたいな抽象的なビジョンを持ちつつ「それを実現するにはどうしたらいいか。どうやったら客観的に計測可能な数値に落としこめるか」という視点も忘れていない。

 飲食店の従業員はよくお客様に「いかがでしたか?」と料理の味をたずねる。お客様が笑顔で「おいしかったよ」と答えてくださるなら、これ以上の励みはない。そして、本当に「おいしい」と思っていただけたなら、必ず、また来てくださるはずだ。
 だから、「おいしい」=「客数」と考えるようにしている。客数が増えているなら、その店の料理はおいしい。逆に客数が減っているなら、その店の料理はおいしくないのだから、何らかの対策を講じるべきだ。

「お客様を笑顔にする!」を掲げるお店は多いけど、ふつうはそこで終わってしまう。
 だがこうして「おいしい」を測るための指標を仮に「客数」と置くことで、時間・場所・観測者の主観を超えて比較が可能になる。数値比較が可能になれば、何をすれば「お客様の笑顔が増えたのか」「お客様の笑顔に影響を及ぼさなかったのか」「お客様の笑顔が減ったのか」がわかるし、後々まで知見として活かせる。

 私は競合店が増えることは良いことだと思っている。それはお客様の選択肢を増やすことであり、社会を豊かにする。ただし、競合店の出現で、曜日・時間帯別にどの程度、客数が減ったかを把握し、客数が減った曜日・時間帯の担当スタッフを減らすことで人件費を減らさなければならない。また、競合店の商品が魅力的なら、それに負けないような新商品の開発を本部に提案するのもエリアマネジャーの仕事だ。
 当社では、こうした経費のコントロールの精度が高くて、的確な報告・提案ができるエリアマネジャーが、本部スタッフなど次のステップに上がっていく。

 売上や経費を構成するものを「知恵や努力である程度コントロール可能なもの」「コントロールできないもの」に切り分ける。そして後者についてはすっぱり諦める。
 ぼくはWebマーケティングの仕事をしているが、こういう思考は常に求められる。広告を出すときに「いつ出すか」「どこに出すか」「どんな人に出すか」「どんなタイミングで出すか」はある程度コントロールできる。でも「広告を見た人がどうするか」や「競合がいつ広告を出すか」はコントロールできない。だったら後者は平均をとって定数として扱い(中期的に変えていく必要はあるけど)、基本的には変数である[コントロールできる部分]を調整する。
 マーケティングに失敗する人は、コントロールできない部分ばっかり見るんだよね。
「競合の××社に負けるな!」とか「冷やかし客に広告をクリックさせないようにしろ!」とか。

 正垣氏は、この「コントロールできる部分」「コントロールできない部分」の切り分けがうまい。
 ただ情熱があるだけでなく、その情熱の注ぎ方に無駄がない。
 大学では物理学科にいたらしく、なるほど物理学者の思考だ。




 改めてサイゼリヤとその創業者のすごさがわかる。
 わかるが「ぼくもここで働きたい!」とはならないな。とてもついていけない。
 厳しい環境で苦労したい人にはいいだろうけど。

 サイゼリヤの安さの秘密は、創業者の合理的思考と、(たぶん)社員たちの過酷な労働によって支えられていることがよくわかる本だった。


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