世の中には仕事を休まない人がいる。
とても迷惑な人だ。
特にそういう人が上の役職に就くと、周囲はとても困る。
書店で働いていたときのM店長がそういう人だった。
早番のぼくが「お先に失礼します」と言うと、遅番のM店長は「犬犬くん、もう帰るんか。もうちょっとゆっくりしていけよ」と言ってくる。
半ば冗談なのはわかるのだが、ぼくが定時ぴったりで帰ろうとしているならともかく、朝6時半に出勤してたっぷり4時間残業した上で「もう帰るんか」と言われると控えめにいっても殺意をおぼえる。
じっさいM店長自身も残業大好きな人だった。毎日5時間ぐらいは残業していた。
店舗運営というのは、社員の無給残業がそのまま店の利益に直結する。社員が1時間無給残業すればバイトを1時間早めに上がらせることができるのだから。そんなわけで長時間残業が常態化していた。
あるとき、M店長が「おれ今日は歯医者に行くから定時ぴったりで帰るから」と言いだした。
はあそうですかと言ったのだが、その後何度も「今日は歯医者の予約があるから」「どうしてもその時間しか予約がとれなかったから」と言い訳がましく口にする。ぼくだけでなく、他の社員やバイトにまで言っている。
ははあ。さてはこの人、定時ぴったりで帰ることに罪悪感をおぼえてるな。
言っておくが、誰も
「店長、ふだんは残れっていうくせに自分は早く帰るんですか」
なんて言ってない。
みんな「どうぞ」と言っている。
だがM店長は過去に自分が発した「もう帰るんか」という言葉に囚われ、帰れなくなっているのだ。
己の言葉に呪われている。
あほとちゃうか。ぼくはおもった。
次に入った会社のH部長もそういう人だった。
あるとき、ぼくがウイルス性の腸炎になって会社を二日休んだ。
出社すると、H部長からねちねちと文句を言われた。
「会社に来られないほどしんどかったのか?」
「二日目はだいぶ良くなったのですが、まだ咳が出てまして。ウイルス性の病気なので他の人にうつしてはいけないとおもい休みました」
「出てこれるんなら出てこいよ」
もともと「他の曜日ならともかく月曜日に風邪をひくのはたるんでる証拠だ」とわけのわからないことを言う人だった。
「感染を防ぐために休んだ方がいい」ということがわからないのだ。
数週間後、H部長はごほんごほんと咳をしていた。痰が絡んだ嫌な咳だ。ときどき額に手を当てている。明らかに具合が悪そうだ。
「具合悪いんですか」と訊くと、「ああ」と気まずそうに言いながら焦点の定まらない目でパソコンに向かっている。
相当しんどそうだが、ぼくに「出てこれるんなら出てこいよ」と言った手前、休むことができないのだ。
その数日後、H部長の近くの席の数人がインフルエンザで休んだ。そりゃああれだけ派手に咳をしてる人が近くにいたんじゃあな。
無理して出社したH部長、どう考えても迷惑しかかけていない。
「休まない人」は迷惑でしかない。周囲も会社も自分自身も苦しめる。
困るのは、こういう人は経験から学ばないことだ(経験から学べる人は体調不良のときは休んだほうがいいことを知っている)。
だからこうして失敗しても、反省するどころか「インフルエンザの苦しさと闘いながらがんばった俺」という都合のいい記憶だけをおぼえていて、別の人が休んだときには「おれは39度の熱でも無理して出社したのにこいつは38度で休みやがる」と考える。
困ったものだ。
新型コロナウイルスの流行で感染症に対する知識が広まったおかげで、こういう人たちも減っているだろう。早く絶滅してほしいものだ(考えを改めるか、もしくはご逝去あそばすかのどちらでもいいので)。
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