十字架
重松 清
いじめを苦に自殺した中学生。彼の遺書には、いじめをおこなった三人のうち二人だけの名前と、想いを寄せていたであろう女の子の名前、そして「親友」として僕の名前が書かれていた。僕は中学校に入ってからは彼とほとんど交流を持っていなかったのに……。
という話。
自殺した少年から「親友」と名指しされたせいで、周囲から同情され、少年の父親からは「親友ならなぜかばってやらなかった」と恨まれ、少年の母親からは「亡き息子の親友」として過剰にもてなされ、記者にはつきまとわれ、そのせいで事件のことを忘れることもできずに「十字架」を背負いつづける主人公。
これはきついよなあ。もちろん「いじめの加害者」として名指しされるのもきついが、まあそれは自業自得だし、「おれのせいじゃないよ」と開き直ることもできるかもしれない。
でも「親友」や「好意を寄せられていた相手」は、そんなんじゃないよと否定することもできない。忘れたいのに忘れられない。
高校の同級生だったО君という子が卒業後まもなく自殺したらしい。理由は知らない。卒業後なんでいじめとかではないだろう。
ぼくとO君はほとんど接点がなかった。同じクラスどころか隣のクラスになったことすらない。唯一の思い出は、高一のときにいっしょに文化祭をまわったこと。それもぼくと友人のNが歩いているところにO君も加わったってだけで、二人きりで話したことは一度もない。
それでも、O君が自殺したと聞いたときは「ぼくにもなんとかできたんじゃないだろうか」「あの文化祭の後にもっと仲良くしてたらひょっとしたらO君は自殺せずに済む道を歩んでたかも……」とか考えてしまった。たった数時間話しただけなのに、責任の一端を背負いこんでしまった。
もちろんぼくはいつまでもO君のことを考えたりせず、数年に一度思いだすだけなんだけど。
しかし数時間話しただけの人間にもこうして後悔の感情を与えることができるのだから、自殺という行為の与える負の影響力はすごい。友人や家族だったらその影響は計り知れないだろう。
ところで今思いだしたんだけど、昨年ぼくのいとこも自殺した。
自分でも驚くことに「身近な人の自殺」を思い浮かべたとき、ぼくはいとこのことを完全に失念していた。ここ二十年ぐらい会っていなかったとはいえ子どもの頃はよく遊んだいとこ(しかも亡くなったのはたった一年前)よりも、たったひとつの思い出しかなくてしかも二十年も前に亡くなったO君のほうを先に思いだした。びっくりだ。
こっちの感受性の問題だろうか。
O君の自殺を知ったのは十八歳のとき。いとこの自殺を知ったのは三十代。感受性が衰えているのかもしれない。
この感受性の衰えは、いいことなのか悪いことなのか。
いじめについて。
ぼくはいじめられたという記憶はない。そりゃ殴られたとか悪口を言われたとかはいくらでもあるが、基本的に殴りかえしたし十倍にして言いかえした。たぶん悪口を言われたことより言ったことの方が多い。
どっちかっていったらいじめっ子側だ。恥ずかしい話だけど、男子の集団でひとりの女子に嫌がらせをしたこともある。「どっちかっていったら」なんて言い訳をしてしまったけど、完全にいじめっ子だな。
暴力を振るったり金品を要求したりということはないが、ばかにしたり、無視を決めこんだりは何度もやった。
傍観者だったことなんて多すぎて覚えていないぐらい。誰かがいじめられているのを止めた、なんてことは一度もない。
いじめの相手が自殺したり登校拒否になったりといったことはないが、それはたまたま相手が強かっただけで、相手やタイミングによってはそうなってもおかしくなかった。
そんな極悪非道のぼくでも、自分が親になると「我が子はいじめとは無縁でいてくれ」と願う。なんと勝手なことだろう。
しかしいじめはなくならない。
教師の力量とか学校の体制とかそういうことじゃなくて、もう絶対になくならないとおもう。特に中学生のいじめが深刻化しがちだけど、中学生にかぎらず人間ってのはいじめをする生き物なんだとおもう。狭い集団で閉じこめておいたら必ずいじめをする。大学でも会社でも軍隊でも老人会でもある。
ただ、大きくなるにつれて居場所や選択肢が増える。嫌なやつからは遠ざかる、嫌な集団からは抜ける、そういったことができるようになる。
小中学生には逃げ場が少ない。クラスは自分で選べないし、部活もやめづらい。だからいじめが深刻化するんだろう。
とはいえ。
今はインターネットがある。物理的な距離を超えて、いろんなコミュニティに所属できる。中学生でもたいていのスペースにはいける。
「ネットいじめ」なんてのも問題になってるけど、インターネットの発達はこといじめに関してはプラスの要素の方がずっと多いんじゃないかな。
いじめ自体をなくすことより、逃げ場所をつくることのほうがずっと大事だとおもう。
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