2020年11月12日木曜日

【読書感想文】作者はどこまで狂っているのか / 星野 智幸『呪文』

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呪文

星野 智幸

内容(e-honより)
さびれゆく松保商店街に現れた若きカリスマ図領。クレーマーの撃退を手始めに、彼は商店街の生き残りを賭けた改革に着手した。廃業店舗には若い働き手を斡旋し、独自の融資制度を立ち上げ、自警団「未来系」が組織される。人々は、希望あふれる彼の言葉に熱狂したのだが、ある時「未来系」が暴走を始めて…。揺らぐ「正義」と、過激化する暴力。この街を支配しているのは誰なのか?いま、壮絶な闘いが幕を開ける!

 なんというか……。
 表現しづらい小説だな。

 序盤は商店街立て直し小説みたいな感じの導入だったので、徐々にサイコホラーになってきて戸惑ってしまった。え? なにこれ? この武士みたいなしゃべり方する女の人は何なの? って感じで(ちなみにその武士みたいなしゃべり方の女性はフェードアウトして途中からストーリーにほとんどからまなくなってくる。ほんとなんだったんだ)。

 決してうまくない小説なんだよね。武士みたいな女の人もそうだし、悪の黒幕的ポジションの図領も最後はほったらかし。登場人物が多いわりに細かく描ききれてないので「この人誰?」となってしまう。
 視点がころころ変わるんだけど、そういう構成の小説を書くにはちょっと技量が追いついていないような……。ストーリー展開も急すぎて「極限状態でもないのに人間がここまでかんたんに洗脳されるか?」という気になる。


 と、決して巧みとは言えない小説ではあったけど、しかしなんというかすごいパワーがあった。粗削りだけど、熱量とかオリジナリティとかはびんびん感じる。引きこまれた。

「それでノアとその一族を方舟に乗せて、残りの全人類を滅ぼした。動物はとばっちりだけどね。で、ノアは選ばれた人間ということになっているが、本当にそうなのか、というのがここで考えたいことだ。何しろ、世が新しくなるために本当に必要だったのは、ノアが生き残ること以上に、他の人間たちが死ぬことだったんだから。選ばれたのはノアじゃなくて、ノア以外の、死んだ者たちじゃないだろうか? ノアはむしろ、選ばれなかった、選に漏れた役立たずとも言えるんじゃなかろうか」
 栗木田はゆっくりと全員の顔を見た。
「今の世も腐ってるよな。だからディスラーも世直しに励んだつもりでいたんだもんな。洪水みたいなものも、世界中で起きている。まさに、古い時代は終わり、新しい時代が作られようとしてる。人類は少しずつ滅亡しようとしていると、私は実感してる。それで、方舟がどこにあるのかは知らないが、少なくとも私はその乗客ではないことは自覚している。本能的に知ってるというかね。おまえらもそうだろ?」
 今度は全員がうなずいた。
「大切なのは、滅びるほうだろ?滅びるべき者たちがその使命を悟って死んでいくから、世の中を新しく変えることができるわけだ。つまり、世を変えているのは、死んでいく側なんだよ。我々が、世を捨てるような自棄な気分じゃなく、強い意志を持って率先して消えることで、次のもっとマシであろう世を生むことができるんだ。変な言い方だが、無意味さを認めて死ぬことのできる我々には、生まれてきた意味がある。私はそちらの側にいたい。というか、いる。我々こそが改革者なんだ、選ばれた民なんだ!」

 登場人物の言動とかはめちゃくちゃなんだけどね。ぜんぜん筋道が立ってないし。
「洗脳されている側」がめちゃくちゃなのは当然として、「洗脳されている連中と闘う人々」のほうもだいぶヤバい。どっちもおかしい。いかれてる人しか出てこない。

 作者もどっか狂ってるんじゃないか。そう思わせる力がある。もしくは本当に狂っているか。

 矢部 嵩『魔女の子供はやってこない』を読んだときにも同じことを感じた。これだけ粗いものをちゃんと活字にする出版社もすごい。


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